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真実


 カミーユはガレオの向かいのソファーに腰掛けると、目に感じた違和感を誤魔化すように強めに擦った。あんなに泣いたのはいつ振りだろう。そんなことをふと思いながら、テーブルを挟む形でソファーに座るガレオに視線を向けた。目の前のテーブルにはカミーユに寄せて、ガレオが持っていた銃が置かれている。


「……ガレオ、話聞かせてくれるね?」


 その問い掛けに、項垂れたままのガレオが小さく頷いた。レーヴはその光景を、隣に立ったまま腕を組んで聞いている。顔が仏頂面なのはいつものことだ。


「そういえば、レーヴのことは覚えてるかな?革命軍の頃に何度か会ってる筈だけど」


 ガレオは少しだけ顔を上げる。


「……はい。今は画家、なんですよね」


「それとサラちゃんの雇い主でもある。だからサラちゃんは此処に居る訳なんだけど、そのことは聞かされてるかな?エドゥアール・ゴーティエ伯爵に」


 カミーユは早速問題の核心を突いた。ガレオの表情が曇るが、レーヴが更に続ける。


「お前が持っていた銃はゴーティエから渡されたものだろう。確実に成功するという自信があったのか知らないが、まさか紋章入りの銃を持たせるとはな」


 豪華な装飾が施された銃には、ゴーティエ伯爵家の紋章である雄鶏が刻まれていた。恐らく銃はゴーティエの私物だろう。


「……多分、痺れを切らしたからだと思います」


 ぽつぽつと、ガレオは話し始めた。


「彼女が奴隷解放されてから一年、ゴーティエ伯爵は本当ならすぐにでも彼女を連れ戻したかった。でも元奴隷に接触する危険性がある者は、国軍の監視対象者になります。伯爵もそうです」


「そうだね。特に伯爵はサラちゃんを伯爵邸から連れ出す際もかなり揉めたから、暫くの間は気付かれない様に尾行したりもした。その結果を、要監視対象者として閣下に報告したのは僕だ」


 それからは代わる代わる監視する人間を変えながら、ゴーティエの周囲を見張った。外出する時間、場所、接触があった人間など。


「それで、中々連れ去るチャンスがなく気が急いていたという訳か。確かにあの男なら遣り兼ねない。普段は紳士の皮を被ってはいるが、頭に血が上りやすい短慮な男で有名だ」


 レーヴは画家として、貴族の家へ招待されることも少なくない。あまりそういった場に出向くのを好まない男だが、顧客との一定の交流は必要だ。そしてそういう場では、噂話が話の種になる。全てを鵜呑みにするのは愚か者の極みだが、その中の一握りの真実を見抜いて頭の隅に置いておく分には有用だ。いざというとき役に立つこともある。


「あっちの状況は何となく分かった。それじゃあ次はガレオ……君のことも教えてくれ。伯爵と知り合った時期と経緯が知りたい。何故、内通者になったのかも」


「時期は、大体半年位前です。伯爵は、俺が伯爵の監視を担当していた日に接触してきました。それで……妹の病気を治せる医者を紹介するって」


「リナちゃんが、病気……?」


 ガレオの妹リナ、二人を人攫いから直接保護したカミーユは当然知っている。流行り病で両親を失ったガレオにとって唯一の家族。最愛の妹。それが、病気。


「何で、それを……!」


 言ってくれなかったのか。思わず立ち上がるカミーユだが、それ以上は何も言えなかった。深く息を吸って、吐いて、ソファーに座り直すとガレオを真っ直ぐに見る。


「……閣下には?」


「……アンジェリク閣下には、相談しました。妹の体調が優れないって。それなら直ぐエクリヴァン先生に診せるようにと言われて」


 生まれが隣国フォルティフィエであるアンジェリクが、レヴェイエ革命に伴い連れ立った仲間の内の一人に医師がいる。名はソフィ・エクリヴァン。フォルティフィエでも指折りの名医で、革命前から現在に至るまで多くの仲間と国民を救った。今は国軍の軍医として、医師のいない辺境の町に赴いて治療を施していると聞く。


「エクリヴァン先生が言うには、恐らくリナは生まれ付き心臓に何かしらの問題を抱えていた可能性が高いと。それが年齢を重ねる内に悪化して、症状として出てきた……」


「心臓ってことは……」


「今の医療で完治は不可能だそうです。症状の緩和と延命には、投薬と療養しかないとも言われました。それでも、今のリナの状態じゃ……二十歳まで生きるのは」


 そこでガレオはぐっと言葉を飲み込んだ。これ以上は言葉と一緒に、別のものが溢れ出しそうで。熱くなる目頭を押さえて、ガレオは下を向いた。それを見ていたカミーユも言葉が出てこない。何故、どうしてと、答えのない問いを心の中で問うことしか出来ない。何故世界はこんなにも不平等で、どうして悲しい目に遭うのは同じ人間ばかりなのか。


 だが、感傷に浸るだけでは前に進めない。問題は解決しない。今この場においては特に。


 レーヴは冷静に見ていた。ガレオが内通者になった時期、経緯、理由を頭の中で組み立てて、一つの疑問が頭に浮かぶ。そしてそれと同時に最悪の可能性も。


「半年前から今まで情報を渡すことしかしていないお前が、銃を持って人攫いの真似事を強行したのは何故だ。……妹は今何処に居る?」


 涙を堪えるように俯いていたガレオは、膝の上で拳を握ると次の瞬間には床に這って頭を下げていた。床に頭を擦りながら、必死になって懇願する。


「カミーユさん、お願いします!彼女を連れて行かないと……!そうしないとリナが……!妹が!」


 その言動に、行動に、レーヴもカミーユも全て理解した。病気の妹を人質に取られ、この凶行に及んだのだと。サラを伯爵の元に連れて戻らなければ妹を殺すとでも言われているのだろう。


 カミーユの心臓はどくどくと激しく早鐘を打っている。首の裏は熱いのに、指先は氷のように冷たくなっていた。今の状況に頭が追い付かず、昔と今が酷く混ざり合って吐き気がする。人攫いから救い出した兄妹。泣き虫だが負けん気が強く妹思いな兄のガレオ。そんな兄の心を小さな身体で支え続ける健気な妹のリナ。カミーユにとっても二人は特別だ。


 だが、それでも。


「駄目だ。サラちゃんを連れて行かせる訳にはいかないよ」


 それだけは出来ない。許されない。


 ふるふると、頭を下げたままガレオは小さく震えていた。ボタボタと床に大粒の涙が落ちる。


 きっと、ガレオも分かっていた。ゴーティエが言ったことは自分を騙して情報を得る為の体の良い嘘で、妹の病を治す術などない。それでも縋った。縋らざるを得なかった。最愛の妹が助かる可能性に、一部の望みに、縋るしかなかった。


 そして裏切られて、妹を人質に取られた。


 すると後ろからキシリと床の軋む音がした。


 レーヴとカミーユが揃って後ろを振り向くと、其処にはサラが居た。何時から其処に、と尋ねようとカミーユが口を開くが、それよりも先にサラが申し出る。


「私、帰ります。旦那様のところに」


 カミーユの頭が、ぐらりと揺れた。



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