22.暁の決闘
朝日が昇る。見物人は少ない。カーラに塗ってもらった痛み止めの軟膏はよく効いている。
娼館の外に出ると、ジョーは有り余る体力を誇るかのように、近くにいたヴィクトリアに腕を伸ばして体を抱き寄せた。決闘の前であるにもかかわらず余裕の表情だ。おそらくそれは不安を誤魔化そうといった類の行動ではないだろう。むしろ自信の表れに見える。彼は三角星の加護によって、好きなだけ銃弾を命中させることができるようになったのだから。
決闘は娼館に面した路上で行うことにした。ジョーは異論を差し挟まなかった。仲間を減らしたダニエルに感づかれないために、決闘はすぐに済ませたい。ついさっき、立会人として酒場の主人が呼ばれ、私たちのところに来たばかりだ。
娼館の目の前で果し合いを見届けるのは、他にはカーラとヘザーの二人だけだった。私とジョーのどちらかが死ぬまでは手を出さないよう言ってある。ヘザーはハンスの銃を手に持ち、視線をジョーとヴィクトリアに注ぎつつ娼館の入り口を守るように立っている。カーラはそこから少し離れたところにいて、腕を組みつつ私をじっと見つめていた。
「いい加減にしろ。そろそろ始めるぞ」
ジョーを急かす。ジョーはヴィクトリアの尻を上機嫌で揉んでいた。
「分かったよ。正々堂々と、だったな」
「ああ、そうだ。正々堂々と、だ」
ニコラス・マッケンジーの棺に隠されていた塩田の権利書の断片を、一時的に決闘の立会人である酒場の主人に預けた。勝者が決まれば、彼がそちらに渡す。私とボビー兄弟が争ったとき、彼はどちらにも与せず酒場を抜け出して保安官を呼びに行った。だから味方とまでは言えないものの、中立の立会人としては充分に務まるだろう。
ヴィクトリアはジョーから離れる前に接吻した。黒く長い髪をなびかせ、気の強そうな風貌の彼女は悠然とヘザーの横に立つ。ヘザーと小声で言葉を交わす。よく聞こえない。
「いい女だ」
ジョーが呟く。
風はあまり強くない。私とジョーは背中合わせに立ち、酒場の主人が良いと言うまで前へ進みながら離れる。振り返らずに歩く。ある程度離れたところで立会人が止まれと合図した。足音が消える。私たちは立ち止まった。誰も喋らない。
決闘の方法を事前に決めておいた。立会人がコインを投げ、地面に落ちた音を合図として互いに撃ち合う。それまでは振り返ってはならない。だが――
三つの星が強く光る。コインが空中に浮かぶ。歪んだ風景と、動きの止まった空間が私を包み込んだ。
予想通りだった。ジョーに目をやると、彼はまだ振り向いていない。しかし、脇の下から銃口が飛び出していた。それは私に向けられている。コインが落ちる前に決着をつけるつもりだろう。奴は汚い――私と同じく。
奴が引き金に触れる指に少しでも力を込めていたら、弾丸は発射され、三角星の加護によって絶対に命中する。
賭けだ。勝負は始まっている。遅いかどうか分からなかったが、やるしかなかった。
私は狙いを定め、確実に標的を捉え、弾丸を放った。
銃声が鳴り、コインは地面に落ちた。時の流れが戻ってすぐに痛みが走る。私はジョーに撃たれた。胸に手を当てると、血がにじんだ。
私はまだ銃を握っている。ジョーは拳銃を落とした。周りで息を呑む気配がした。ジョーは何が起きたのか、まだ把握しきれていないようだった。拳銃を失った手をじっと見つめている。手元で起こった小爆発によって彼の右手からは血が垂れていた。
強い意志で再び狙いをつけ、まだ後ろを向いているジョーの背中に拳銃を向けた。撃鉄を起こす。
奴の目が私を見る。
「おい……」
言葉を待たずに、私は引き金を引いた。
ジョーの背中に穴が開き、血が流れ出す。ゆっくりとこちらを向き、信じられないといった表情が見え、そして仰向けに倒れた。どさりと音がする。私の弾は心臓に命中したはずだ。奴はこれで死ぬ。
私が初めに狙ったのは、胴体や腕ではなく私に向けられた銃口だった。勝つにはそれしかないと思った。三角星の加護により、ジョーが引き金を引けば弾は必ず私に命中する。確実だ。だから少しでもジョーの死を勝ち取るために選択した。
賭けの結果は見ての通り。ジョーの放った弾丸は銃身の中で打ち砕かれ、彼は手を負傷した。ただしその破片は飛散し、三角星の加護によって私の肉に突き刺さった。危ないところだった。傷は浅く致命傷とはならなかったが、傷は傷だ。
胸の痛みをこらえて死にかけのジョーに近づこうとした。しかしそれよりも早く、決闘を見守っていたヴィクトリアがジョーに駆け寄った。何をするのかと思えば、彼女は近くに落ちていたジョーの拳銃を蹴り飛ばした。そして、続けざまにジョーの脇腹を蹴った。
「手持ちがないとか何とか言いやがって、やっぱりあるじゃないか。商売女と思って馬鹿にするのも大概にしな」
ちょうど蹴った辺りに屈み込み、彼女はジョーの懐から紙幣を抜き取った。ぺっと唾を吐きかけ、ヘザーの脇を通って娼館の中に戻っていった。
一部始終を見守っていた酒場の主人が黙って私に近づき、権利書の切れ端を差し出す。私はそれを押しとどめた。
「私じゃなくてヘザーに渡してやってくれ」
権利書を戸惑いの顔で受け取るヘザーに私は声を掛けた。
「やるよ。私なんかが持っているよりずっと良いさ。もう半分がないとだけどな」
「これは……」
書かれた文字に目を通している。すぐに顔を上げ、彼女は言う。
「ありがとうございます。それより、早く手当てを」
「ああ、頼むよ」
弾丸の細かな破片が胸にじくじくと痛みをもたらしている。
カーラにも声を掛ける。
「心配かけたな、カーラ。悪かった。一人で殺っちまったよ」
「別に……」
「勝つ算段はあると言ったろ」
私たちが娼館の外に出てからというものの、カーラはずっと腕を組み、黙って私を見ていた。私が促すと、口数の少ないまま、カーラはヘザーと一緒に建物の中に戻った。
まだ残っているのは酒場の主人だけだ。帰ろうとする彼に念を押す。
「おい。今日の事はまだ誰にも言うんじゃないぞ。分かったな」
これで盗賊団の生き残りは、私とダニエル・クレイトンのたった二人だけになってしまった。ダニエルには手下の死をまだ悟らせたくない。
びくっとした彼は足を止め、私に軽く媚びるように会釈すると、静かに去っていった。