124.Breakdown Dead Ahead
124話目です。
よろしくお願いします。
オーソングランデを早朝に出発し、オリガは馬車に大量のお土産を積んで、尚且つ大急ぎでフォカロル目指して疾走していた。
「それで、何か御用ですか?」
「と、とにかく馬車をお止めいただけませんか!」
「お断りします」
街道をひた走る馬車に並走するのは、馬を駆る騎士ミダスだった。
イメラリアの命令を受け、十名の騎士を選抜した彼は、騎馬にて王都を発し、翌日には投宿した小さな町を出たばかりのオリガに追いつく事ができた。
「私は夫の元へ一刻も早く帰らねばなりません。妻としての勤めを果たすのに、一秒でも時間を無駄にはできません」
馭者席に身を乗り出したオリガは、ミダスの必死の呼びかけにも淡白な反応だ。
「では、そのままお聞きください」
いくら平民といえど、今は伯爵夫人であるオリガに対し、そう強くは出られない。
まともに会話の場を設けるのは早々に諦め、馬を操り並走しながらの会話を続ける。
「ホーラントの王が崩御され、その報を聞いた我が国の一部の貴族が、軍を率いてホーラント方面へ向かいました」
「そうですか。しかしこちらは反対側でしょう? ヴィシー側にも動きがあると言うのですか?」
違います、とミダスは首を振る。
「今回の件、全てフォカロルに関連して女王陛下がご懸念されている点が三つあります」
「私どもの領地に?」
ガラガラと響く馬車の車輪の音の中で、オリガの声は不思議と良く通る。
「お伺いしましょう」
それでも、オリガは馬車を止める素振りも見せない。
ミダスはこれはこれでフォカロルへ到着するか、王都方面へ向かっていると思われるネルガルとの合流が早まるから良い、と無理やり自分を納得させ、馬を気遣いながらも並走を続ける。
「一つは、フォカロルへ留学中のネルガル様の事です。フォカロル領内はともかく、こちらへ向かう途中で造反貴族の手の者が狙う可能性があります。二つ目は、現在ホーラント内に駐留し、戦術指導を行っているフォカロル領兵の存在です。彼らは今、危機的状況にあると言って良いでしょう」
「三つ目はなんでしょうか」
「貴女です、伯爵夫人」
揺れる馬上で、ミダスはうまくバランスを取る。
「トオノ伯の実力は知れ渡っておりますが、伯爵の介入は極力避けたいはずです。女王陛下の予測では、ホーラントを狙う貴族たちは、伯爵以上の戦果を上げることで女王陛下に対して実力を見せ、発言力を増すことを狙っているはずですから」
「馬鹿なことを。陛下は一二三様の戦果を見て重用しているとでも?」
「彼らからは、そのように見えたのでしょう」
呆れた、とオリガは吐き捨てた。
「フォカロルの繁栄も、陛下に対する発言力の強さも、全て一二三様だからこそであって、余人が同じような事をしたところで、何の意味が有りましょう」
「私もそう思いますし、女王陛下も今回の件は反逆行為として規定し、相応の処罰を与える事になっています。ただ、それでもホーラントの王位継承者がオーソングランデ内で害される事は何としても避けねばなりません」
同じ部隊か別働隊になるかはわからないが、オリガの護衛とネルガルを無事にホーラントへと送る事が、今回のミダスの任務だった。予定としてはオリガを無事に領地へ送り、ネルガルと合流して一度王都へと同行し、王都からはさらに多くの騎士や兵士によって護衛を行う。
「事情はわかりました。ですが、私に護衛は必要ありません」
「しかし……万一、伯爵夫人に何かあれば、トオノ伯爵が……」
「うふふ」
おかしさを我慢できない、というふうなオリガの笑みに、ミダスが首を傾げた。
「なにか?」
「もし私が殺されたとして、夫が復讐をするとでも?」
「そ、それは当然では……」
「ありえません」
「な、なんと……」
ぐいっと口の端を上げて笑うオリガは、薄く開いた唇から怪しい笑い声を漏らす。
「なぜなら、それは一二三様にとっての“敵対”にならないからです。夫にとっての敵対行為は、自分に対して攻撃の意思を見せたか否か、であって、私などがどうなろうと意にも介さないでしょうね。もちろん、それだけ強い相手だと分かれば違いましょうけれど。少なくとも、人質にしたところで意味は無いでしょう」
ミダスは、絶句して手綱を握り締めた。
「それに、不愉快ですね」
ふん、と嘲るように息を吐く。
「私は一二三様から最初に戦いの手ほどきを受けたのですよ? そう簡単に人質になるものですか。もし万が一捕まったとしても、あの方以外の誰かに触れられるような事があれば、その前にどんな手を使ってでも自裁いたします」
「わ、わかりました。それで、ホーラントへ派遣されている部隊のことですが……」
「それも心配無用です」
鉄扇を撫で、オリガはさらりと答えた。
「彼らも私ほどではありませんが、一二三様の指導をしっかりと受けています。きちんと敵を殲滅するでしょう」
少し休みますから、ついてくるなら好きにしてください、と言って馬車の中に引っ込んでしまったオリガに、ミダスは声をかける間もなかった。
「その“敵”というのは、一体どちらを指すのか……」
独り言のようにつぶやいた言葉は、蹄と車輪の音にかき消された。
☺☻☺
フォカロル領軍教導部隊長マ・カルメは、十名の隊員たちと共に国境のオーソングランデ側に陣を敷いていた。国境の通路となる砦からは、両国の兵たちは一時的に退避している。
オーソングランデ兵は全員が近くにある兵舎で待機しており、ホーラント兵は敵軍が侵入してきた場合に備えて慌ただしく準備をしていた。
マ・カルメたちが展開しているのは五台の投槍器のみ。
そして、全員が鎖鎌や日本刀風の片刃剣を装備し、簡素な鎧を着込んでいる。
そこへ、一人の伝令が馬を走らせて駆け込んで来た。
「フォカロルの方々、ビロン伯爵様からの書状をお持ちいたしました! 責任者はどちらですか?」
「俺だ」
マ・カルメは馬を降りた伝令の前にひょいと出てきて、三つ折にされた羊皮紙を受け取った。
左手で器用に開いて、右手は腰の鎖鎌に触れさせたままでいる。
そのことで、伝令はすでにマ・カルメたちが臨戦態勢であることを知り、舌を巻いた。まだ敵が見えていない時点で武装するのはフォカロル領軍くらいで、しかも伝令に対してまで警戒を怠らない者が、オーソングランデのみならず、他の軍でもどれほど存在するだろうか。
自分が疑われているというのに、伝令は目の前にいる無精ひげを生やした男に感心していた。
「なるほど」
たたみ直した紙を、マ・カルメは自分の懐にいれた。
「この手紙はもらっておくよ。一応は、俺たちを守る為に必要だからな」
ニカッと笑ったマ・カルメの前歯は一本足りない。
「どうやらビロン様は自分のところの軍でひと戦やるつもりらしいが」
「ええ。貴殿らの部隊は少数ということもあり、五百を相手するのは難しいだろうと……」
「それは、やめとこうや」
「は?」
ダメダメ、と手を振って、マ・カルメは口を尖らせた。
「寄せ集めでも五百が相手だと、ビロン様の兵力を全部かき集めても同数以下だろ?」
伝令は、頷いて肯定した。
「だったら、まともにぶつかっても酷い損耗を出すのがオチだろ。五百相手に五千で戦うなら別だけどよ」
「しかし、貴殿らはたった十一名でしょう?」
「俺たちはまともに正面から戦うなんざしねぇよ? 部下がやられたら、俺も仲間もみんなアリッサ長官に怒られちまうよ」
人差し指を立て、マ・カルメは一つお願いがあるんだが、と切り出した。
「なんでしょう?」
「ひとつ提案があるんだわ。ビロン様の兵士をなるべく減らさず、俺たちも損害を出さずに、敵をやっつけるのに、協力をお願いしたい」
「では、伯爵様へお伝えいたしましょう」
伝令が素早く筆記具を取り出したのをみて、マ・カルメは作戦を完結に説明した。
「なるほど……」
「うまくいけば、損害は最小で済む。ちょいと相手の人数が多いから手伝いを頼みたいんだわ」
「了解いたしました。ビロン伯爵へは私が直接お伝えしましょう」
「頼む」
がっしりと左手で握手を交わし、マ・カルメはまた歯抜けの顔で笑った。
「これでうまくやってフォカロルに帰ったら、アリッサ長官に褒めてもらえるぜ!」
「は、はあ……」
こういう男がそこまで入れあげるような美女なのか、と伝令は見たこともないアリッサという女性の姿を想像していた。
もちろん、実物とはまったく違う、大人の女性を思い描いていたのだが。
☺☻☺
「うわっ!?」
オリガの乗る馬車、その馬にいきなり矢が打ち込まれ、馭者をやっていたフォカロル領軍の女性兵士は驚いて声を上げた。
あまりの痛みにいなないて倒れこんだ馬に引っ張られ、併走していた馬も転ぶ。
必然的に馬車もバランスを崩し、兵士は路上へ放り出された。
「わわっ……とと!」
肩を強打しながらも、うんざりするほど訓練させられた受身をとり、致命傷は避ける。それでも、右腕は骨折したらしく激しく傷んだ。
しかし、それよりも先にやらねばならぬことがある。
「て、敵襲! オリガ様、ご無事ですか!」
「大丈夫か!? 全員、馬車の周囲を囲め!」
ミダスは馬から飛び降り、剣を抜いた。
オリガの随伴兵は五名の女性で、オリガの馬車の馭者をしていた兵士を除いた全員、後続の馬車に乗っていたのだが、辛うじて追突は免れた。
全員が、素早く降車し、横転した馬車に駆け寄りながら剣を抜いている。
「オリガ様! あっ!?」
さらに一筋の矢が飛来し、一人の兵士が着る鎧をかすめた。
金属の甲高い音がして、全員に緊張が走る。
「ちょっと、やりすぎてしまったかなぁ?」
死んじまったら楽しめねぇ、と言う男の声がして、街道脇の茂みからゾロゾロと鎧を着た男たちが現れた。
その先頭には、ニタニタと笑う薄汚れた革鎧の小男が立っていた。
「貴様は、アスピルクエタ伯爵の手の者か?」
ミダスが誰何するが、小男は無視してフォカロルの女性兵たちを見回した。
「へぇ……女の兵士ばかりとは、こりゃ珍しいなぁ。貴族の奥様が死んでても、お楽しみは残ってるな」
舐めまわすような視線を感じ、女性兵たちはゾワリと背筋を冷たいものが走るのを感じた。
「うわ……」
「おおっと、動くなよぉ? まだ矢はあるんだ。下手に動いたら、そいつから……」
「貴方が、この薄汚い男たちの頭ですか」
小男の言葉を遮ったのは、馬車から出てきたオリガだった。
荷物がクッションになり、大した怪我はしていない。
「オリガ様!」
「へへぇ、あんたがそうか。思ってたより若いんだなぁ」
「答えなさい。貴方がこれをしでかした元凶ですね?」
オリガは、矢を受けて倒れ、すでに死んでいる馬を指差した。
「ああ? 見りゃわかんだろうが」
「では、死になさい」
オリガが右腕を小男に差し向けると、かすかな風切り音がして、その短い首に一筋の赤い線が引かれた。
「うぇ?」
「そのまま聞きなさい」
ゆっくりと小男に近づきながら、オリガは暗く濁った視線を向けた。
「貴方の罪は二つ。一つは、私が一二三様に使っていただく為に三日かけて厳選した陶器の食器を割ったこと。これだけでも万死に値しますが、さらにもう一つ。夫に会うために家路を急いでいる妻の足止めをしたこと。いかなる理由があろうとも、これを許すわけにはいきません」
シャキ、と音を立て、閉じたままの鉄扇を小男の目の前に突きつける。
「あまりの大罪。もはや一秒でも早く逝くべきでしょう」
鉄扇が小男の額を小突くと、首が綺麗に胴と切り離され、丸い頭がコロコロと街道を転がった。
首の無い身体は、短い足で立ったままになっている。
「あの世で反省しなさい」
呆然と見ていたミダスが、慌てて周囲を見回した。
「矢が来るぞ! 全員……」
「心配いりません」
オリガが開いた鉄扇で口元を隠しながら言う。
「風魔法で周囲を確認しましたが、茂みに隠れているものはいません。出てきている十六人が全てです」
「そ、そうですか……」
言われた内容よりも、それを知ることができる魔法がある事にミダスは息を飲んだ。
以前に一二三からヒントをもらってオリガが開発したエコーロケーションだが、すでにその精度は多少の障害物をものともしない。
兎角、そのことが判ればミダスたち騎士隊も、フォカロルの兵たちも遠慮する事は無い。
「全員、捕縛し……」
「処分しなさい」
「了解!」
オリガの一声で、女性兵士たちが走り出した。
自分たちよりも数が少なく、しかも女性ということで、動揺していた襲撃者たちも薄笑いで対応しようと武器を持ったが、それが失敗だった。
草を刈るような音を立てて、オリガの鉄扇が一人の喉をざっくりと抉り取る。
女性兵士の突きが、剣を構えた男の肩を貫く。
さらにオリガの魔法で一人が死に、兵士たちも次々に、しかも確実に息の根を止めていく。
「ふ、副隊長、我々は……」
警備対象だと認識していた女性陣が繰り広げるあまりの光景に、騎士の一人がミダスに視線を送った。
「仕方ない。一人だけでも捕らえて尋問する。急げ、皆殺しにされてしまうぞ」
「りょ、了解!」
ものの数分で戦闘は終了し、襲撃者は結局、一人残らず惨殺されてしまった。
「さて、馬車は一台ここに捨てていきましょう。残り一台で帰りを急ぎますよ」
最後の一人が事切れたのを確認したオリガの言葉に、兵士たちはさっと武器の血を拭い、壊れた馬車から荷物を移す作業に入った。
「……副隊長、我々は何をすれば……」
ミダスは、ため息をついた。
「引きつづき伯爵夫人に同行し、フォカロルでネルガル様と合流する」
他に何ができる、とミダスは馬に乗った。
そろそろ、フォカロル兵たちも準備が終わりそうなのだ。
「一枚は無事でしたか!」
お土産の陶器に無傷の物を見つけたオリガは、丁寧に箱に戻し、大切に胸に抱きしめた。
「ああ、一二三様。オリガがもうすぐ参ります」
うっとりとした表情は、先ほど無残な首無し死体を作り出した女性とは思えないほど、艶っぽく見える。
こんな娘だったかな、とミダスは目の奥に痛みを覚え、眉間を指で押さえた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。