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これはたしなみの範疇です!  作者: ptw
第ニ章

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SIDE: ワナン3


そこから2年ほど、グレンはジョイスのもとへ通い、二人で遊んだり、時には学んだりと、なかなか楽しそうに過ごしていた。



「おいグレン。お前はなぜ毎日来ない?1人の日は退屈すぎてつまらないから、毎日来いよ」


「ええ?なんでって、ぼくにも習いごととかありますし」


「そんなもの、ここで一緒に受ければ良いじゃないか」


「でんか、そう言って、ぼくにすぐ、じまん話をはじめるでしょ。ぼくはまだ4さいなので、知らないことがあるのはあたりまえなの!じゅぎょうは、べつべつがいいんです。おちついておべんきょうできますから!」


「何でそんな、勉強なんかするんだよ」


「だって、ぼくはえらくなりたいので。国でいちばんえらいのがへいかで、つぎがそっきんなんだって」


「側近?宰相じゃなくて?」


「父上はそっきんがえらいって言ってました」


「ふぅん…。まぁ、お前が側近なら、遊べそうだし、別にいいか」


「へいかって、そっきんとあそんでるんですか?でんか、見たことあります?」


「お前のことは、意外と撒くのに苦労しそうだな」









そして、ジョイスが6つになる年の春。

用意した誕生日プレゼントを渡せることはなかった。


グレンはジョイスに会いたがったが、王宮に入ることは叶わなかった。


(アレク、何かあったのか?)


ワナンの心配をよそに、それから、手紙には何の返事ももらえなくなった。






それから3年の月日が流れた。


聞こえてくる噂では、何でも、ジョイス皇太子殿下は素晴らしい剣の使い手になっているとかで、わずか9歳で、騎士団総団長とも互角か、それ以上に渡り合うという。


アレクは…アレキサンド陛下は、ますます貴族派を増長させていて、奴らにとって、今はまさに我が春、といった様子だった。


ワナンはその間も、思いつくことを片端から試していた。


まず、市中に出回らされた中毒性の高いアルコールの製造元を叩き、中毒に苦しむ人々に向けた魔術具を作ったり、光の魔術の使い手を呼び寄せて回復を助けた。

それから、平民が奴隷のように酷使されるのを防ぐために、平民の労働法制定を度々議会に掛け合ってきたが、今回は前回とは違い、数十名の貴族を味方につけて法案成立を目指した。


しかし結果は、充分とは言えなかった。


アルコールの製造元は、すぐに名前と場所を変え、また密かに製造を始めた。

そして法案は、反対票により、またしても成立しなかった。


(奴らは徒党を組んで、何重にも工作している。末端の製造現場を押さえたところで、何の痛痒(つうよう)も感じていない)


ワナンは無力感に(さいな)まれていた。


そんな時間が過ぎ、ジョイスが10歳、グレンが8歳の頃から、また二人は交流を始めたようだった。


息子たちが何を思って再会したのかは知らないが、少なくとも、グレンはジョイスを慕っていた。

その姿に、ワナンはかつての自分の姿を重ねた。



(どうにもならないことばかりだが、せめて、二人の友情が続くと良い)



ワナンは、アレクの呟きを思い出して、胸が痛んだ。



『願わくば、この時間を永遠に過ごしたいな』



アレクのあの言葉は、幸せな時間が長くは続かないことを予見しているようだった。


(アレクは一体、何を恐れていたのだろう)



可愛い息子に恵まれ、その息子も今では立派に成長し、戦の神として称えられている。


(……貴族派が、アレクを苦しめているのか)



ワナンは、アレクに、友に幸せに生きてほしい気持ちはずっと変わらなかった。

きっとそれはこの先も変わることはないだろう。


そんなワナンにとっては、貴族派の連中の悪事は、許しがたいものだった。






それからさらに1年後。

事態は大きく動き出す。


マクレーガン侯爵が、平民街を含む王都全域の下水道整備に乗り出したのだ。



(これは「機が熟す」時なのではないか?)



侯爵のことを調べ、当然だが、彼が貴族派には(くみ)していないことはすぐに分かった。


彼は下級貴族たちをまとめ始めると、中位・上位貴族たちへの折衝と、同時に下水道整備に関する法案の策定に乗り出した。


ワナンは侯爵が下級貴族をまとめ上げた段階で、たまらず彼に接触した。

先触れは出したものの、ほぼ突然の侯爵邸への訪問だった。



「お初にお目にかかります、マクレーガン侯爵。私はもうずっと貴族派に侵されたこの国の政治に憂いてきた。……貴方の行おうとしていることに、協力させてはもらえないだろうか?」


侯爵は、紳士的な笑みを浮かべ、握手を求めてきた。

彼はワナンの手を力強く握りしめてこう言った。


「オルドリッジ公爵とは、いずれお会いしたいと思っておりました。貴方は何年も…いや、もう十数年も、孤軍奮闘なさっておいでだ。私の成すことには、貴方の協力が欠かせません。どうか、私をお助けください」


マクレーガン侯は、すでに調べつくしたワナンの素性や経歴を踏まえ、ワナンの過去の行いに対して敬意を払ってくれた。

ワナンの一番無様な過去を、まるで深く理解し、尊重するかのようなその言動と態度に、初対面にも関わらず、この男に感服する思いを抱いた。


(彼なら、この一大事業を成し遂げられる)


ワナンは、会った瞬間に、彼ならできると信じられた。


そして、その後のマクレーガン侯の躍進は、すでに王都中、いや、帝国中が知るところであり、もはや語るまでもない。




マクレーガン侯の下水道整備事業は一大国家事業となり、大成功を収めた。

そして、彼の成功により、それ以降貴族派は苦汁を嘗めることとなる。


政治的に最も権力を握る宰相の地位と、魔術長官の地位から、奴らが身を引いたのだ。



(やった!ようやく、アレクは貴族派から解放された!)



ワナンは、喜びに震えた。



(今もし隣にアレクが居たら、肩を抱き合って喜べただろうに!)



貴族派は政治の表舞台から鳴りを潜め、マクレーガン派の快進撃が続いた。

ワナンは、もう大丈夫だと、そう思った。


……でも、当事者のアレクには、変わった様子もなく、淡々としているように見えた。














ワナンは、その日は久しぶりに、学園で自分の研究に時間を割いていた。


この数週間で、王都の様子が変わったことに誰もが気づいていたが、ワナンは、それに対してアレクが騎士団ではなく近衛騎士たちを使って対応していることに不安を感じていた。


(近衛には元貴族派も多い。嫌な予感がする。今王都には、マクレーガン侯も殿下も不在だ。奴らなら、この機に何かを仕掛けてきても不思議ではない)



ワナンは全く集中できず、実験の手を止めて、平民街へ向かうことにした。




実験室を出てすぐ、すでに上空にいくつもの煙が上がっているのが見えた。


(何だ?何が起こっている?)



ワナンは足早に馬車に乗り込み、平民街へと向かった。


平民街に近付くと、平民街と貴族街の間にある壁に多くの平民がよじ登り、貴族街へと入ろうとする姿が見えた。


ワナンは馬車を出て、平民たちを押し留めようとしている騎士たちの方へ駆け寄った。


騎士たちは平民に、大声で壁から離れるように警告しているが、平民たちは皆混乱し、誰もが何かから逃げるために壁を越えようとしていた。


「助けて!黒い煙が来る!あれのせいで、父ちゃんがおかしくなったんだ」


「街が燃えてる!俺たちに焼け死ねと言うのか!?」



ワナンはその言葉を聞き、水の魔術を行使した。


「水の神チャウチルトリクエに告ぐ。恵みの雨を」



ワナンを中心に上空に水蒸気が集まり、混乱する群衆に雨を降らせた。


ワナンは階段をのぼって壁の上に上がり、群衆に話しかけた。


「皆落ち着け!騎士たちが街を回っている。すぐに安全は確保されるだろう。私は火を消しに行く。誰か場所を案内してくれ!ひどい現場から順に向かおう」


ワナンの声と突然の雨に、群衆達は驚き、その場で無理に押し合うことは止めたようだ。



「ワナン・オルドリッジ様だ!あの方は旦那が酒を飲んで死にかけていたのを助けてくださったお方だよ」


「平民のために、光の魔術の使い手を集めてくださったことがある」


「昔、奥様と街をきれいにしてくださっていたのを、私はよく覚えているわ」


市民たちはワナンのことを口々に褒めた。

ワナンの言葉は信じられると、市民たちは納得し、徐々に冷静さを取り戻した。


ワナンは市民たちが少し落ち着いたのを感じ、何が起こったのかを近くの騎士に確認した。


「一体なぜ市民がこんなことに?」


「平民街で黒い煙が複数発生し、錯乱して周囲の人々を傷つけて暴れ回る者が出ました。直後、そこかしこから火の手が上がり、市民たちが混乱して逃げてきたようです」


「黒い煙……」


ワナンは眉間にシワを寄せて騎士の話を聞いた。


すると、1羽の小鳥が飛んできて、ワナンの手に舞い降り、手紙に姿を変えた。


ワナンが手紙を開いた。



「ワナン先生、メイシー・マクレーガンです。

私も今からそちらに向かいます。

具合の悪い方や、闇の魔術に当てられて、様子がおかしな方がいたら、壁の方へ集めてくださいませ。

後ほど私が光の魔術を行使します。


ドメル先生と騎士の皆様との調査で、この騒動には貴族派が関わっている可能性が高いと分かりました。

先生も十分にご注意ください。



メイシー・マクレーガン」




ワナンは手紙を読み、なぜメイシーがワナンの行動を知っているのか不思議に思ったが、ひとまずメイシーの手紙のとおり、群衆に向かって話しかけた。



「具合の悪い者や、(はた)からみて様子がおかしな者がいたら、壁の近くに寄るように!これから光の魔術の使い手がここへ来る。ほんのしばしの辛抱だ!」


ワナンのその言葉に、市民たちは安堵の表情になった。


(貴族街へ許可なく平民が押し入れば、たとえ緊急事態だからと言えど、あとで必ず平民を罰せようとする貴族が出る。できるなら平民街の中に留まらせて、何とか最悪の事態を回避したい)


ワナンの指示が伝わり、市民たちの間では、人々が互いに気遣う様子が見え始めた。



「ここに途中で転んだ婆さんが居る!前へ行かせてくれ!」


「人だかりのせいで、立ち眩みを起こしたようだ。この人も前へ行かせてやってほしい」


「この人がだいぶ前から苦しそうにしてる。誰か担いでやっておくれ!」


市民たちは混乱の中ではあるものの、周囲を見渡す冷静さを取り戻し、壁近くにつめかけた人々は、徐々に押し合いをやめ、後ろに下がって距離を取り始めた。



すると、馬車が貴族街側の壁の近くで停車し、中からメイシーやドメル、中央警ら署長が出てきて、ワナンのもとへと近づいてきた。



「お待たせいたしました、ワナン先生。すぐに魔術を行使します」


「マクレーガン侯爵令嬢」


やって来たメイシーは、壁の上に続く階段を駆け上がり、壁の上で手を組み、目を閉じて光の魔術を行使した。



「市民の皆様へ癒やしを。闇の魔術の気配を退けよ」


その詠唱とともに、メイシーから光の魔術の柱がゴウッと立ち上った。

ずいぶん遠くにいる市民たちにさえ、キラキラとまばゆい光が降り注ぎ、しばらくの間、あたり一面が暖かい春の日差しのような光で満ち溢れた。


市民たちは、降り注ぐ光の粒の洪水に呆然として目を見開き、それぞれが体の疲れや心の苛立ちがスッと消えていくのを感じた。

そして一様に、信じられないものを見たような表情でメイシーを見つめ、中には手を合わせて拝み始める者も居た。

署長や騎士たちは胸に手を当てて敬礼のポーズを取った。



ワナンはその様子に、不思議と安堵した。


(……この娘が、ジョイスの選んだ娘なのだな)



今はジョイスが王都に居ない。

マクレーガン候も、すぐには戻れない。

アレクは再び敵に囲まれて、何やら事態は悪い方向へ進もうとしている。




……でも、この娘が居る。



(なぜだかこの娘の存在は、希望の光のように思える)


ワナンがぼんやりとそんな事を考えていると、メイシーがゆっくりと顔を上げ、挑むような瞳をまっすぐに群衆へ向けた。



「……さあ、それでは、皆様をこのような目に遭わせた真犯人を捕まえに行きましょう!」



メイシーのその声に、群衆たちがドッ!と沸き上がり、この場が歓喜と歓声に包まれた。


メイシーは歓声の中、ワナンの方に振り返って、ニコリと微笑んでこう言った。



「ワナン先生。市民の皆様へお声がけいただき、ありがとうございました。貴族街に貴族は大勢いるはずですが、ワナン先生だけがここへいらして下さりました。ワナン先生の気持ちが、市民の皆様に通じたのですね」


「私は大したことなどしていないよ。ただここから声をかけただけだ。……私は、まだ何も成すべきことを成せていない」



ワナンが苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、メイシーはきょとんとして、ワナンの顔をじっと見つめた。



「ワナン先生が成すべきこととは何ですか?先生は、もう十分戦っていらっしゃいます」



ワナンは、メイシーのその言葉にハッとした。



「先生のおかげで、ここにいる皆さんは救われましたよ」


メイシーが指さした方には、こちらに手を振り、和らいだ表情を見せる市民たちの姿があった。

どの者も、最初に感じたような不安や焦燥や恐怖から解放され、穏やかさと冷静さ、そして自分自身を取り戻したような、気概を感じる表情になっていた。

ワナンが市民を見回し、ホッとすると、メイシーはキリリと勇ましく微笑み、口を開いた。



「さて。私、ハイド先生をお助けせねばなりませんので、行きますね」


「マージーを?彼に何かあったのか?」


「この騒動を起こした罪を着せられて、近衛に連行されてしまったのです」


メイシーが眉間にシワを寄せてそう告げた。

ワナンは驚いた。



「マージーがこの騒動を起こしただと?まさか、闇の魔術のせいでマージーが疑われたのか……?」


ワナンはメイシーに向き直ると、瞳に力を込めてこう言った。



「マージーを貶めた犯人を捕まえよう。あいつがこんなことをするはずがない。それに、なんの罪もない市民に、このような仕打ちをした者を、逃がしてはいけない」


「ワナン。我々は王宮へ行く。貴殿は水の魔術が使えるから、市中で騎士たちの火消しを手伝ってくれるだろうか?」


ドメルが、階段の下からワナンに話しかけた。


「わかった。皆で手分けして対応しよう」


ワナンはそう言って、足早に階段を降り、メイシーもその後に続いた。

メイシーは、小鳥を一羽顕現させ、ワナンの肩に止まらせた。



「ワナン先生、それは風の魔術の小鳥です。私が市中の至る所に配置し、こうして様子を伺っておりました」



メイシーは、小さなガラス板を取り出し、風の魔術でパッと映像を映した。



「な!なんだこれは…?」


「これはテレビというものです。ワナン先生の肩の映像も、こうして見られるようにしましたので、市中で何か見つけたら、小鳥に映すようにしてください」


ワナンは、テレビにずいぶん驚いたが、映像が次々と切り替わり、火災で苦しむ人々が映ると、ハッとした表情になり、顔を上げた。



「メイシー嬢、ドメル。私はとにかく火を消しに行こう」


「頼んだ、ワナン。こちらはマージーだ。あの闇の魔術具がまだ市中にあるとすると、いつまた錯乱が起こるか……。

闇の魔術具を探すには適性のある者が必要だが、王族かマージーしか私には心当たりなどない。

錯乱する者を正気にするには、魔術具を探し出さねばならない。それは、マージーにしかできないんだ」



ドメル先生とワナン先生、メイシーは、目を合わせて頷き、それぞれのすべきことを確認した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ワナン先生、成すべきことを成せていない、と言いますがかつて自らが行った振舞いが市民の信頼を得ていて、先生が言う事なら、と落ち着いて聞いているのが先生がこれまでに成してきたことの結果なので、…
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