10 山での生活②
森の入口付近を陣とってあたしは鼻歌を歌いながら果実を採っていっていた。
「オルム、ゲルカ、キーナ」
まだ籠の半分までいっていない。採りながら一部自分の口に持っていき食べる。あまりの美味しさにとろける笑顔を浮かべながら、次を採る。これを何回か繰り返していた時だった。
急に辺り一面に不可解な霧が発生してあたしの視界を奪った。
「な…何これ……」
不安と恐怖が身体を固まらせるには十分だった。
手にしていた籠を胸の前で抱きしめ辺りを警戒するが、生き物の気配はしなかった。この世界に誕生してから異常に生き物の気配を感じ易くなっていた。これも天狼族という種族の特徴かもしれないが。
「愛し子様」
突然誰もいないはずの場所で声が聞こえて、ユリハは抱きかかえていた籠を落としてしまった。真後ろで声をかけられているような気もするが、振り返る勇気はなかった。もう一度「愛し子様」と聞こえると、恐る恐るだが「誰?」と返すと、目の前にあたしと背丈が変わらぬ老人が現れた。
「お初にお目にかかりまする。愛し子様」
老人は一言で言うと仙人みたいだった。長い前髪とモコモコのヒゲで、はっきりとした表情は分からないし、着ている服は古代の人たちが着ているような簡素なチュニックの上に下は布一枚を巻きつけたようなもので、薄汚れているようなものだった。でもどこかほっこり微笑んだような、どことしなしか嬉しそうな感じがとれた。
「えっーと、どなた?」
「わたくしはこの山の主でございまする。愛し子様」
「山の主?」
「はい。愛し子様がこちらに参られてうれしゅうございまする。何かご不便はございませぬか?ありましたら、何なりとお申しつけございませ。眷属みなで、愛し子様の期待に応えまする」
キラキラと熱い眼差しで見つめられているのは分かった。
「足りないものはありませぬか?欲しいものはありませぬか?」
期待に応えることを至上とした物言いに、あたしはつい呟いてしまった。
「美味しいキノコが食べたいかも。松茸とかいいかも」
森の奥にあるだろうと思われるキノコ。
一度中へ入ろうとして断念したキノコ。
生前大のキノコ好きだったあたしには、どうしても忘れることが出来なかった。
「キノコでございまするか。マツタケとはどのような物でしょう」
「松茸はいい匂いがして、出汁が出て高級なキノコ。キノコの王様!!」
「左様でございまするか。畏まりました、愛し子様。必ずお持ちしましょう」
それだけいうと山の主は姿を消した。周りはいつもの森の中で、ついさっきまでのファンタジーなものは一つもなかった。
「今の白昼夢?」
ユリハは籠を持ちあげると、家へと急いだ。
あくる日。
家の扉を開くとそこには大量のキノコと山菜と木の実、珍しい薬草や花々があった。
「これは……」
「…ウソ…」
昨日の白昼夢は実は現実で、山の主が眷族率いての送りものだった。
「いったい誰が…」
「…………」
心当たりがあり過ぎるあたしは、ダラダラと汗をかきながら何て言っていいのか悩んでいた。
「……ユリハ……」
「…………」
「心当たりがあるか?」
「………はい……」
言葉数少ないが、何とも言えない圧力にあたしは観念した。
朝食の時、昨日の出来事を全部吐いたのだった。




