21.欲望の鎖
ジョーは翌日の決闘を承諾した。ヴィクトリアを人質にして立てこもっている部屋の中から、彼は条件をつけた。
「代わりにいいか、今夜の邪魔はするなよ? まだ楽しみ足りねえからな。そこにいるカーラもだ!」
カーラが何か言いたげに私を見る。
「ここでやり合うよりはマシだろ」
一対一の決闘なら、最悪私が死ぬだけで済む。その場合、ポイントヒルを闊歩する暴君を退治するのはカーラひとりに任せなければならなくなるが……。
「ヴィクトリアごめん! 明日まで辛抱してちょうだい」
ヘザーが言うと、初めてヴィクトリアが部屋の中から返答する。
「いいんだよヘザー! それよりあんた、さっさとそこの二人を遠ざけてくれよ。銃を突きつけられるのは良い気分じゃないからね」
「そうだ! こちとらお楽しみの最中に邪魔されてんだ、これ以上俺を怒らせたくなかったらさっさと引き下がるんだな!」
ヴィクトリアの平然とした声色からは、彼女が内心どのように考えているか推し量れなかった。ただ、今は彼女に危険を引き受けてもらう他ない。
ヘザーはうつむき、歯を食いしばっている。
「すまない。町を滅茶苦茶にした奴が憎いのは分かるが、あとは私たちに。撃たれた用心棒を助けてやりな」
私が声を掛けると、ヘザーはため息をついて顔を上げた。
「あなた方にお任せします。さっきはありがとうございました。あれ以上あいつにマリアさんのことを言われたら、私だって何をしていたか……私たちにできることがあれば言ってください。では、ハンスを待たせているので」
毅然と身をひるがえし、ヘザーは先に階下へ去った。
「忘れるな、明日の夜明けだぞ!」
ジョーに念を押して、私とカーラも彼のいる部屋から距離を取った。階段の途中で私たちは腰を下ろす。ジョーからあまり離れても良くないだろうから。
「シェイナ」
「無駄な犠牲は避けると言ったろ。何も怒りに任せて決闘を申し込んだわけじゃないさ」
嘘だ。あのままだと埒が明かないのは確かで、他に犠牲を抑える手立てはなかった。とはいえジョーに決闘を迫ったとき、私はひどく腹を立てていた。ほとんど何も考えずに私は決闘を申し込んだのだ。自ら志願したヴィクトリアには負担をかけたまま、私の独りよがりで……ヘザーには感謝されたが、それだけの話だった。
「シェイナ」
シェイナ、と短く私の名を呼ぶ彼女の声色は、さっきと少しだけ違った。咎めるような響きが混ざる。
「悪かった。嘘が嫌いなんだったな」
「決闘で勝つ算段はあるの」
「あるさ。勝つためにわざわざ決闘を明日に指定したんだ。私はポイントヒルに到着してからほとんど休めてないから、今のうちに心身を休ませておこうと思ってね。もう歳だからな。四十近くにもなって昔の頃みたいにはいかないが……それにもし負けても、お前ならジョーを殺せるだろ。私らより若いんだ」
「その言い方、負けてもいいように聞こえるけど」
「そんな事ないね。それより、ダニエル・クレイトンを殺そうとしてきたんだろ? 話、聞かせろよ」
姉のことを問い質しに行ったんだ、と彼女は訂正した。
「ミシェル姉さんのこと、私に話そうとして話せなかったなんて到底信じられないな。しかもそれを言ってきた後、護身用の銃で撃たれたよ。私を撃ったんだ、あいつ」
「傷は?」
「私はこの刀があれば傷がすぐ治るから大丈夫。そんな事より、ダニエル・クレイトンにも三角星の呪いが掛かっている話をさせて」
その場にいたダニエルの手下を殺したあと、彼女はダニエルが意識を失うのを見たという。ほぼ同時に人影のようなものが現れて、そこから細長いものがカーラに向かって飛び出してきた。危険を察した彼女はすぐに窓から逃走した。謎の人影に銃弾は効かなかったようだ。
「ダニエルを殺せばその人影とやらも死ぬだろうか」
「殺せれば、ね」
人影は、おそらくマリアを殺した何者かの正体だ。マリアの頭上から縄が降ってきて首に巻き付いたのを町の住民が目撃している。飛び出してきたという細長いものはきっと縄だろう。電撃ディックとやりあった直後のはずとはいえ、あのマリア・サイフルが手も足も出なかったとなると厄介だ。そう考えるとカーラはよく生き残った。
うめき声が聞こえる。下で、撃たれた傷口に残った弾丸をハンスの脚からヘザーが取り出しているのだろう。
カーラの持つ黄金の刀を見る。いまは鞘に納められている。
「そういえば、どうやってその刀を見つけたのか聞いてなかったな」
「何から話せばいい? クレイトンシティでダニエルの耳に刀の情報が入ってきたのは知ってる? ポイントヒルの近隣に大統領への盗まれた献上品が隠されているらしいって」
「それは大体な。マリアから聞いたよ」
老いぼれのウォード大佐が死ぬまで探し求めていた代物だ。マリアの話では、ウォード大佐が誰彼構わず刀の所在を聞いて回ったためにダニエル・クレイトンの知るところとなったようだが、まさか大佐自身がそれで刺し殺されようとは夢にも思わなかっただろう。
「ダニエルはそれを聞いて、ちょうどその頃仕事はないかと押しかけてきたジョーに刀を探すよう命じたわけ。ジョーはすでに自分の手下を集めて大所帯になっていた。でも使える仲間はというと、グレゴリーとオリヴィアくらいなものだったみたいだけどね。ジョーも手下を食わせるのに夢中であまり真面目に探していなかった。だからすぐに手詰まりになって、ダニエルは私に刀探しを一任した。汚い裏の仕事はもともと私がやっていたから」
「君の姉が昔ダニエルや私の仲間だったのを隠されたまま、あいつに利用されていたってわけだな」
「悔しいけど、そういう事になる。で、私は一人で探した。もちろん、昔知り合ったコソ泥や情報屋なんかの伝手は使ったけど、あまり大した情報は得られなかった」
一つを除いて、と言う。
「それを聞いたのはある宣教師から。彼は、夜に三角星の方角から火の玉が落ちてくるのを目撃した人がいると……それが落下したのはポイントヒルから東に行った南寄りの荒れ地で、ウォード大佐が探しきれていない範囲と一致していた。旅のついでに宣教師がその場所に立ち寄ると、隕石が地面を砕いて、塞がっていた洞窟が姿を見せていたの。彼は先を急いでいたから洞窟を見下ろしただけで引き返したらしい。私も見に行った。思った通り、その洞窟の本来の入口は崩落していて、誰も気づかない場所にあった。天井に穴が開いているといっても奥の方は真っ暗。それで松明に火をつけたら……あった」
「黄金色に反射する光を見た、か」
カーラは頷く。
「その通り。この黄金の刀が、岩棚の上に安置されていた。そしてなぜか、隕石だと思うんだけど……大きめの石が刀身に触れるように、同じ岩棚に乗っていた。洞窟の奥の方だし、落ちてきたばかりの隕石が偶然そこに乗るとは思えない。だから安易に触れるべきじゃなかった。でも、あのときの私は、刀の輝きに魅入られたように、いや、魅入られて、刀を握ってしまった。そこからの記憶は曖昧だし、ただ、たくさんの人を殺したことだけは覚えている」
黄金の刀は鞘に納まったまま、カーラの膝に乗せられている。鞘を撫でる手つきを見る。手つきと同じく静かだがはっきりとした視線の動き、そして息遣いまで、カーラはやはりミシェルと瓜二つだった。死者にそっくりなものだから、近くにいるとどうしても心が落ち着かない。
「その鞘はもとからあったものか? 納屋で会ったときには確か、むき出しだった気がするが」
「これ? その辺にあった物を拝借して作った。むき出しだと不便だからね」
「器用なんだな」
カーラは「まあね」と言い、鞘をとんとんと叩いた。
「家を飛び出してからダニエルに拾われるまで、ずっと一人でやっていかなければならなかったから」
――星とは孤独、誰も知らず、友よ別離の旅路にて骨朽ちるまで。
カーラがふと口にしたのは、むかし聞いたことのある詩だった。ミシェル。詩を好んだ生前の彼女がただ一度だけその詩を暗唱したのはあの、クレイトン盗賊団が壊滅する日の前夜でのことだった。
そのとき彼女は珍しく、望郷の念に囚われているようだった。故郷の空の色や木々の匂いの話をしたのを覚えている。自分のことをほとんど話さない人だったが、どうして話す気になったのかと問うと、彼女は気恥ずかしくなったのか誤魔化すように詩を口ずさんだ。新月の輝きは灰のごとく、水面のごとく……とその詩は続いたが、その先は忘れてしまった。
「知っている詩だ」
「ミシェル姉さんが私に教えてくれたんだ。姉さんが一番好きな詩だって。教えてくれた次の日に、姉さんは家出した」
そうだったのか。
「私にとってはそれが遺言みたいなもの。クレマン家であの人はやんちゃだったけど、家族で一人だけ、私によく勉強を教えてくれた。文字の読み書きは姉さんが持っていた詩集で覚えたんだ。……私は姉さんに憧れていて……数年して、我慢できずに私も真似して、親に黙って飛び出してきた。それからずっと、牛や馬なんかの泥棒で生計を立てるはめになったけどね。ダニエルに雇われるまでは」
話の途中でヘザーが来て、撃たれたハンスの処置が終わったと告げた。彼は気絶したので下で寝かせている、と言う。
時間が経った。階段に座ったまま上の階を見上げたカーラ曰く、「ジョーはまだお楽しみ中」で寝るそぶりを見せない。ただし、彼は一緒にいるヴィクトリアに夢中のようでいて、拳銃はすぐ手に取れるよう用心深く近くに置いているようだ。
私とカーラで交代しつつ眠ることにした。起きている間はジョーの動きを警戒して、見張りをする。他の女たちが身を寄せ合う一階には絶対に入らせないようにする。
その前に一つ、頼み事をした。
「カーラ、痛み止めの軟膏を貰ってきてくれないか」
「どこか痛むの」
「背中をクレゴリーにやられた」
ずっと座っていると、馬の脚で蹴られた背中が痛み出す。これでは明日に響く。
カーラが立ち上がった。
「マリアの部屋にあると思うが……ヘザーに聞いてみてくれ。たぶん場所を知っている」
背中の痛みを訴えるシェイナ・グリーンから離れ、カーラ・クレマンはこの娼館の主だった故人の部屋を探した。シェイナの言う通り、ヘザーが薬の置き場所を知っていた。部屋にはハンスが寝かされていた。カーラの見た所、ヘザーの腕は良く、彼はいずれ再び歩けるようになるだろう。
カーラは軟膏の入った瓶を持ち、シェイナの待つ階段まで戻ろうとした。
玄関ホールでは数人の女たちが相変わらず話し込んでいる。カーラはそのうち二人ほどの名前を思い出していた。あれはキャスリーン。あっちはアイリス。他は分からない。シェイナと共に娼館に入ったとき、名前を呼び合っていたので覚えている。
ふと玄関の方に目をやったとき、彼女は、男が娼館に近づいてくるのを透視した。
「誰か来る。みんな下がって」
残っていたキャスリーンたちを脇の応接室に退散させる。
ヘザーが言う。
「私はここに」
「いや、私だけで充分。君はあっちで用心棒を見ていてやりな」
ヘザーは肩をすくめ、カーラの言う通りに戻っていく。
外は薄暗い。
男は、ただ一人だけ生き残っているジョーの手下だった。カーラは保安官事務所から拝借してそのまま持って来ていたライフルを手に取り、先にドアを開けた。
ジョーの手下は丁度ドアに触れようとしたところだった。いきなり開いた玄関口から銃口が飛び出したのを見て、彼は驚きの表情をしつつ立ち止まり、ゆっくりと引き返そうとする。カーラは、歯を見せて威嚇するように笑った。
「逃げる事ないんじゃないの。何の用」
ジョーからでくの坊と呼ばれる彼は動きを止め、返答した。
「ジョーに伝言があって来た。いつまで油を売っているのか、と」
「ダニエルからだね。私が伝えてやろうか」
「……お前にも伝言だ。ダニエル様が来るようにと仰っている。刀をご所望だ。それかすぐに、刀をここで渡すか。どちらにせよダニエル様はカーラ・クレマンと再び手を結びたいとお考えだ」
男はほぼ一息で言い切り、返事を待つ。
「すぐに返事はできない。だけど考えておくよ。それと、拳銃は置いて行ってもらう」
顎で腰の拳銃を指し示す。カーラは、この男がすぐに根城に帰ろうとするだろうと考えていた。
彼は舌打ちした。
「仕方ねえな」
ガンベルトごと差し出す。カーラがそれを受け取るため手を伸ばすと、男はガンベルトを手放そうとせず、握る力を強めた。
「死にたいの? 今は君のご主人様のもとへ帰って返事を伝えてくれないと困るんだけど」
「もう一つ、カーラ・クレマンに会ったときの言づてをダニエル様から預かっていた」
男は続ける。
「ミシェル・クレマンの最期について、お前が知らない事をダニエル様は知っておられる。知りたいだろう、知りたければ直接会いに来い」




