014.クラスメイト
階段教室の窓際の一番後ろの席。四人ほど座れる木製の長机に突っ伏して、婚約者様は眠っている。
(殿下、仲良くしてほしいんじゃなかったのですか?)
自己紹介を終えてから、彼はずっと静かな寝息を立てていた。
「王子、ずっと寝てるなぁ」
「疲れているんじゃないですか? ほら、公務とかで」
「精霊様が魔力使ってるからじゃないの? 魔力探知したらわかるじゃん」
「ほんとだ! マジで減ってる!」
「精霊裁判で減るんですよね? つまり今――」
「悪いやつがやっつけられてる! 魔力が毎日勝手に削られるなんて、僕だったら死んじゃうぞ」
「そんなやつを精霊様が選ばなくね?」
「選ばれる前提で言ったわけじゃないでしょ…」
ガカクのクラスに馴染むための策は成功したらしく、代わる代わる話しかけられる。正直、名前を覚えきれない。楽しそうに騒いでいる彼らは平民の出で、中等部から一緒の四人組。
「ロディナさんは殿下を起こしてから食堂に行くの? 場所わかる?」
「はい。大丈夫です。誘ってくださってありがとうございます」
「また一緒に食べましょうね」
四人を手を振って見送ると、気づけば教室は閑散としていた。
「殿下、昼食の時間ですよ」
肩を軽く揺すってみるも、起きる気配はない。
(何度声を掛けても、起きないんですよね。放っておくわけにもいきませんし)
「大変そうね」
銀髪の女生徒が唐突にふらりとやって来て、前の席に座る。
「私はレイン。ロバーツ子爵家の娘」
「ロディナ・ニフテリーザと申します」
「知ってる。自己紹介で聞いたし、有名人だから。厄介事に巻き込まれて災難ね」
返す言葉が見つからず、ロディナは曖昧に笑った。淡々とした口調の彼女は、どうやら婚約の経緯を知っているらしい。
「でも、王子様が気にかけてるのは驚いた。大抵の婚約を、決まる前に潰す人だから」
「潰す? では今までも婚約のお話が」
「うん。陛下がそれで困ってるって、父様が言ってた。今回だって、やろうと思えばできたはずなのに……とっても不思議」
レインは身動ぎしているガカクをじっと見つめている。
(そんな方法があったなら、今回こそ婚約を回避するために動くはずでは?)
当人は、教会相手には動きづらいと言っていた。訴えがないと裁くことが難しいとも。
「詳しく教えていただいても構いませんか?」
「いいよ。例えば、シルフ様の父親。臣民公爵という申し分ない身分で、教会嫌い。王家はしがらみが多いから、彼に裏で金が動いてるとか訴えてもらうの」
「証拠もないのに、適当な理由で?」
「うん。教会も、公爵相手に訴えを受理できないとは言えないでしょ? 証拠は見つからないから、確実に精霊裁判になる。真実を暴いてもらえば、婚約は解消」
「えっと…冤罪のリスクを考えると、公爵様は動いてくれないのでは? 真実を映す水鏡に何も映らなければ、公爵様が罰を受けることになりますし」
裁きの精霊は、訴えに応じた真実しか見せてくれない。だからといって多くの罪で訴えても、訴えた者が割を食うようになっている。
「そう、かもね。でも、お金が動いてないと思う? ニフテリーザ家が教会からお金を貰ったとか、ありそうだけど」
(……。こう思う方も、いらっしゃるでしょうね。言わないだけで。養子ってだけで、色々言われますし)
義父母も、敬虔な女神教の信徒。だからこそ、司教から話を聞いてロディナを養子として受け入れてくれたし、我が子のように育ててくれた。エイレアの変化に気づかない親であっても、お金で動く人ではないと知っている。
「それはないと断言します」
「だといいね。でもやっぱり不思議」
「…殿下の行動が、ですか」
「うん。お姫様に刺されたことあるって聞いたし、婚約を潰すのはそれがトラウマだからだって」
「さされ……た?」
ロディナは、気持ち良さそうに眠っている婚約者を一瞥した。
「あ、言っちゃいけないこと言ったかも。忘れてね」
(無理では?)
「とにかくさ、王子様はシルフ様をわざわざ選んで声を掛けた。貴方とシルフ様が話していたからじゃなくて」
「そのようですね」
身分は、どう足掻いても付きまとう。公爵令嬢である彼女の言葉で、ロディナを受け入れるしかなくなった者は、確実にいるはずだ。
(中身はアレなのに……。殿下は本当に心配して? やはり自分のため? はぁ。何を信じればいいのやら)
考えるのも嫌になっているロディナに、レインは淡々と続ける。
「チャンスをもらったんだから、友だち、できるといいね。ちなみに私は無理。もう二度と話しかけないで」
「え、あのっ、ありがとうござ……い」
レインは最後まで聞くことなく、出て行ってしまった。
(話しかけてきたのはあちらなのに? ……もしかして、彼女は殿下を――)
「おはよーございます! 呼び出しで遅れました! アダラ・ドーニスです」
「誰もいないって!」
「いるだろ? 二人。白頭……あ、ガカクじゃん! 久しぶりだなっ! 契約者のナントカ会議以来だな!」
(アダラって、勇者様の名前。殿下と知り合いなのですか?)
褐色肌の少年の後ろを、赤髪の少女が追ってくる。彼女にも見覚えがあった。いつか聖女と名乗っていた女の子と同じ髪色している。
「寝てるのか。お前は? ガカクの従者?」
「婚約者だって! ごめんなさいロディナ様。あたしはペルレと申します」
「婚約者? この国だと……おめでとうで合ってる? 俺の国だとさ、うん。ダメなのかよ」
言葉の途中で、ペルレがアダラの頭を小突いた。
「初めまして。アダラ様、ペルレ様。ロディナ・ニフテリーザと申します」
「ロディナだな。おめでとうって言ってごめん。アダラでいいぞ」
「あたしもペルレでいいですよ。皆さんはどちらに?」
「昼食で食堂に」
「あー、ガカクが起きなくて待ってんのか。よし、俺が起こしてやろう」
アダラは人差し指の先に炎の玉を出した。
「え、アダラさん?」
ロディナは立ち上がって、彼を止めようと動く。
「ちょ、アダラ! 魔法はダメ! 教室で炎魔法はだめだって! 相手は王「当てないって。倍の大きさならどうだ! 熱くて起きるだろ」
「それ、ロディナ様もあたしも暑いから!」
水魔法で消火しているところを教師に見つかり、ロディナたちは初日から叱られる羽目になった。




