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黒と黒の攻防戦  作者: 山猫ねっこ
7/7

7(終)


両親との挨拶もそこそこに、俺の部屋で篠崎は黙々と中学高校の卒業アルバムを見ている。


俺はと言うと、その篠崎の背中を後ろでぼんやりと見ながら、お茶汲みを手伝いにキッチンで二人きりになった母親からこっそりと言われた事を思い出していた。



「見惚れて言葉が出なくなっちゃうなんて、初めてよ。あんたからは葉一くんはクールであんまり笑わないって聞いてたけど、そんなことないじゃないの!」


と、鼻息を荒くしてとにかく篠崎の格好良さを語る母は、また調子を取り戻して変なスイッチが入ったようだった。だけど思い出すのは、そこの部分じゃない。



「だけどねぇ…」と一旦言葉を切った母は、今度は少し解せない表情でお茶を注ぐ。


「大事な人です、これからも仲良くさせて下さいって、、プロポーズじゃあるまいし。あんた達、なんか一線超えたりしてるの?」


「は!?」


そう言って真っ直ぐに俺を見つめる母の目は、冗談でも冷やかしでもなく、ありのままに思った疑問をこちらに投げかけてきていた。


「だって、ちょっと意味深な感じがしたのよね。あんたは何も思わなかったの?」


「別に…俺は変に受け取ってないし、母さんこそ変な質問してくるなよな…」


「私はもしかしたらって思ったのよ。でもあなた達が言いにくいのかなぁって思って、こっちから聞いてみてるんじゃない」


「だから言いにくいも何も、篠崎とは友達だっつの!母さんの考えすぎ!」


「そう…?」


今までに類を見ない格好良い友人を連れて来たからか、変な思考が生まれているらしい。冗談半分にそんな事を聞かれるのならまだしも、真剣に俺と篠崎が友達以上の関係だと疑っているから余計にたちが悪かった。



ただ、ここ数日の篠崎の言動を振り返ってみれば、違和感を感じずにはいられない場面があったのも事実だ。


カフェで俺の両親にご挨拶に行きたいと言われたことも、俺の育った町を知りたいと熱心に町を眺めていた様子も、俺にとっては驚かされることばかりだった。


こんなに自分に興味を持たれた事が初めてだからか、今まで付き合ってきた同性の友人にはされた事のないアプローチに、戸惑っているのかもしれない。


そして何より首を傾げたくなるのは、あんなにこだわっていた黒を突然辞めてしまったことだ。

そもそも合宿所に着くまではいつも通りの黒だったのに、わざわざ白に着替えた理由は何なのだろう。




「あのさ、篠崎…」


なんだか居ても立っても居られなくて、俺は白い背中に声をかけた。


「お前、今日なんか無理してる…?」


「ん…?」


恐る恐る尋ねる俺の声で、アルバムから顔を上げた篠崎と目が合う。突然何を言いだすのかとも言いたげな不思議そうな目がこちらを向いた。


「それは全くしてないが…」


「でも俺の母さんの前でも笑ってくれていただろ…?普段はそんな笑ったりとかしないから、びっくりしたんだけど…」


「そうか…?」


「いや、ほら、、俺とこれからも仲良くさせて下さいとかなんとか言ってた時あったじゃん。その時とか俺も母さんも思わず黙っちゃったしさ」


流石に本人の前で、篠崎の美しい笑みに言葉を失ったとまでは言えない。



「そ、それにさ、篠崎はそういう気分なだけだって言ってたけど…やっぱりあれほど黒だけだったのに、急に白とか着るとびっくりするっていうか…

お前、一体どうしたんだよ?」



気づけば、心に突っかかっていた種がぽろぽろと零れ落ちるように俺は吐き出していた。

そして静まり返った部屋の中で、篠崎と俺の間に見えない隔たりのようなものがあることを、唐突に感じている自分に気づく。


そんな俺を相変わらず表情のない眼差しで見つめていた篠崎は、手にしていたアルバムをそっと元へ戻した。そして音もなく立ち上がれば、ゆっくりとこちらに向かい、ベットに座る俺のすぐ横に腰を下ろす。



「良仁……」


そう俺を呼ぶ声は、初めて聞いた時と変わらない低音の心地よい声。


それなのに、今俺は一体何に怯えているのだろう。いつもと変わらない篠崎の隣が、今は何でこんなにも身体が固まるようなのだろうか。


俺の名前を呼んだ篠崎はそこから何も言わず、そっとこちらへ手を伸ばした。そしてその手は、1度も染めたことのない真っ黒な俺の頭へと降ろされる。


突然なことに声を失いながらも篠崎の方へ顔を上げた俺は、囚われるように篠崎の目と視線が合わさった。




「良仁…俺は黒が好きだよ」


「……そうか」


「だけど、今日白を着たのはただのエゴだ。

良仁のお母さんによく思われたいっていう俺のエゴだよ」


「……」


「笑ったりよく喋ったのもそうだ。全部良仁のお母さんによく思われたいためだ。だから良仁が何か怖がる必要は何もないんだよ」


「…なんで、そんなに俺の母さんにこだわる…?」


そう尋ねた俺の声は恐々として震えている。それでも何故か篠崎の目から視線を逸らすことが出来ずにいた俺に、篠崎は一層優しい手つきで俺の頭を撫で付けた。

そしていつになく心地よいテノールに乗せて、篠崎は言葉を紡ぐ。



「それは……いつか貰うためかな」


「…貰う?」


「それはまだ言えないけど……

ただ、俺が一番好きな黒をもらう」



(あ………)


そう思った時には、撫でていた俺の黒い髪は篠崎の手の中にスルリと流れていき、こちらを見つめていた篠崎の目は、俺の黒曜の瞳だけをどこまでも見つめていた。




終わり

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