最終話 仕事にやりがい? そんなのは気のせいだ!
「小路さんって仕事バリバリこなすのにあまり出世欲出さないですよね?」
「んー、前職では一度昇進したことあったけど、今の職場では別にこのままでいいかなって」
「どうしてです?」
「管理職になると皆に嫌われるから」
管理職。
それになるということは嫌われ者を買って出る意志を持たないとやっていけない。
報連相ができない社員を叱り、報連相をしてきた社員にも叱る。
メモを取らなければ怒り、メモを取れば「メモするなんて時間の無駄だから身体で仕事を憶えるんだ!」と怒る。
とても俺には向いてない。
「小路さんが管理職になったらちゃんと慕われると思いますよ?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ。ありがとう」
「ほら。そういう風にちゃんとお礼を言える所、素敵です。今の管理職って下にお礼言わないじゃないですか。私は小路さんになって欲しいです」
「管理職になるとな……心が汚れていくものなんだ」
のしかかる責任。
増える仕事。
休日は接待。
良いことなんて一つもない。
「でも昇進したらお給料増えるじゃないですか! それをやりがいに管理職やってみたらどうですか?」
「えっ!? 昇進したら給料増えるものなの!? 前職では数千円しか変わらなかったけど!」
「出た! 小路さんの漆黒の前職!」
基本給は変わらんし、ちょこっとだけ役職手当が笠増しされるだけだった記憶がある。
それが普通だと思っていた。
えっ? 違うの?
「ボーナス額とか結構変わったんじゃありません?」
「ボーナスなんてなかったけど?」
「…………」
「目を覚ませ!? 魂抜け出ているぞ!」
「はっ!? い、今、信じられない言葉を聞いた気がして……! ボーナス無しとか。あ、あははは。私の耳おかしくなっちゃったかな?」
この世界で賞与無しの企業はほぼ存在しない。
ボーナスはもらえて当たり前なもの。
それがこの世界の常識だ。
でもな水飼。あったんだよ。俺の居た世界には。
『社員に賞与を与えるくらいなら会社の資産として溜め込んでおきましょう』って言ってボーナス制度を消滅させた元の世界の課長元気かな? 誰かに刺されているといいな。
「それじゃあ何をやりがいに仕事をしていたのですか!?」
「やりがい?」
出た悪魔の言葉『やりがい』
社員はやりがいを持って仕事にあたるべきだ。
多くの社会人は新人社員研修でそのように学ばされる。
——否、洗脳される。
「いいか水飼。仕事に『やりがい』なんて感情は存在しないんだ」
「しますよ!?」
「いいや、しない。お前はやりがいを持って仕事をしていると思っているのか?」
「そ、そうですけど」
「そうか。残念だったな水飼。それは気のせいだ」
「気のせいの一言で一蹴された!?」
仕事というのは与えられる職務を無の感情で黙々と遂行するだけの作業。
いわば刑務作業とさほど変わりない。
「『仕事が楽しい』という感情は気のせいだ。楽しいわけがない。苦しいだけのものだ」
「く、苦しいのはわかりますけど、そんな風に卑下しなくても……」
「じゃあ水飼。宝くじで10億円当たったらどうする? 楽しいこの仕事続けるか?」
「んぐ……!」
言葉を詰まらす水飼。
そうだろう否定できないだろう。
だって楽しくないのだから。
「つまり、仕事とは生きるために仕方なくやっているだけのものなのだ。勉強になったな水飼」
ポンッと水飼の肩に手を置いた。
「い、いえ! 小路さんのその考えだけは断固否定します!」
しかし、水飼は俺の手を振り払うと、珍しく俺に反論を企ててきた。
いつになく水飼は強情だった。
「なぜ俺の意見を否定する? まさか水飼は本当にやりがいを持って仕事をしているのか?」
「も、もちろんです。聞きたいですか?」
「ぜひ聞かせてくれ」
水飼がどんなやりがいを持っていたとしても俺は『気のせい』の一言で一蹴してやるつもりだった。
しかし——
「け、結婚資金の為です」
「へっ?」
「あ、相手はまだいないですけど! でも将来素敵な結婚式を挙げたいから……!」
「…………」
とても可愛らしいやりがいだった。
でもクリティカルだった。
そんな立派なやりがいを否定したくない。
「……俺の負けだ水飼。仕事には……やりがいは存在する。目を覚まさせてもらったよ」
「やったっ。初めて小路さんを論破した! わーい!」
「…………」
くっそかわいくない? この後輩。
子供のようにバンザイして喜ぶ彼女を見てつい微笑んでしまった。
「小路さんも私と同じやりがいを持ってみたらどうですか? そうすれば昇進欲だって出てくるかもしれませんよ?」
「そうだな。結婚資金か。アリかもしれん」
少なくとも何の目標もなく淡々と仕事を続けるよりずっと良い。
資金稼ぎの為。
いいじゃないか。
「二人で分担して溜め込めばすっごく豪華な結婚式が挙げられますね」
「そうだな! ……えっ?」
「……さぁ~て! 今日もお仕事頑張りますか!」
大きく伸びをしながら自分のデスクに腰向かう水飼。
その横顔は若干だけど紅に染まっていた。
「待って! 水飼? 水飼さん!? その爆弾発言はちょっとスルーしかねるけど!? 詳しい話を頼む!」
「ふーんだ。たかが先輩命令に従う義務ありませんもーん。まっ、上司命令だったら従いざるを得ないですけど」
「よーし! 昇進してやる! 意地でも昇進してやるぞ!」
やりがいに合わせて、初めて出世欲も湧き出た感じがする。
この小悪魔後輩と一緒の夢を叶える為に、今日も俺はバリバリと仕事に励むのだった。
―【完】―




