SIDE: ワナン1
ワナン・オルドリッジは、公爵家の長男として生まれた。
父親が前国王の弟という身分だということもあり、幼い頃は現陛下……アレキサンドと共に過ごすことも少なくなかった。
「ワナンにぃ、まって〜」
「なんだよアレク」
幼い2人が離宮の庭で駆け回って遊ぶ姿は、まるで仔犬がじゃれ合っているようだった。
ワナンは弟分のアレクが、ワナンの真似をしてついてくるのが面白かったし、王宮に自分の遊び場ができたようで嬉しかった。
しかしそんな楽しい時間も束の間、ワナンはパタリと王宮へ呼ばれることがなくなった。
時は過ぎ、ワナン9歳、アレキサンドが8歳の頃。
久しぶりに王宮へ招かれ、再会した友の表情は、知っていたはずのそれとは違ってしまっていた。
(こんなに冷たい瞳をしていたか?)
「久しぶりだな、アレク。皇太子は、どうなんだ?何か辛いことがあるのか?」
アレクのことは、よちよち歩きの頃から知っている。
こいつがこんなに冷たい瞳で、何か諦めたような、悲しんでいるような、そんなふうに見えたことはこれまでになかったので、ワナンは心配になって聞いてみた。
ここ数年間パタリと連絡が途絶えていたが、それでもワナンは再三面会の申し入れをしていて、なぜだか今日、突然、なんの前触れもなく目通りがかなったのだ。
友と会える日を待ちわびていたワナンにとっては、それはとても嬉しい知らせだった。
王宮に上がり、数年ぶりに青の離宮へと足を踏み入れると、想像していたのとは違う再会になった。
「ワナン。きみの属性は何だったか?」
冷たい瞳のアレクは、ワナンが心配して聞いた問いに対し、開口一番にそう言ったのだ。
「なんだよ?人がせっかく心配してるのに。……火、水、土、風。4つだ。光と闇は使えない」
「……そうか」
アレクは何とも読めない表情で、相変わらずワナンと目も合わさずにどこかを見つめていた。
「叔父上は、全属性ではなかったか?」
「親父か?ああ。俺は親父と同じ属性だ。王族は全属性とか言うが、親父は出来が悪かったんじゃないか?ま、公爵に臣籍降下したんだし、もう関係ない話だ」
ワナンはつまらなそうにアレクの問いに答えた。
(久しぶりに会えたのに、全然嬉しそうにしない。なんだよ、アレク…)
前は、二人で飽きるまでボール蹴りをしたり、木登りや川遊びや、離宮中を走り回って遊ぶことなど日常茶飯だったのだ。
会えたら、きっと数年の隔たりなどすぐ埋まると思っていたワナンは、アレクの変化についていけず、それどころか少々怒りすら感じ始めていた。
(一人だけ大人ぶってるのか)
「お前、変わったな。会わなかった間、どうしてたんだ?」
そう言うと、アレクは冷たいエメラルドグリーンの瞳をワナンに向けた。
「……先程、皇太子は辛いのかと聞いたな」
アレクの表情は無表情のままだったが、ワナンは、一瞬、彼の瞳が何かの感情に揺れたような気がした。
「私は、王となる適性を得てしまった」
「? もとからあるだろう。お前は陛下の一人息子じゃないか」
アレクはそれ以上答えなかった。
ワナンは、また遠くに視線をやったアレクに、違う話題を振ってみた。
「そういえば、森でウロボロスの抜け殻が見つかったらしいな」
近頃王都は、この話題で持ちきりだ。
通常は各地に散って魔獣討伐にあたる騎士たちが、今は北西の森に集められているそうだ。
スタンピードが予想される地域では、住民たちは避難を開始し、騎士たちの装備や天幕、回復要員の光の魔術の使い手の招集など、準備が始まっていた。
「……私はまだ幼いので、このスタンピードには陛下が出向くことになるようだ」
「そりゃあ、そうだろうな。今回は陛下を信じて待てばいいさ」
帝国民は魔獣討伐に関して、高い魔力と全属性を有する王族の力に頼っていた。
スタンピードが起これば、数ヶ月から数年は、森から湧く魔獣を退治しなければならない。
低位や中位の魔獣だけなら騎士でも対応できるが、立て続けに湧く高位の魔獣退治には、強い力を持つ王族の力が欠かせないのだ。
「国とは一体何なんだろう」
アレクが呟いた。
「そうまでして守らねばならないものなのか?」
そう言ったアレクの表情は、どこか痛々しいものだった。
ワナンはアレクの言葉を聞き、幼いながらもアレクにのしかかる、王としての責務の大きさを感じ、やがて家臣になる身として、アレクを支えてやれたらな、と思った。
「……俺は難しいことは分からないが、お前が何かに苦しんでいるのは分かる。助けが必要なら、いつでも言ってくれ。友達だろ」
ワナンのその言葉に、アレクは少し目を見開き、自嘲気味に笑った。
「きみは、ぜひ遠くから私を見守っていてくれ」
そう言って、アレクは公務のためと、その場をあとにしたのだった。
スタンピードの終息までには1年と3ヶ月の時間を要した。
陛下は…アレクの父親は、戦いの最中に、高位の魔獣に囲まれ、還らぬ人となってしまった。
あの日の短い邂逅のあと、次にアレクの顔を見たのは陛下の葬儀だった。
教会の大聖堂で行われた葬儀では、アレクは、まっすぐに背筋を伸ばしていた。
そしてアレクは、1ヶ月の喪が明けたその日に戴冠式を挙げ、わずか10歳でゼメルギアス帝国の皇帝となったのだった。
アレクの様子は、人づてにしか聞こえなかった。
幼いがゆえに、周りの大人に良いように利用されている、という趣旨の話をよく耳にした。
(なぜ、誰もアレクを助けない?アレクには正しい大人の手が必要だ)
ワナンは噂を耳にするたび、父に抗議したのだが、父は、父の立場で正しい主張をし続けることは、逆にアレクの立場を追い込むことになるのだと言って、積極的に関わろうとせず、何の伝手も力もないワナンには、アレクを助けることはできなかった。
王宮での話を聞いていると、どうやらアレクは貴族派の人間に強く出られないでいるようだった。
貴族派は多くの金鉱や資源を持っていたため、他の多くの貴族が金欲しさに彼らに従っていた。
貴族派はそれでは飽き足らず、自分たちの特権階級を利用して、金になる違法行為にいくつも手を出していた。
下級貴族や平民に、中毒性の高いアルコールや薬物をばら撒いて、その売上を吸い上げたり、奴隷のように平民を酷使し、地方の鉱山の産出量や穀物の取れ高を過少申告して税をちょろまかしたり。
(俺にできることはないのか?)
ワナンは、貴族派の動向を探っては、騎士に通報したり、情報を流したりしていたが、貴族派の連中は、自分たちの名前をうまく伏せ、証拠を隠し、どの犯罪でも絶対に尻尾をつかませなかった。
(アレクは、こんなことを許す人間じゃない。なぜ奴らを増長させるんだ)
ワナンは、何度も面会を申し込んでいたが、一度も受理されないことに憤り、とうとう王宮の謁見の間に乗り込むことにした。
騎士たちの制止を退け、ワナンは、謁見の間にいるアレキサンド陛下の御前へとやって来た。
アレクは謁見の間の中央、背もたれの長い、金と赤の立派な玉座に座っていた。
側にはグリュイエール宰相やマヴァン魔術長官、その他貴族派の面々が侍っている。
「アレキサンド陛下におかれましては、ご健勝のこと、お慶び申し上げます。再三お目通りの依頼を出しておりますが、お返事を頂けぬようでしたので、私のほうから参じました。恐れ入りますが、少々、陛下とお二人でお話ができませんか」
ワナンはそう言って、じろりとアレクの周囲の狸ジジイ達を睨み、アレクを見た。
グリュイエールが、口元の金歯をギラリと光らせながら、大きな声で笑い声をあげた。
「はっはっは!これはこれは、オルドリッジ公爵令息。これまでは気軽にお友達として交流なさっていたのだろうが、今こちらに御座すのは、帝国皇帝陛下です。陛下には、こなさねばならないご公務が山とございます故、子供への対応は出来ないのですよ」
グリュイエールの嫌味たらしい言葉に、周囲の狸達もクツクツと笑いだし、ワナンは彼らの態度に腹が立った。
「宰相。他の者も、皆少し席を外せ」
アレクの一声に、狸達は、渋々退席していく。
部屋に二人きりになったところで、アレクが口を開いた。
「何の用だ?」
ワナンは、アレクに向かって切り出した。
「なぜあんな奴らをのさばらせる?お前なら、あのような者共は一掃して、もっと違う政治を行えるだろう?」
アレクは、ワナンの言葉にため息をついた。
「そのようなことを言うために、ここまで来たのか?」
アレクは呆れたような、面倒だと言うような様子でワナンを見据えた。
「仮に、あの者共を排除したとして、どうなるのだ?」
アレクは淡々とワナンに言って聞かせた。
「王宮では今、貴族派が幅を利かせている。そんな状況で奴らを排除しても、また新しい貴族派の者が代わりに座るだけだ」
「………」
「私は今、機が熟すのを待っている。それは対立候補となる者が私の目の前に出てくるときだ」
「……いつになるんだ、それは」
「さぁ。帝国民のやる気次第だろう」
「えっ?いや、もっとお前がけしかけるとか、対立候補を育てるとか、そういう対応はいらないのか?」
「知らん。やりたければ、きみがやれ」
「……!?」
「私は10歳のお飾りの皇帝だ。正直、グリュイエール達は、勝手に色々と済ませてくれるのでラクなのだ」
アレクの発言に、ワナンは落胆した。
「お前は、それでいいのか?本当に、それが正しいと思うのか?」
ワナンの問いかけに、アレクは無表情にワナンを見つめると、呟いた。
「幼い日の私は死んだ。何某かの希望を抱くのは、今の私には苦痛でしかない」
そう言って、眉間にシワを寄せたあと、さらにアレクはこう言った。
「何が正しいか悪いのかは、時と共にはっきりする。…きみは遠くから、私の帝位が正しいのかそうでないのか、見ていると良い。もうここには来るな」
アレクははっきりと、ワナンに拒否の言葉を告げた。
ワナンはアレクの言葉が全く理解できず、自分の接していた頃のアレクの姿と今のアレクを重ねて、無性に悔しくなって叫んだ。
「俺は!お前を友達だと思ってる!なぜお前は俺を拒否するんだ!」
ワナンはぐっと奥歯を噛んだ。
「………お前の父親が亡くなって、辛いのは分かる。分かるから、お前の辛さを分かち合いたいと思ったんだ。
今お前の周りにいる奴らは、お前の気持ちを本当の意味で理解して、手を取り合える仲間なのか?俺なら、お前にそんな顔はさせない。俺がもう少し年長なら、宰相だろうが魔術長官だろうが、何かになって、お前をそこに1人にはしなかった。
……悪かった、アレク」
するとアレクは眉間のシワを深くして、冷たいエメラルドグリーンの瞳に炎をたたえて、ワナンを睨みつけた。
「それは何の謝罪だ?心底不愉快だ。何を勘違いしているのか知らないが、思い上がりはそれまでにしてもらおう。きみがどう思おうが、私はすでに現状を受け入れている。きみの理想を勝手に押し付けられても困るだけだ」
アレクの言葉に、ワナンはそれ以上何も言えず、悔しい表情のまま、謁見の間をあとにしたのだった。




