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2.滅びの劫火

 町が見えてきた。墓地に埋めるにしても棺桶に入れてやりたい。だから私の馬に引き連れている彼の馬にはトッドの遺体を乗せている。


 昨日、町の連中には昼前までに戻ると言って出発した。もう真昼だ。だからあいつらも心配しているだろうと思い、町の様子をうかがおうと目を凝らした。表通りの入口の辺りを見る。


 静かすぎた。いつもなら、モースのガキたちが入口の近くで遊んでいるはずだ。今日はたまたま屋内に引っ込んでいるのだとしても、昨晩出会った異常のせいで強烈な警戒心がひとりでに沸き上がった。すでに部下が死んでいるのだ。


 町にある程度近づき、馬から降りた。馬の胴体を盾に拳銃を構え、町の入口から通りの奥の方まで観察した。


「聞こえるか! 保安官だ、誰か返事しな!」


 馬に隠れながら大声で町へ向かって呼びかけた。だが、熱風が吹くばかりで返事はない。


 大通りで地面に張り付くように倒れているものが複数。人体。見知った人らがばらばらの場所に倒れている。どれも流血の様子はない。墓地でやられたときのトッドと同じに見えた。まさかミシェルの亡霊が、とは信じたくない。


 私の声は届いているはずだから、敵にしろ、味方にしろ生きている者がいるのなら動きがあるはずだ。


 拳銃を構えたまま待った。

 他のならず者と共に首領クレイトンの下で働いていた頃は、狙撃の腕を発揮することで仲間たちに貢献した。早撃ちには負けるが、遠くの的に当てる分には誰にも負けない。離れた距離でも拳銃で狙いさえ付けたなら確実に命中させられる自信があった。この町で保安官になってからは腕を発揮する機会がほとんどなかったものの、その自信は今でもある。


 はたして、深く呼吸を五回ほど繰り返した頃、酒場の戸を押し退けて大通りに出てくる人物をとらえた。千鳥足でよろめきながら出てきたのは偽神父のペドロだった。


 彼とは昔からの知り合いだった。クレイトン盗賊団が最後の大仕事をする前に彼は一味を抜けている。そして私がやって来る少し前にこの町に流れ着き、私が保安官の座に就くための後押しをしてくれた。あのとき、タイミング良く前任の保安官がトッドの兄弟たちによって殺されたという運の良さもあった。


 ペドロが私のいる方へ体を向けて手を大きく振った。もう片方の手で酒瓶を握っている。よろよろと歩こうとして、彼は近くにあった女の死体に酔った足を引っかけ、転んだ。起き上がると、また手を振る。町の中で何があったかはともかく、嵐はどこかへ去っていったようだ。



 私は、トッドの死体ごと馬を連れて町に入った。


「ペドロ」

「みんな死んじまった。霊魂が丸ごと引っこ抜かれたみたいだ」


 彼はわざとらしく嘆いてみせた。さっき転んで覆い被さったばかりの死体をクッションにして、大通りのど真ん中に彼は座り込んでいる。酒を一口あおった。その目は酒瓶でなく、私に向いていた。


「保安官不在だったからって気に病むなよ。テメェがいたところでどうにもならなかっただろうぜ、きっと俺らに神の審判が下ったんだ。だってありゃあ――」


 ペドロはほんの一瞬声を詰まらせ、乾き始めていた唇を舐めた。


「――あれは、ミシェルにしか見えなかったよ。なあ、シェイナ保安官。いつの日か、彼女が地の底から蘇って俺たちに復讐しに来るんじゃないかと、そんな考えが頭をよぎったことはないか? きっとそれが今日だったんだ」

「私も会ったよ、彼女に」


 よく無事だったなあ、と彼は声を漏らして、女の死体から腰を上げた。


「トッドもあの世へ行ったか」


 馬の背に積まれた物言わぬ死体を見て彼は言った。


「シェイナにこき使われてさぞ大変だったろう、トッド・グレイ。これからは地獄の火の海で平穏を過ごせるように俺が祈ってやる、アーメン。ところで保安官はこれからどうするつもりだね」

「さあね。これから考えるところさ」

「俺はこれから死人どもを弔ってやろうと思うんだが……それにしてもおかしいんだ。今は真っ昼間だってのに、沈んでいるはずの三角星が空を見上げたらくっきり見えるんだ」


 ――この酔っ払いが。


 口には出さない。昼に三角星が見えるものか。

 町の皆死んだということなら、棺桶屋もどこかで倒れ死んでいるのだろう。だから生き残ったペドロにトッドの事を全て埋葬まで頼もうかと考えていたが、今の酒臭い彼に言っても仕方ない。これなら、死体をわざわざ町に連れ帰らなくてもよかった。あのまま墓地に埋めてきてしまえばよかったのだ。無駄な労力を使ってしまった。


「ああ、やっぱり見える」

「お前、汗かきすぎだ」


 空を見上げたトッドの顎髭から汗がしたたり落ちていく。うわ言のように呟いた。


「何だか熱っぽいんだ。シェイナは違うのか? 三角星……三角星、三角星の加護よ!」


 いきなりペドロの叫ぶ声が私の体に響いたせいで、心臓が止まりそうになった。ミシェルが私たちを襲う前に唯一発した言葉と同じだったからだ。三角星!


 突然、ペドロの握っている酒瓶が火を噴いた。炎は舐めるようにしてペドロの腕から肩を伝い、あっという間に彼の全身を覆った。

 私が言葉を失っている間の、ほんのわずかな時間の出来事だった。私は何歩か下がるだけで他に何もできなかった。あまりに燃えるのが早い。クレイトンたちと暴れまわっていた頃に人が焼けるのは何度か見た事があるが、こんなにも早く燃え尽きるのは初めてだ。


 ペドロの肉体は熱をはらんだ灰になって風の中に舞い上がった。


「……偽神父の最期がこれかよ」


 彼は町にやって来たばかりの頃、管理する者がおらず朽ちかけていた町の礼拝堂の建て直しに尽力した。信心からではない。奴の本質は詐欺師だった。町の住民たちの信頼を得たあとは好きなだけ金品を巻き上げようという魂胆だったと、いつだったか保安官事務所で二人きりのときに彼が言っていたのを覚えている。

 結局は町に居着くことになったのだが、そんな彼も今では骨さえ残らない。



 ペドロが焼け死んだ後、本当に町で生き残った者がいないのか探し回った。保安官としては誰か一人でも住民が生きていれば助けるほかない。

 結果、先ほどペドロの言っていた通り生存者はいなかった。町の全員と知り合いだ。それが皆、老若男女関係なく冷たくなっていた。


 馬を繋いだ場所に戻った。

 ペドロだった灰は吹き付ける風によって跡形もなくなっていた。


 トッドの死体を乾いた地面に降ろす。彼はシェイナ・グリーンが保安官として部下に任命した唯一の人間だ。


「これをやるよ」


 私は自分のバッジを外し、トッドの胸の上に投げつけた。元から付いていたのと合わせて星が二つ。冥土の土産だ。

 これで奴の口笛を聞くこともない。


 この町に残る理由は一つも存在しなくなった。退屈だが居心地の良い生活はあっけなく、過去の亡霊によって消え失せた。こうなったら一刻も早く、誰一人生きてはいない町から立ち去るべきだろう。

 もう保安官を演じる必要はない。私はただのシェイナ・グリーンに戻った。案外さっぱりとした気分だった。


 馬にまたがる。帽子の角度を直し、馬を町の外に向けた。あるところで振り返り、拳銃を上方向に構える。

 カーンと音が響いた。私が撃った弾丸は、教会の鐘に命中した。


 ペドロ、お前への手向けだ。これで満足か?

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