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片翼の蝶 ―江口桜次郎と消えない教え子―  作者: 綾見 恋太郎


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10/10

巻末資料 検索結果に残った翅

 以下は、十三年前に発生した榛名家一家殺傷・放火事件、および通称「片翼の蝶事件」に関して、当時インターネット上に残されていた記事、掲示板、まとめサイト、SNS投稿等を再構成したものである。

 一部、個人名・地名・所属機関名は伏せ字とし、明らかな誹謗中傷、個人情報の拡散にあたる箇所は省略した。


     ◆


【ニュース記事/十三年前・事件翌日】


 東京都京東区の住宅で火災 三人死亡 七歳男児を保護

 〓日未明、東京都京東区の住宅から出火し、木造二階建て住宅一棟が全焼した。焼け跡から、この家に住む大学研究員・榛名忠さん、妻の榛名紗季さん、長女の灯里さんとみられる三人の遺体が見つかった。

 警視庁によると、遺体には火災によるものとは異なる外傷が確認されており、殺人および放火事件として捜査を進めている。

 また、現場からは次男の蛍くんが救出され、病院に搬送された。命に別状はないという。

 近隣住民は「深夜に大きな音がした」「火が出る前に言い争うような声を聞いた」と話しており、警察は出火前の詳しい状況を調べている。


     ◆


【ニュース記事/十三年前・三日後】


 榛名家火災、殺人事件と断定 研究資料との関連も捜査

 東京都京東区で発生した榛名家火災について、警視庁は、死亡した三名が火災前に何者かによって殺害された可能性が高いと発表した。

 死亡した榛名忠さんは、京東大学で植物由来成分の研究に携わっており、事件直前には民間企業との共同研究をめぐって複数の関係者と接触していたことが分かっている。

 警察は、仕事上のトラブルが事件に関係していないか慎重に調べている。

 一方、事件当時、住宅内にいた次男の蛍くんについては、心身の負担を考慮し、聴取は慎重に行われているという。

 捜査関係者は「現場には通常の家庭内には見られない物品も残されており、慎重な鑑定が必要」としている。


     ◆


【匿名掲示板/事件当時】


 1:名無し

 榛名家の火事、ただの火事じゃなかったらしい。


 2:名無し

 三人死亡で子ども一人だけ助かったやつ?


 3:名無し

 父親、大学の研究者なんだろ。絶対研究絡みじゃん。


 4:名無し

 近所の人が、火事の前に女の声聞いたって言ってたって本当?


 5:名無し

 ソースどこ。


 6:名無し

 ニュースでは言ってない。近所の人の書き込み。


 7:名無し

 生き残った子、七歳だっけ。かわいそうすぎる。


 8:名無し

 でも一人だけ助かるって不自然じゃない?


 9:名無し

 やめろよ。


 10:名無し

 いや、普通に考えて犯人が逃がしたか、隠れてたか、何か理由あるだろ。


 11:名無し

 現場に変な標本があったって書き込み見た。


 12:名無し

 標本?


 13:名無し

 蝶。片方の羽だけのやつ。


 14:名無し

 何それ怖い。


 15:名無し

 デマだろ。


 16:名無し

 でも削除されてた。書いた人、近所の消防団関係者っぽかった。


 17:名無し

 片翼の蝶って、何かの暗号?


 18:名無し

 厨二すぎる。


 19:名無し

 殺人現場に蝶の標本とか、映画かよ。


 20:名無し

 生き残った子が見たって話もある。


 21:名無し

 だからそういうのやめろって。


 22:名無し

 見たなら証言できるじゃん。


 23:名無し

 七歳の子に何言わせる気だよ。


 24:名無し

 でも真相知ってるの、その子だけなんじゃないの。


     ◆


【削除済みまとめサイト記事/十年前】


 【未解決事件】榛名家一家殺傷放火事件と「片翼の蝶」の謎


 東京都京東区で発生した榛名家一家殺傷放火事件。

 大学研究員だった父、母、長女が死亡し、当時七歳だった長男だけが生き残ったこの事件は、現在も犯人逮捕には至っていない。


 事件には、いくつか不可解な点がある。


 ・父親は事件直前、研究データをめぐって企業関係者と揉めていた?

 ・火災前に女性の声を聞いたという近隣証言

 ・現場から消えた研究資料

 ・生き残った少年の背中に残った火傷

 ・そして、現場にあったとされる「片翼の蝶」の標本


 この「片翼の蝶」について、公式な報道は存在しない。

 しかし、事件直後の掲示板には「現場に蝶の標本があった」「片羽だけだった」という書き込みが複数残されている。

 警察が情報を伏せているのか、それとも単なる都市伝説なのか。


 さらに一部では、生き残った少年がその標本を見ていたという噂もある。

 少年は現在、親族のもとで暮らしているとされるが、詳しい所在は明らかになっていない。


 片翼の蝶は、犯人からのメッセージだったのか。

 それとも、榛名家に隠されていた何かを示す記号だったのか。

 事件から三年が経った今も、真相は闇の中である。


     ◆


【コメント欄/同まとめ記事より抜粋】


 ・この事件、子どもがかわいそうすぎて無理。

 ・片翼の蝶って本当にあったの?

 ・ソースないのに広まりすぎ。

 ・父親の研究関係だと思う。

 ・企業名、当時ちょっと出てたよな。

 ・生き残った子、今どうしてるんだろう。

 ・そっとしといてやれよ。

 ・でも真相知ってるのその子だけじゃない?

 ・子どもに背負わせるな。

 ・片翼って、背中の火傷のことじゃないの?

 ・やめろ。

 ・それどこ情報?

 ・昔のローカルニュースで見た気がする。

 ・被害者を考察対象にするの、本当にきつい。

 ・でも未解決なんだから気になるだろ。

 ・気になる、で人の人生を掘るなよ。


     ◆


【SNS投稿/数年前】


 片翼の蝶事件って、結局なんだったんだろう。

 子どもの頃ニュースで見て、ずっと覚えてる。

 生き残った男の子、ちゃんと大人になれたのかな。


     ◆


【SNS投稿/数年前】


 未解決事件まとめで榛名家のやつ読んだ。

 現場に片羽の蝶の標本って、本当なら怖すぎる。

 ただのデマなら誰が考えたんだよ、そんな残酷な話。


     ◆


【SNS投稿/数年前】


 被害者遺族の現在、みたいな記事ほんと嫌い。

 生き残った人は、事件の続きじゃなくて、今を生きてる人なんだよ。


     ◆


【SNS投稿/現在】


 例の大学温室の事件、昔の榛名家事件と関係あるって本当?

 片翼の蝶ってワード、また出てきてるんだけど。


     ◆


【SNS投稿/現在】


 片翼の蝶、トレンドに入ってて嫌な予感しかしない。

 未解決事件が好きな人たち、頼むから生存者の名前を掘らないでほしい。


     ◆


【SNS投稿/現在】


 十三年前の事件の生き残りが関係者って書いてるアカウントあったけど、消えてた。

 こういうの、消えてもスクショで残るんだよな。

 残るのが一番怖い。


     ◆


【検索候補/現在】


 片翼の蝶 事件

 片翼の蝶 榛名家

 榛名家事件 生き残り

 榛名蛍 現在

 榛名忠 研究

 水原バイオテック 榛名

 京東大学 温室 殺人

 片翼の蝶 標本

 片翼の蝶 意味

 片翼の蝶 担任


     ◆


【削除された書き込み/復元不能】


 あの子、うちの学校にいた。

 名前は――


     ◆


【京東区立第三中学校 二年二組 出席簿控え】


 榛名蛍。

 欠席。

 欠席。

 欠席。

 出席。

 欠席。

 出席。


 備考欄。

 社会科プリント配布済。

 本人希望により、欠席分も保管。


     ◆


【江口桜次郎 私物ノートより】


 榛名蛍は、事件の生き残りではない。

 少なくとも、僕の授業ではそう扱わない。


 出席した日は、出席。

 欠席した日は、欠席。

 来なかった日のプリントは、来た日に渡す。


 それ以上のことは、今の僕にはできない。

 それ以下にしてしまえば、たぶん教師ではいられない。


     ◆


【紙飛行機の裏に書かれていた文字】


 旋回しました。

 落ちませんでした。


     ◆


 検索結果は、消えない。

 記事も、書き込みも、噂も、誰かが面白がってつけた名前も、本人の知らないところで残り続ける。


 けれど、残るものはそれだけではない。


 出席簿の丸。

 保管されたプリント。

 折り目の曲がった紙飛行機。

 夜の温室で、帰らずに待っていた教師の足跡。


 片方の翅だけでは、まっすぐには飛べない。

 それでも、折り方を少し変えれば、落ちずに旋回することくらいはできる。


 榛名蛍は、事件の名前ではない。

 標本の題名でもない。

 検索候補でも、まとめ記事の見出しでも、誰かの噂話の続きを生きるための存在でもない。


 ただ、そこにいた。

 雨の夜にも。

 教室の隅にも。

 温室の前にも。

 江口桜次郎が、出席簿にその名を残した日にも。


 片翼の蝶は、もう標本箱の中にはいない。

 ただ、夜のどこかを、少し傾きながら飛んでいる。


 ――終、わらない。

 これは、終わらない物語。

江口桜次郎 登場作品

『雪桜の教室は、誰の子を埋めたのか』

 https://ncode.syosetu.com/n1156mf/

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