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2.地獄の檻と、汚泥にまみれた自尊心

王宮の地下、さらにその奥。 日の光が一切届かない場所にある「奴隷保管庫」が、蓮の新しい住処となった。


「ほら、さっさと入れ。お似合いの個室だぜ」


奴隷商人の手下たちが、蓮を鉄格子の向こう側へと放り込んだ。 そこは、人間が住む場所ではなかった。床には古い藁が散らばり、ネズミが走り回る。壁からは絶えず水が滴り、空気は腐敗した食べ物と排泄物の臭いで満ちている。


「……あ、あの……服を……」


蓮は震える手で、自分の体を隠そうとした。 王宮から連れてこられる際、彼が着ていた高校の制服は、隅々まで調べられ、剥ぎ取られた。 「珍しい素材だ」という理由で奴隷商人のコレクションにされ、代わりとして与えられたのは、麻袋に穴を開けただけの、ゴワゴワとした茶色の貫頭衣。 それだけだった。 下着さえも奪われ、肌に直接当たる粗末な布地が、動くたびにデリケートな肌を削っていく。 下半身を通り抜ける冷気が、自分がもはや「一人の人間」ではなく、売買される「モノ」になったことを、心臓の鼓動とともに刻み込んでくる。


(怖い……帰りたい……お母さん……)


暗闇の中で、蓮は膝を抱えて丸くなった。 だが、現実は彼に感傷に浸る時間すら与えなかった。


翌日から、地獄の労働が始まった。 「おい、スキル持ち! 炊事スキルがあるんだろ? さっさとこのクソ重い樽を運んでスープを作れ!」


毎日、夜明け前から深夜まで、他の奴隷たちの食事作りや、血肉に汚れた兵士たちの甲冑の洗濯を命じられた。 食事は三日に一度。カビの生えた一切れのパンと、泥の混じった水だけ。 栄養不足と重労働で、元々細かった蓮の体は、さらに不健康なほどに削ぎ落とされていった。 胸板はさらに薄くなり、腰回りは女子よりも細くなっていく。 整えられていた髪は、今や肩まで伸びて絡まり、油と埃で黒ずんでいた。


だが、どんなに汚れ、痩せこけても、彼の顔立ちだけは異様な輝きを失わなかった。 それが、周囲の男たちの歪んだ欲望を刺激した。


「なあ、知ってるか? このガキ、脱がすと真っ白なんだぜ」 「本当かよ。こんな掃き溜めに置いとくには勿体ないツラだな。いっそ俺たちが先に……」 「馬鹿言え。こいつは『上玉』だ。傷物にしてみろ、親方に首を飛ばされるぞ」


男たちの下卑た視線が、蓮の貫頭衣の下を這うように舐め回す。 蓮は、自分に向けられる視線の意味を嫌というほど理解していた。 コンプレックスだった「女顔」が、この地獄では自分を辱めるための最高のスパイスになっている。


ある夜、奴隷商人が松明を手に、蓮の檻の前に現れた。 彼は蓮の顎を乱暴に掴み上げ、左右に振ってその顔を観察した。


「ひっ……!」 「ほう、数ヶ月経ってもこの美貌か。少し痩せたが、かえって庇護欲をそそる。これなら、王都の『変態貴族』どもが血眼になって競り落とすだろうぜ」 「や、やめて……買われるなんて……」 「お前の意見など聞いていない。お前はこれから、男としての尊厳をすべて捨て、あいつらの『愛玩犬』になるんだ。穴という穴を徹底的に躾けられ、死ぬまで這いつくばって鳴くのが、お前の唯一の存在理由だよ」


奴隷商人は下品な声を上げて笑いながら去っていった。 蓮は、自分の運命がもはや救いようのない暗黒に飲み込まれたことを悟った。 いっそ、このまま消えてしまいたい。死んでしまいたい。 しかし、飢えと疲労で、自ら命を絶つ力すら残っていなかった。


そんな絶望の極致にいたある日。 地下牢の重い石扉が、今までとは違う重厚な音を立てて開いた。


差し込んできた光の中に立っていたのは、三人の女性。 磨き抜かれた武具を纏い、威風堂々としたその姿は、この掃き溜めには不釣り合いなほど神々しかった。


「……あの子?」


リーダー格の、燃えるような紅蓮の髪をポニーテールにした女性――エルザが、冷徹な瞳で蓮を射抜いた。 その後ろには、インテリジェンスな雰囲気を纏った魔法使いの女性と、蓮の二倍はあろうかという巨大な戦斧を軽々と担いだ少女が控えている。


「はい、お嬢様! スキルこそ【炊事】【洗濯】なんてゴミですが、この顔立ちは間違いなく『一級品』です。教育次第で、最高の玩具になりますよ」 奴隷商人が、揉み手をしながら擦り寄る。


「……いいわ。言い値で買い取るわよ。私たちのパーティには、ちょうど『雑用係』が必要だったから」


蓮は、一瞬だけ安堵の息を吐いた。 (あの、変態貴族じゃない……。女性たちなら、せめて……まともに扱ってくれるかもしれない……)


だが、その淡い希望は、エルザが懐から取り出した「黒い首輪」を見た瞬間に凍りついた。 それは、魔法銀で作られた、逃れることのできない『絶対隷属』の証。


「跪きなさい、蓮。今日からお前の魂は、私たちのものよ」


エルザの手が蓮の首筋に触れた。 熱い、あまりにも熱い魔力の奔流が首筋から脳へと逆流する。 蓮の意識の奥深くに、「主人への絶対服従」という、決して抗うことのできない楔が打ち込まれた。

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