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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十四章 成熟は何を以て成すのか
122/184

122.Tumbling Dice

122話目です。

よろしくお願いします。

「彼らは何を考えているのですか!」

 珍しく、イメラリアはデスクを叩いた。

 状況を伝えにきたサブナクも、口を引き結んでイメラリア同様に怒りの表情を見せている。

 ホーラント王スプランゲル崩御の報が届くと同時に、アスピルクエタ伯爵が率いる貴族連合軍が、挙兵してホーラント方面へ向かったとの連絡が届いたのだ。

「ホーラントとの戦争は終わりました! 一二三様が我が国を狙って攻勢を進めていた王太子を倒した事で、終了したのです!」

 乱暴に椅子へ腰を下ろし、紅茶を一口のみ、息を整えた。

「フォカロルへ留学生を送り、ホーラントへもフォカロルから教導兵が行っています。しかも相手国の国王が亡くなった直後……」

「大問題ですね」

「他人事のように言わないでください、サブナクさん」

 もう、とイメラリアは手元の紙に向かい、インク壺にペン先をつけた。

「アスピルクエタ伯爵に同調した貴族は……八家もいるのですか……」

 報告書にある参加貴族の名前と参戦兵数を見ながら、兵数を合計する。

 実に五百名もの兵力を動員し、その十分の一程の“お付き”をゾロゾロと引き連れて国境へ向かったらしい。

 頭痛を感じたイメラリアは眉間を押さえて、細い指で強く挟んだ。

「この人数、領地の兵士殆どを動員していませんか?」

「おそらくは。狙いは完全にホーラントの占領でしょう。義兄あにが……いえ、ビロン伯爵が足止めをするでしょうが……おそらく、人数差もありますから、押し切られるでしょう」

「以前の第二騎士隊の悪夢が、規模を拡大して再現されるかもしれませんね」

 サブナクの予測に頷いて返したイメラリアは、コツコツとペン先を紙に当てる。黒いシミが、じわりと広がった。

「……違いますね。今回は一二三様がおられません」

「戦争が起きるのです。駆けつけて参戦されるのでは?」

「それを期待するほど、楽観的にはなれません。それに、あの方を頼る形で解決しても、また同じような事が起きるでしょう」

 イメラリアの言葉に、サブナクは疑問を感じた。

「と、申されますと?」

「このリストに並ぶ名前に見覚えがありましたので、ずっと考えていたのですが、ようやく思い出せました」

 書類から顔を上げたイメラリアの目は、悲しみを湛えていた。

「お母様の……以前の王妃派の方々です。お母様が亡くなられた後は、事あるごとにわたくしと一二三様に苦言を呈されておられましたね」

 影響力と言われると、無きに等しいものでしたけれど、とイメラリアは溜息をついた。議場などで嫌味を言うのが関の山ではあるものの、その嫌味が地味にストレスだった。

「おそらくは」

 ペンを置いたイメラリアは、天井を仰いだ。

「一二三様に対抗しようとしているのでしょう。武勲を上げれば発言力を取り戻せるとでも思っているのではありませんか? わたくしが一二三様を扱いきれていないことはわかっているでしょうから、その一二三様を上回る武功があれば、わたくしを押さえつけることもできるだろう、と」

 そして、自分たちの傀儡になる人物をわたくしの王配に充てるといったところが狙いでしょう、とイメラリアは言う。

「何というか……失礼ながら、浅知恵としか言い様がありませんね」

 呆れた、とサブナクが首を振った。

「その浅知恵が、他の貴族を刺激することもあるのです」

「……して、どのように処しましょう」

「只今を持って、アスピルクエタ伯爵と彼に同調し出兵した貴族たちの地位を剥奪いたします。その家族は全て拘禁してください。処遇は後ほど決定いたします。当主であるアスピルクエタ伯爵他、参加貴族の当主は全て我が国の公敵に指定します。全ての貴族家に対し、彼らを匿うことを禁じ、従わぬ者も罰すると通達を」

「はっ! 承知いたしました」

 踵を鳴らし、姿勢を正したサブナクに、イメラリアはさらに言葉を続けた。

「サブナクさん、近衛を含め、造反者を追撃し、ホーラントへの被害を食い止める部隊の編成をお願いいたします。速度を重視し、道中領地を通る貴族からも人数を出してもらうようにお話いたしましょう」

「御意」

「そして、その追撃戦はわたくしが指揮を執ります」

「……はっ?」

 サブナクの戸惑いも気にせず、イメラリアは立ち上がった。

「わたくしを女だと思って甘く見ているから、このような行動をする輩が現れるのです。わたくしにも戦えるということをお見せいたしましょう」

 きっと見せつけたい相手は造反貴族では無いのだろう、とサブナクは内心でイメラリアの年相応の一面を見たような気がして、少しだけ和んだ。

 が、そうも言っていられない。

「わたくしの軍服というものはありませんから、そうですね……乗馬服で良いでしょう。馬上から指揮をすることができますし。用意ができましたら、隊列を組んで出発いたします」

 完全にやる気のイメラリアを止める事ができず、サブナクは大慌てで精鋭を選んで護衛隊を編成する羽目になった。

「……そういえば」

 イメラリアが何かを思い出し、ポツリとつぶやいた。

「スプランゲル王の後継者とされるネルガルさんが、フォカロルへ留学中でしたわね……」

 かなり重要なことを思い出し、イメラリアは退室しようとしていたサブナクを呼び止めた。

「他の貴族たちが、ネルガルさんの所在や立場について知っている可能性はありますか?」

「そうですね……特に秘匿しているわけではありませんから、例えばフォカロルに身内が留学なり出向なりしている貴族であれば、知っているかもしれません」

 その言葉に、イメラリアは先ほど見ていた造反者リストに目を落とした。

「……もしわたくしが事を起こすのであれば、ホーラントを取りまとめる旗頭になりそうな人物は最低でも足止めをしようと考えます」

 頷くサブナクに、顔を上げたイメラリアが続ける。

「それに、一二三様に対しても、何かしらの足止めをするでしょう。それも、直接本人を相手にするのが無理であれば、近しい誰かを利用して……」

 ほんの数秒間、思考を巡らせたイメラリアは、机の上にあるリストを叩いた。

「ミダスさんに連絡してください。彼に十名程の騎士だけの騎馬部隊を率い、すぐにフォカロル方面へ向かうようにと。途中でオリガさんと合流できれば、彼女の護衛もお願いします。ミダスさんであれば、一二三様ともオリガさんとも面識がありますし、柔軟な対応ができる騎士だと聞いておりますから、適任でしょう」

「了解いたしました」

 とはいえ、二人共オリガが誘拐や殺害されるとは本気で思っていなかった。ただ、あまり刺激したくない部分をむやみに触られる事が心配だったのだ。


☺☻☺


 ホーラント王スプランゲルの最期は、誰にも看取られることのない、しかし穏やかなものだった。

 夕食の際に、フォカロルへ留学中のネルガルから届いたオーソングランデ産のワインを愉しみ、赤ら顔で寝室へと入っていくのを侍従たちが見送った。

 すでに老齢であったスプランゲルは、気分次第では寵姫と共に眠る事もしばしばあったが、基本的には一人でゆっくりと眠る事を好んだ。

 この日も、数名いる寵姫の誰にも声はかからず、一人眠りについた。

 そして、二度と目覚める事はなかった。

 翌朝、王を起こしに来た侍女の悲鳴から、騒ぎは瞬く間に広まる。

 タイミングが悪かったのは、城内にこれといった有力者がおらず、後継であるネルガルも不在。しかも、侍女の叫び声の中を出入りしている民間の商人が聞いてしまった。

 王の死は止める者がいないままに城下に広がり、出入りする商人からあっという間に国外へと広まった。

 国政に携わる者たちは主導権を握る為に城内での工作に血眼になり、民間に流れる王の崩御の噂は、誰にも止められる事なく、事実として流出した。

 当然、オーソングランデから潜入していた者たちから、情報は流れる。

 そして、誰もが何もできない状態でいるところへ、オーソングランデが出兵したとの情報が城へと届いた。

「さて、貴兄らをここへ呼んだのは、他でもない。貴兄らの故国から我が国に兵が向かっているという話があった。その事について、だ」

 主がいない王城で、政務大臣という地位にあるというスプランゲルと同年代の老人が、呼び出した相手に向かってゆっくりと話し始めた。

「我が国は貴国との……貴兄らの主君との不幸な衝突を経て、平和的で進歩的な交流が叶ったと私は考えておる」

 殊更に一二三とその所領たるフォカロルとの近しい関係を強調するあまり、牽制を狙ったような言い回しになっているが、本人は気づいていない。

 それだけ、余裕がない。

「大臣様のおっしゃるとおりですな」

 対して、答えを返したのはホーラントに派遣された教導隊の隊長を任されたマ・カルメという妙な名前の男だった。一二三からカルメが名字かと聞かれ、家名などない平民で、どっちも名前だと答え、すぐに名前を覚えられたという。

 兵士としては軽装で、革の胸当てだけを付け、城に入る時に預かられてしまったが、いつもは腰に大ぶりのナイフと鎖鎌をジャラジャラとぶら下げている。

 無精ひげが目立つ、粗野なイメージの風貌だが、何かと周囲をよく観察していて行動の選択も早いので、誰かの指導をするのも少数の部隊を率いるのもソツなくこなす。

「だからこそ、うちの大将……トオノ伯爵様は俺たちをここへ派遣したんでしょうな。……で、それがどうかしましたか?」

「ぐ……」

 真正面から問われ、大臣は奥歯を噛み締めた。

 ここで選択を間違えば、教導隊がそのまま侵略部隊になりかねない。

「しょ、正直に言おう。貴兄らの国から送られてくる兵士たちを説得し、戦闘を回避することに強力して欲しい」

「はぁ。説得ですか……」

 短く刈り込んだ髪をぐしぐしと掻き、マ・カルメは唸った。

「そいつぁ、オーソングランデ国境のビロン伯爵がされるでしょうよ。どう考えても姫様の、おっと、女王陛下のお考えでの行動ではないでしょうからね」

 マ・カルメの言葉に、大臣は安堵の表情を見せた。

 だが、マ・カルメは続ける。

「まあ、無駄でしょうがね。うちの大将みたいに派手な戦果でも上げない限り、単なる馬鹿扱いですから。無理矢理にでも押し通って、一定の戦果を上げるまでは引くに引けないでしょうな」

 何か、勝機があってのことでしょうから、それの結果が出るまでは諦めることは無いでしょう、とマ・カルメは続けた。

「それでは……では、貴兄らは……」

 怯えたような顔をする大臣に、マ・カルメは顎をザラリと撫でて笑った。

「説得なんぞはできませんが、俺たちは戦う事はできますんでね」

 懐から一枚の羊皮紙を取り出したマ・カルメは、右手でつまむようにぶら下げて見せた。

「ビロン伯爵から救援要請が来ておりますんでね。“ビロン伯爵領、ひいてはオーソングランデに不利益をもたらさんとする輩に対応するため、助力を乞う”と来ましたわ。わはは、こういう言い回しをされると、俺たちは断れませんわな」

 いやぁ、参った参ったと笑う。

「それにですな」

 笑顔ではあるものの、その目は鋭く光を放った。

「俺たちが頑張ってホーラントの兵を訓練したのは、こんな名誉欲なんぞに目が眩んだ阿呆どもとくだらん戦闘をするためじゃないんだよ」

 クソが、と吐き捨てると、元の笑顔に戻った。

「国境あたりの場所をお借りしますんでね、あんたがたは俺たちがやられた時の為に準備でもしておいてくださいな。まあ、そうならないように努力はしますがね」

 久々の実戦で腕が鳴りますわ、と高笑いをあげて出ていったマ・カルメを、大臣は呆然と見ているだけだった。


☺☻☺


「ほう、あの爺さんが死んだのか」

「正式な報告は来ておりませんが、おそらくは間違いないでしょう。続報をただ待つわけにはまいりませんので、一度帰郷したいと思いました次第で……」

 スプランゲルの死の知らせを受けたネルガルは、真っ先に一二三がいる領主館を訪ねた。

 急ぎ帰国したいのはやまやまだが、国策として留学している以上、当地の代表者に断りなく土地を出るわけにも行かない。

「幸い、ホーラントから連れてきている護衛たちもおり、馬や馬車もあります。まずは急ぎ戻ってみようかと考えております」

 本来であれば、王を継ぐ立場であるネルガルは、オーソングランデのいち貴族に過ぎない一二三よりも上位者のはずであるが、互の態度は全く逆転している。

 一二三一人にこてんぱんにやられたという恐怖もあったが、フォカロルで学び取ることができた内容に心服したため、という一面もある。

「ご迷惑をお掛けしないように努力いたしますが、ここで学んだ事を生かし、ホーラントを良い方向へ導くことができれば、と」

 一通りの挨拶を済ませたネルガルは「またお会いしましょう」と挨拶をして、フォカロルを出て行った。

「真面目な奴だな。別に気にせず帰れば良いのに」

 自分の影響力をいまいち正確に把握していない一二三は、ソファの背もたれに身体を預けて、腕を思い切り上に上げて背筋を伸ばした。

「んん~……ヴィシー側も動かないからな。これは騒ぎが起きるまでしばらく待たされるかもな」

 焼き菓子を紅茶で流し込み、一二三はあくびを隠そうともしなかった。

「平和だなぁ、つまらん。かと言って、俺から動いてもしょうがないんだよな……ちょっとプルフラスの工房にでも行ってみるか」

 身体を動かさないと落ち着かないな、と散歩がてらの武器開発に勤しむことにした一二三は、刀を腰にぶち込み、悠々と出て行った。


 だが、その夕方にはフォカロル中が騒がしくなる事になる。

 アリッサが、負傷した状態で領主館へ運び込まれたのだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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