1.光の洗礼と、神に見捨てられたステータス
初夏の午後の気だるい空気が、高校の教室に満ちていた。如月蓮は、窓際の後ろから二番目という、アニメの主人公にでもなったかのような特等席で、ひたすらノートの隅に落書きをしていた。 しかし、彼が抱えている悩みは、ヒーローとは程遠い。
(……また、女子に間違えられた)
今朝、購買でパンを買おうとした際、見知らぬ上級生から「可愛いね、どこのクラスの女の子?」と声をかけられたのだ。蓮は身長160センチに満たず、骨格も細い。何より、大きな瞳と薄い唇を持つその顔立ちは、本人の意図に反して「可憐」という言葉が似合いすぎていた。 「男らしくなりたい」 その願いは、筋トレをしてもプロテインを飲んでも、一向に報われる気配がなかった。
その時だった。
「な、なんだこれ!? 床が光ってるぞ!」
クラスのムードメーカーである男子の叫び声で、蓮は顔を上げた。 教室の床一面に、幾何学的で複雑な、どす黒い赤色を放つ魔法陣が展開されていた。逃げようにも、体は金縛りにあったように動かない。光はみるみるうちに輝きを増し、教室の風景を、そしてクラスメイトたちの姿を、白い濁流の中に飲み込んでいった。
「うわああああ!」 「助けて!」
悲鳴はすぐに消失した。 次に蓮が感じたのは、ひやりとした冷たい空気と、鼻をつく古めかしい石造りの建物の匂いだった。
「おお……! ついに、ついに成功したぞ! 異世界の勇者たちよ!」
重厚な天蓋がそびえる玉座の間。そこには、豪華絢爛な衣装を纏った王と、杖を手にした魔術師たちが跪いていた。 混乱する生徒たちに、王は告げる。この国が魔王の軍勢に脅かされていること。そして、召喚された者たちには必ず強力な「天職」と「スキル」が備わっていることを。
一人ずつ、魔道具による鑑定が始まった。
「おおっ! 佐藤殿は『聖騎士』! スキルは【神聖剣】だ!」 「鈴木殿は『大賢者』! 全属性魔法適性、素晴らしい!」
次々と読み上げられる輝かしい肩書き。クラスメイトたちは、自分たちが特別な存在になったことに陶酔し、先ほどまでの恐怖を忘れて歓喜に沸いていた。 そして、最後に蓮の番が回ってきた。
「……ん? これは……」
鑑定士の老人が、眉をひそめた。水晶に浮かび上がった文字を二度見し、困惑したような、あるいは蔑むような声を出す。
「如月蓮。天職……『奉公人』。スキルは【炊事】【洗濯】、そして……【戦闘補助プラス】……以上です」
一瞬の静寂の後、王の間は爆笑に包まれた。 「炊事って、おい! 飯炊き女かよ!」 「戦闘補助って言っても『プラス』だろ? せいぜい後ろで応援するくらいしかできないんじゃないか?」 さっきまで怯えていたはずのクラスメイトたちが、自分たちの優越感を確認するために、蓮を嘲笑の標的にした。
王の目が、氷のように冷たく細められた。 「……期待外れだ。小柄で弱々しいとは思っていたが、戦えぬ男など我が国には一粒の米の価値もない。勇者たちの士気を下げる不純物は、排除せねばな」
「え、あ……あの、王様?」
蓮が声を出す間もなく、屈強な兵士たちが彼の両脇を固めた。 「待ってください! 僕だって、何かできることが……!」 「黙れ、無能が。お前には、無能なりに国へ貢献する道を用意してやる」
蓮の腕は乱暴に捻り上げられ、引きずられるようにして豪華な謁見の間から連れ出された。背後から聞こえる勇者たちの笑い声が、何よりも鋭く彼の心を切り裂いた。




