20.けだもの
カーラとエミリオとの三人で中身の札束はそのままに棺を運んだ。ダニエル・クレイトンが陣取っているというマッケンジー家の屋敷を避けて遠回りし、何事もなく厩舎に着く。その場はエミリオに任せ、棺桶を置いて私とカーラは娼館に向かった。
エミリオは墓荒らしと棺の運搬、それに突然の殺し合いで思いのほか疲れを見せていた。だから彼を休ませるために置いてきた。私も疲れていたが、まだやることがある。
道を二人で歩いているとき、カーラは死んだ連中の三角星の加護が好きに使えるようになるのだと漏らした。例えばグレゴリーのように馬に変身したり、オリヴィアのように透視できるようになったらしい。
ただ、銀山の虐殺でやったようにその場で瞬間的に消えたり現れたりすることは、正気を取り戻してからはできなくなったようだ。
「つまり私が死ねばお前は好きに時間を伸び縮みさせられるようになるんだな。便利なことだ。今、殺すか?」
「その提案は魅力的だね」
カーラが苦笑する。
「今はそのつもりはないから。でも、もしあんたが死んだら、遠慮なく使わせてもらおう」
冗談のあと、カーラに見つけた金はどうするのかと問われた。欲しいのかと聞けば、別に欲しくないという。
「そうかい。この私には必要のないものだ」
「となると、あのエミリオって子に全部渡すんだね。ずいぶんと気に掛けるようだけど」
「そうか? あいつはボビー兄弟に親を殺されたっていうからな。助けはいるだろう」
「ふーん」
面白がっているようだ。
「いや、他にも分け前をやろうと思う」
「私は――でもそれなら、事が終わったら少しくらいは貰うかも」
「勝手にしな」
カーラは何かを思いついた顔をしていた。私は何も尋ねなかった。分け前で何をしようが私の知る事ではない。
マッケンジー家の残した財産を私たちが手に入れたと、ヘザーにも報せておこうと考えた。彼女は保安官が死んだ場に居合わせている。だから今、私たちは娼館に足を向けている。
金は棺の中に置いてきたが、半分に裂かれた塩田の権利書は私が懐に入れて持ち歩いている。これはジョーやダニエルに対する餌としてでも使えるだろう。
途中で保安官事務所に立ち寄った。しかし、ポイントヒルを発った彼の助手が事務所に戻ってきた形跡はなかった。誰もいなかったのだからカーラが銃をここで容易に拝借できたのも頷ける。助手は保安官が銀山跡へ偵察に行かせたはずだが、おそらくは意識を取り戻したあとのジョーの一味とかち合って殺されたのだろう。
娼館に着いた。入り口の戸を叩くと、しっかり閉まっていなかったのか反動で半開きになった。構わず玄関ホールに入った私の目に、床板とカーペットの境目を横切るようにして倒れている人物と、周りで手当てをする女たちの姿が入った。また別の隅で何人か、ひそひそと話をしている。
娼館の女たちほぼ全員が玄関ホールに集まっているようだ。後から私に続いて建物に入ったカーラもその様子を見て足を止めた。
「どうしたの」
倒れているのは娼館の用心棒の、確かハンスという名の男だった。脚を撃たれ、手にも怪我を負っている。意識はあるようだが、痛みに耐えるので精一杯といったところか。
手当てをする女たちの中心にいたヘザーが立ち上がり、青い顔で私たちの方へやって来た。
「シェイナさん。ハンスが撃たれました」
「弾は傷口に残っているのか?」
「これから、摘出します」
緊張気味に言うが、医者の姿が見えない。
「この町に医者は?」
「いません」
「できるのか」
「マリアさんに以前教わりました」
娼婦らの一部は階上を気にしている。
「お前さんのガキはどうした。見えないが、大丈夫なのか」
「あの子は無事です。奥のマリアさんの部屋で仕事仲間に見てもらってます」
「そうか」
続いて用心棒を誰が襲ったのかと聞くと、ジョーが撃ったと答えが返ってきた。私たちがここに着く少し前、ジョーは一人でいきなりやって来て、女を抱かせろと要求したらしい。
ここはマリアの娼館だ。死んだと思われた彼女は一度よみがえったが、ジョーの一味の何者かによって再び殺された。彼女の遺体は今もマッケンジー家の屋敷に吊り下げられている。マリアは主人として以上に、同じ仲間として他の女たちから慕われていた。つまるところ、ジョーは彼女らの敵という事になる。だから強く断ったというのだが、するとジョーはハンスが持ち出した銃を撃ち落とし、さらに脚に二発の弾丸を撃ち込んだ。
「それでジョーのやつはどこへ行った」
「今はヴィクトリアが上で相手してるよ」
ひそひそ話をしていたうちの一人が言うと、私の前でヘザーは申し訳なさそうな顔をした。
「ハンスが撃たれて、そのまま銃を持ったジョーは笑いながら暴れて……とりあえずジョーをなだめるのに私が引き受けようとしたんですけど……」
「あんた男を喜ばせる演技が下手だからね。それにヴィクトリアの方が明らかにあいつの好みだったみたいだし」
ヘザーの仲間が言った。
「ヴィクトリアさん一人に任せて良かったかな……」
呟くヘザーがふと、私の斜め後ろに目をやった。
「ところで誰なんですか?」
「彼女はカーラ。味方になってくれる人だ」
紹介を受けて、カーラは一歩前に進み出て笑顔を向けた。
「よろしく」
二人が挨拶する。私は、娼館に立ち寄った理由をヘザーに説明した。
「ヘザー。あの保安官が言っていたマッケンジー家の隠し財産が見つかったよ。掘り出すついでにジョーの仲間を二人始末した。それを知らせに来たんだが、ジョーもここに来ているとはね。撃たれたハンスには悪いが探す手間が省けた。不意打ちできるかもしれない。案内してくれるか」
彼女は快諾した。いいかげん、腹に据えかねるものがあるだろう。
「すぐ戻るから。みんな、ハンスを頼んだよ」
そう言ってヘザーは私とカーラを連れて階段に向かった。軋みそうな階段を三人とも注意して静かに上がる。
「上にはジョーとヴィクトリアだけか?」
小声で尋ねると、ヘザーは無言で頷いた。
明かり取りのガラス窓から肌を刺すような陽光が入ってくる。
ヘザーは、手前から奥に向かって二つ目のドアを指し示した。忍び寄ろうとする私をカーラが軽く制止する。
「ちょっと待って。見てみるから」
彼女は両目をいったん閉じ、息を吸う。瞼を開くと、カーラの視線は廊下の壁を、表面ではなくそのさらに奥の方を、深く抉るように見ていた。彼女には部屋の中が見えている。
教会で殺しあったオリヴィアもこうやって私の居場所を見ていたのだろうか。カーラの表情は芳しくない。そして、静かすぎる。
「カーラ!」
静寂を破り、大声がドアを貫いた。ジョーだ。
「どうした、入って来ないのか? 俺を待たせるんじゃねえ!」
眉をひそめつつカーラが返事をする。
「どうして分かった?」
「てめえが来るのは窓から見えてたんでな! 耳を澄ませて待ってたってわけよ。もう一人連れがいるだろう、誰だ。シェイナか? マリアは死んだしシェイナだろう」
嘲るように声を上げるジョーは、部屋から出てこない。一緒にいるはずの女の声が聞こえない。
私もカーラに声を掛ける。
「中はどうなっている」
「二人、どっちも裸で……ジョーが女の人を盾にして、頭に拳銃を突き付けている。たぶんヴィクトリア。下手に手を出したら彼女が危ない」
カーラは部屋の様子を注視しながら答えた。私には部屋の中は見えない。彼女の言うことを信じるほかない。
「聞こえてんだろうが! 返事くらいしろ!」
ジョーがわめく。
「人質をとってどうするつもりだ? こんなところで油を売ってていいのか」
「やっぱりシェイナか! どうせ死んじゃいねえと思っていたぜ。なあ、好きに女抱いて何が悪い、俺の勝手だろう? 他の二人に働かせているから充分だろうが。それよりカーラ! 俺はお前を殺してやりたいところだ。こちとら素っ裸だが鉄砲はあるぜ。だが俺はダニエルからてめえには手を出すなって言いつけられている。奴は話があるんだってよ。命拾いしたな!」
ジョーが話す最中、私とカーラは小声で話し合った。
「あいつ、三角星の加護で何ができるのか……」
カーラが呟く。私たちに力をもたらした黄金の刀の持ち主でも、それぞれの力の内実は分からないらしい。
「ジョーは狙った場所に必ず銃弾が命中するようになった。この目で見たよ。その刀にやられる前は百発撃って百発外す男だったんだ、間違いない」
「……ダメだな、残念だけど良い手が思いつかない。もう彼の指が引き金に触れているし、危険すぎる。私なら見えている銃を暴発させられるけど、銃口が彼女に近すぎる。どれだけあんたが他より素早く動いても、ドアに動きがあればあいつは引き金を引く。そうしたら人質のヴィクトリアは助からない」
カーラはヘザーをちらりと見て言った。
「それでもいいなら突入するべきだけど、シェイナ」
「そうだな」
私の手は懐のバッジに触れていた。穴の開いた保安官バッジだ。
「無駄な犠牲は避けよう」
再びジョーのいる部屋の内部に視線を戻したカーラが、私の言葉を聞いて一瞬笑みを浮かべたように見える。
ジョーが言う。
「お前らマリア・サイフルから何か聞いちゃいねえか!」
「何のことだ? はっきり言え!」
「この町の外れには塩田があるだろう。そこの権利書のことだ。あの女は何か知っていたんじゃねえかと思ってな」
「そうか分かったぞ! 本当はその権利書とやらを探しにここに来たんだな? それで肉欲に負けたってわけか、ジョー」
舌打ちが聞こえたのを良いことに、私は続けた。
「だったらお前は間抜けだ。町の有力者がここに大事な権利書を隠すとでも思ったのか? 先に保安官事務所でも探してみるべきだったな」
「うるせえな! マリアだぞ? 奴はいろんな連中にいい顔するに決まっているだろうが。それはそうとシェイナお前、マリアを見たか? 俺は上からも下からも見たけどな。おもしれえ、ぶらんぶらんぶら下がってよ、あの姿、あいつの最期にお似合いだったぜ。なあ、ヴィクトリア、お前にも見せてやりたいところだ」
頭に血が上るのを感じた。やはりジョーは許せない。ミシェルを見殺しにし、その妹には姉の死について何も言わず、あまつさえマリアまでも愚弄する。ダニエル・クレイトンの腰巾着でしかなかった男が今ではならず者をまとめ上げる大物面をしている。腹が立つ。
「ジョー!」
私が一歩前に出て叫ぶと、カーラが制止するように腕を出した。手に触れる。私は気持ちを抑えてその場で立ち止まった。これ以上はジョーの立てこもる部屋に近づかない。
一方ジョーは対抗するように声の大きさを一段上げた。
「そんな大声出したってマリアは戻ってこねえぞ!」
「私と決闘しろ! 夜明けに一対一だ!」
廊下は静まり返った。
「決闘だと? 俺に受けるメリットはあるのか」
「お前が勝てば塩田の権利書をくれてやる」
再びの沈黙の後、ジョーの返事が返ってきた。
「てめえが見つけたってわけかよ。俺に勝てると思ってるのか? いいだろう、受けてやる。正々堂々一対一ってな!」