たしなみ2-25
その日、いつものように実験室に籠もってビデオカメラと格闘していたメイシーのもとに、手紙の魔術がやってくる気配がした。
手を伸ばして小鳥を乗せると、手元にはコロンと、自分が作った魔術具が転がった。
(あれ?これ、ユユメール先生にお渡しした物よね?)
手紙はなく、この魔術具だけだったので、不思議に思ったメイシーは、すぐに中身の魔力をガラス板に広げて見てみることにした。
煙状の風の魔術が、ガラス板にみるみるうちに広がり、映像が映し出された。
「あはは!なぁに、コレ!」
最初はユユメール先生の笑顔がアップで映った。
そしてすぐ、猫の視点から、蝶を追いかけたり、草むらを歩いたり、街の家々の細い隙間をくぐったりする様子が映し出された。
しばらくして猫は、ひらけた場所にやって来た。
(……お墓?)
猫は、様々な形の石像や石碑のようなものが、たくさん並んでいる場所にやって来た。
(……あ!あれは……)
テレビに写った、あの濃い紫のローブには見覚えがあった。
ハイド先生は、お墓の前でじっと腰を下ろしていたが、猫に気がつくと、手を伸ばした。
そして、猫の首元の魔術具に気がついたようで、猫から魔術具を外し、自分の手の中に収めた。
(先生に見つかっちゃったのね)
メイシーは一人、クスクスと笑った。
続けて映像を見ていると、先生はどうやら、王都を散歩しているようで、カメラを手に持って撮影してくれているようだった。
(平民街を歩いておられたのね。それにしても、なんだか街の様子がおかしいわ……)
ドメル先生が、王都の治安が悪化していると話していたことが、こうして映像として見ることで、まざまざと感じられた。
街は人通りが少なく、屋台などの露店は全くやっていない。
店舗のほうも、ほとんどが店を閉じて、住民皆がじっと息を潜めているようだった。
ハイド先生は、途中で何度も立ち止まり、何かを探している様子を見せた。
(何を探しているのかしら?……あら?)
すると、ハイド先生が、地面を掘り返してランプのような何かを土から取り出した。
(魔術具?)
メイシーが、ハイド先生の手の中の映像をじっと見ていると、カメラが方向を変え、先生に近づく白いマントの騎士が見えた。
騎士が怖い顔でカメラの方に向かって、何かを話している。
すると、見る間に先生が騎士たちに取り囲まれ、何か口論になっている様子が伺えた。
直後、メイシーの魔術具は上空に投げられ、手紙の魔術の化身に連れられて、メイシーの所までたどり着き、映像は終わった。
(ハイド先生に何かあったのだわ)
メイシーは、急いでドメル先生のもとに駆けていった。
先生は、幸いなことに4階の自身の実験室に居たため、メイシーは先生に事情を話し、先生を連れて、ガラス板のある自分の実験室へ戻った。
「マージーが騎士に連れて行かれるなど、何があったんだ?」
「私にも分からないのです。白いマントを纏った騎士たちが、大勢でハイド先生を取り囲んでいました」
メイシーの言葉に、ドメル先生は息を呑んだ。
「白いマント……。それは陛下の直属の騎士だ」
「陛下の?」
「殿下が外遊中、魔獣への対策として、常よりも多くの騎士が各地へ散った。そのため王都の守りが心許ないと、タイラー他、手練れを配置していくよう殿下は奏上してくださったのだ。しかし、陛下はタイラーを北の森に遣わせ、ご自身の近衛騎士団を多めに王都の警らに充てるとお決めになった。
……殿下が隣国へ出立された直後にな」
ドメル先生は、険しい表情でテレビを見つめている。メイシーは、殿下が言っていた言葉を思い出した。
『あまり、あの人を信用するな』
(……ハイド先生が近衛騎士団に捕まったのは、もしかして、陛下のせい?)
『息子をよろしく頼む』と、そう言っていた陛下の表情は、メイシーからすると、殿下の幸せを願う父親の顔だったと思う。
(陛下の考えが、分からない……)
メイシーが不安な気持ちで考え込んでいると、ドメル先生が声を上げた。
「今の、マージーが写したあのガラクタのようなものは何だ?」
「お待ちください、もう一度再生しましょう」
メイシーは風の魔術の動きを止め、ゆっくりとその場面が巻き戻るようにイメージした。
「これだ」
ドメル先生が言った場面で、メイシーは風の魔術を止めた。
「場面を止めて見られるのは便利だな」
「これがビデオの特徴の一つです。巻き戻し、停止、早送り。……これは何なのでしょうか?魔術具でしょうか」
「ああ。……私には闇の魔術具に見える」
ドメル先生は、じっとその魔術具を見て、何か思い当たることがあったのか、口髭に手を当てて、眉間にシワを寄せた。
「今王都で、原因不明の乱闘騒ぎが起きていることは話したな?近衛は、この魔術具がそれを引き起こした原因かもしれないと踏んだのだろう。だからマージーを犯人だとして連行したのだ」
「まさか!ハイド先生がそんなことをするはずはありません!」
「……しかし、騎士の目の前で掘り起こした、あの魔術具のせいで、マージーの身が危ういのは確かだ」
「あれはハイド先生の物ではないです!偶然見つけたところをカメラに映したのですから!だからきっと私に、こうしてカメラを飛ばしてきたのです!」
メイシーが声を上げたが、ドメル先生は、難しい顔をして考え込んだ。
「運が悪かった。近衛に連行された場合は近衛が身柄を拘束し、尋問する。無実と分かるまではそのままだ。……たとえ総団長のタイラーでも、近衛が良いと言わぬ限り、被疑者を引き渡してもらうことはできない」
「そんな……!」
メイシーは落胆した。
(ハイド先生がカメラを私に送ったのは、SOSよね?私なら、きっと何とかできると思って、頼ってくれたのよね?)
「……ドメル先生、私、ハイド先生をお助けせねばなりません。ハイド先生が、こうして私に助けを求めたのですから」
メイシーは、顔を上げ、真っ直ぐにドメル先生を見た。
「何を考えている?」
「私が真犯人を捕まえます。ドメル先生、お力をお貸しください!」
メイシーの提案に、ドメル先生は、難しい顔のまま、しばらくじっとメイシーを見つめた。そして、小さく頷いた。
「……私にどこまでできるのかは分からんが、協力しよう。君の気持ちは理解できる。あの男が騒動を引き起こす理由など全く無いのだからな」
メイシーは、まず、あのハイド先生を貶めた魔術具を探すことを考えた。
(魔術具は土に埋められていたわ。他にもあるかも)
ただ、メイシーには、闇の魔術が使えない。
ハイド先生以外に使える人にも、出会ったことがない。
「先生、闇の魔術を使える人をご存知ですか?先生は、気配を探っておられました。闇の魔術を使える人なら、他に埋まっている魔術具を見つけられるかも」
メイシーの言葉に、ドメル先生は難しい顔をした。
「闇の魔術が使える人間は、本当に希少だ。私も王族やマージー以外には知らないな。それに、魔術具を見つけたとて、それで犯人が分かるものなのか?マージーが埋めたと言われるのが関の山では?」
メイシーは、ドメル先生の言葉に肩を落とした。
(たしかに……。ハイド先生の潔白を証明するには、どうしたらいいんだろう……)
メイシーは、ふと思いついたことを口にした。
「現行犯を捕まえれば、ハイド先生は釈放されるでしょうか?たとえば地面に魔術具を埋めているところを目撃するとか」
「可能性はあるが……。騒動を起こした連中を現行犯として捕まえようと、騎士たちが四六時中警らしているのに、君にどうやって捕まえられると?」
「警らに協力するのは、私の小鳥たちです」
そう言って、メイシーは、一気に数百羽の手紙の魔術の化身を出した。
突然現れた小鳥の群れは、パタパタと羽を羽ばたかせて窓から一斉に外へ出ていった。
「……君の魔力を有効に使えば、王都の警らも、こんなことになるのか」
ドメル先生は目を見開き、鳥たちが羽ばたいて遠のく姿を見つめた。
「私一人がこの映像を全て見るには、時間がかかりすぎます。ですので、すみませんが、王都を歩き慣れている騎士の方々に協力いただき、手分けして映像を確認できませんか?」
「分かった。では、騎士たちが見るために、ガラス板を多数用意せねばな」
「サイズが小さなものまで含めれば、ここにあるガラス板を使えば、かなりの量になると思います。ガラス工房にも、これから特急で追加発注を依頼します!」
「ガラス板を置いて、景色を確認するための場所は、騎士たちの詰め所を使おう」
「恐れ入ります、先生。あ、それから、先生にすでにお渡ししたガラス板、もう使われていますか?この数日の王都をもし撮影されているなら、私も拝見したいです!」
「すでに三日前から使っている。その板は、ちょうど王都の騎士の詰め所に置いているのだ。説明のついでだ。君も来るか?」
「はい!」
メイシーは、ノアが心配しないように、ドメル先生と騎士の詰め所に行くと指輪で伝えた。
そして、二人は、騎士団の詰め所へ向かうべく、馬車に乗り込んだ。
騎士団の詰め所は、王都に数ヶ所置かれている。中でも最大なのは、貴族街の中心に位置する、王都中央警ら署だ。中央署は、魔術学園からは馬車で西へ20分ほどの距離だ。
馬車が止まり、ドメル先生とメイシーは、中央署の建物の前に降り立った。
中央署はとても大きな建物で、付近の他の建物よりも随分立派に見える。
建物の周りには鉄でできた高い柵が張り巡らされ、大きな門の前には、騎士が見張り役として立っていた。
ドメル先生とメイシーが近づくと、騎士がハッとしたように、胸に手を当てて敬礼をした。
ドメル先生は右手を軽く挙げて挨拶し、メイシーも、後ろからペコリと頭を下げて挨拶をした。
建物の中には、騎士の姿はまばらで、今は王都中に出払っていることが伺えた。
ドメル先生は、建物内をまっすぐ進み、突き当りの部屋の扉を叩いた。
「ドメルだ。中央署長、いるか?」
ドメル先生の声に、部屋の中から扉が開いた。
「どうしました教授?なにか御用ですか?」
部屋の中から、眼鏡をかけ、髪をビシッとまとめた、知的な感じの軍服姿の男性が出てきた。
そして、ドメル先生からメイシーへと視線を移し、固まった。
メイシーは、目が合ったので、とりあえず自己紹介をした。
「お初にお目にかかります、中央署長様。マクレーガン侯爵家が長女、メイシー・マクレーガンと申します」
「……存じております、メイシー嬢」
「あら?どこかでお会いしましたか?」
「北東の森で、貴女に光の魔術を行使いただきました。あの時はありがとうございました。……お礼が言えてよかった」
そう言って、署長さんは、眩しいものでも見るような目で、メイシーを見つめた。
「そうでしたか!お役に立てたようで、何よりです。騎士の皆様のおかげで、魔獣討伐の際に帝国民が誰一人傷つかなかったこと、こちらこそ感謝申し上げます」
メイシーがニコリと微笑むと、署長さんはみるみるうちに顔を赤らめて、再び固まった。
「……ドメル先生、署長さんは、体調がよろしくないのでしょうか?」
「殿下からは、君を騎士たちの前に無闇に出さないようにと言われていたが、今は仕方ない。緊急事態だからな」
ドメル先生はそう言うと、署長さんの背をドンと押し、部屋の中へと入って行った。
メイシーも、先生の後について、部屋に入った。
「スタンリー。いつまでそうしているつもりだ」
「……教授。あの光の女神様がここに居られるなんて、そんなこと……これは夢ですか!?」
「職務中に何を寝ぼけたことを。
メイシー・マクレーガン。このような呆けた男だが、一応、この者もあの時の功労者の一人だ。君に傷を癒やされたあとも、沼地で最後まで戦い抜いたので、それなりに根性はある。タイラーが、殿下のご不在中、陛下の指示に反するスレスレで、一時的にここの署長に据えたのも、王都の防衛力強化のためだ」
「そうですか。それは頼もしいですね。よろしくお願いいたします、スタンリー署長」
「……!?い、いま、名を……?私の名を呼んでくださったでしょうか?」
「ちょっとお前は黙っていろ」
ドメル先生が、スタンリー署長を無視して、持ってきた四つの小さめのガラス板を机に置くと、メイシーに向き直って頷いた。
メイシーは、ドメル先生に頷き返すと、すぐに風の魔術を行使して、四つのテレビに、それぞれ違う場所に配置した小鳥の視点を映した。
「これは……」
スタンリー署長は、テレビに目が釘付けになった。
「すでに詰め所でも五台動かしてみているが、これはメイシー・マクレーガンが開発中のテレビという魔術具だ。今王都中に彼女の風の魔術の化身たちを配置して、そこからの景色をこのようにテレビに映している」
テレビには、王都を巡回中の騎士の姿も映り込んだ。
「スタンリー署長。今私が王都の様子を映しているのは、騎士の方々がお探しの、怪しい人物や魔術具を探すためです。全部で数百羽ほど小鳥を飛ばしておりまして、私一人では到底見きれないのです。
すみませんが、騎士の方々に、手分けして見ていただくことはできますでしょうか?巡回だけでは見つけにくいものも、何か分かるかもしれません」
「す、数百ですか…?」
スタンリー署長は、メイシーの発言に驚き、声をなくした。
「スタンリー。君の崇める光の女神が、こうしてお願いに来ているのだ。今外に出ている騎士たちを数人、詰め所に寄越してほしい。彼女の実験室にあるガラス板をこちらに運搬して、数百の景色を確認して、犯人に繋がる何かを見つけたい」
「承知いたしました、教授。すぐに警らにあたっている騎士たちを呼び寄せます」
そう言ってスタンリー署長は、指輪で何人かに連絡を取った。
(ドメル先生、いまどさくさに紛れて女神がどうとか言わなかった?)
メイシーが微妙な表情を浮かべる中、連絡を取り終えたスタンリー署長に、ドメル先生が話しかけた。
「スタンリー。前に私が持ち込んだガラス板だが、今見ることはできるか?」
「はい。上の階で、今騎士たちが景色を確認中です」
「では行こう」
ドメル先生は、メイシーに目で合図して、部屋を移動するよう促した。
スタンリー署長の後ろから、ドメル先生とメイシーがついて、上の階の部屋へ移動した。
署長は、ノックもせずに扉を開けると、テレビを見ている騎士たちに声をかけた。
「女神様と教授がいらしている。景色をご確認なさりたいそうだ」
スタンリー署長の声に、そこに居た四人の騎士たちが、いっせいに振り返った。
その姿に、メイシーはいきなり男子校に放り込まれた気分になった。
(ま、まぶしい……!!騎士って、もっと無骨なオジサマ達じゃなかったっけ?こんなにイケメンが居ていいの……??)
騎士たちそれぞれがまばゆいオーラを放っているように見えて、メイシーは目がチカチカした。
「わ!女神様だ!」
「……!?」
「女神様!ついにお目にかかれた……!」
「これは、幻か?」
皆の目が一気にメイシーに向けられて、さらには女神などと言われ、メイシーはとても居心地が悪い気分になった。
「……あの、その、先程からの女神様というのは、もしかして私ですか?」
「当然です」
スタンリー署長は眼鏡に中指で触れながら、メイシーの問いに答えた。
「そのような大それた呼び方は、どうかおやめください……。私はどこにでも居るただの娘ですから」
メイシーは困った顔でドメル先生を見た。
「それを私に言われてもな」
「だ、だって……!」
メイシーは、急にアイドルグループに囲まれたような雰囲気で緊張してしまい、彼らの方を直視できないのだ。
(ドメル先生やタイラー総団長なら、話しやすいのだけれど……。団体だから話しづらいのかしら)
「ちなみにこの部屋に居るのは、全員が騎士からの功労者達だ。スタンリーの手足となるよう、タイラーが王都にこの者達を置いていった」
「そうでしたか……!」
(祝勝会では、騎士の方々と話す機会もなかったし、遠くからチラッとしか見ていないから、分からなかったわ…)
メイシーは、また困った顔でドメル先生を見上げた。ドメル先生は、片眉を上げてメイシーを見ると、騎士たちを一人ずつ紹介してくれた。
「左の緑の髪の者がセオ」
「セオです。メイシー嬢、よろしくお願いしまっす!」
セオは元気に笑顔で挨拶してくれた。
「その隣の青い短髪の者がアーチー」
アーチーは、呼ばれて無言で、ペコリと頭を下げた。
「次、水色の長髪の者がマドックス」
「はじめまして、メイシー嬢。いつかお会いできると信じておりました!」
マドックスは、瞳をキラキラさせてメイシーを見つめている。
「そして、最後の紫の髪の者がジャックロンだ」
「お目にかかれて光栄です。めが……メイシー嬢」
ジャックロンは、照れたように頬を染め、深々と礼をした。
それぞれの名前が分かり、メイシーは安堵した。
「セオ様、アーチー様、マドックス様、ジャックロン様。よろしくお願いいたします。メイシー・マクレーガンです。北東の森では、皆様のご活躍により帝国が救われました。本当にありがとうございました」
そう言って、ニコリと微笑んでカーテシーをした。
「「「「………!!!」」」」
4人の騎士たちは、それぞれ、天を見上げたり、顔を両手で覆ったり、胸を掴んでうつむいたり、その場に膝をついたりして、何やら皆面白いリアクションをしていた。
(こうして面白いポーズになってもらえば、直視できるわ)
メイシーは、皆の様子に内心ホッとしていた。




