SIDE: ハイド
マージー家は、ゼメルギアス帝国の貴族の中でも特殊な家だった。
普通であれば当主には爵位が引き継がれるものだが、マージー家にはそもそも爵位はない。
しかし、爵位は無いものの、ゼメルギアス帝国建国以前から続く家系として、貴族と同等に扱われていた。
そんなマージー家は、代々光と闇の魔術の使い手を生む家として、周囲からは不思議な家系としてとらえられていた。
いわゆる貴族の社交の場に出ることは一切なく、物を隠すための闇の魔術具だとか、錯乱の魔術具などを、依頼を受けて秘密裏に製作することを生業にしていた。
マージー家は、そういった人々の後ろ暗い願いを叶えることで対価を得る、いわゆる裏稼業を担っていた。
マージー家の人間が、あまりにも貴族の社交の場に姿を見せないため、一族は吸血鬼なのだとか、幽霊が治める家だとか、魔女がいるだとかゾンビがいるだとか、そのような怪奇めいた噂を立てられることは、しょっちゅうだった。
マージー家の直系男子には、特徴的なオッドアイが受け継がれている。このオッドアイは、嫌でも古王国の王族を想起させるため、人前では決して瞳を露わにしてはならないと言い伝えられてきた。
代々当主は、人前には滅多に姿を現さないが、出かける必要がある時は、目を隠すような仮面を付けていた。
ハイドはこの仮面が嫌で、学園に招聘された時には、どうしたものかと考えたものだった。
結果、ハイドは苦肉の策で、学園支給のローブのフードを被ることにしたのだ。
七年前、魔術学園の教壇に立ったハイドの姿を見た学園の人間は「やはり」という感想で、フードを目深に被り続けることを咎められることもなく、ハイドにとっては特に不便もなく、快適な生き方を続けられていた。
闇の魔術具の製作は、常に依頼が途絶えなかった。しかし学園に来たハイドは、依頼を受ける頻度を減らしていった。
中にはどうしても、と引き下がらない者も居たので、ハイドは仕方なく、その者が諦めるまで学園で寝泊まりしていた時期もあった。
(闇の魔術の使い手は珍しいとは言え、居ないわけではないだろう。諦めて他を当たれば良いのだ)
ハイドはこの頃、研究が楽しくなっていたので、実家の家業の存続は、すでに風前の灯だった。
(どうせ継ぐものも居ない。オレは好きにやらせてもらうさ)
ハイドは、自分の相手探しには甚だ消極的だった。どう考えても、こんな不自由な家に、好き好んで嫁に来るような女性は居ないだろうと思っていたし、自分自身、期待もしていなかった。
そんなマージー家の婚姻に関しては、ハイドは常々不思議に思っていた。
というのも、代々の当主は、自分に合ったちょうど良い魔力の娘を嫁にもらい続けていたからだ。
ハイドは、きっと代々当主が適当な娘を闇の魔術の錯乱にかけて、攫ってきたのだろう、という疑念を抱いていた。
(当主に引き継がれる手記や記録も、隠し場所を教わる前に親父が死んでしまったしな。そんな物があるのかすら、今となっては分からないが)
マージー家の人々は今、ハイドのみを残して、全員が墓の下だ。
祖父母はとうの昔に鬼籍に入っていたし、両親もハイドが10歳の頃までに亡くなっており、妹が亡くなるまでの数年間は、二人で暮らしていたのだ。
(実に因果なものだ。攫われた娘たちの怨念か何かが降り掛かっているのではないか?)
ハイドは、マージー家の墓の前に来ると、いつものように、摘んできた花を枯れた花と替えて、キャンディをいくつか転がした。
すると、背後から「にゃおん」という、猫の鳴き声が聞こえた。
振り返ると、白い猫がゆっくりと歩み寄ってきて、ハイドの側をウロウロして、喉を鳴らしている。
猫をよく見ると、首元にチョーカーが付けられていた。
(飼い猫か。……ん?)
首元には、最近感じたことのあるような魔力の気配を感じた。
チョーカーに通された立方体の金属の飾りのような何かには、真ん中に小さな穴が空いていて、中には魔力が込められている。
ハイドが猫のチョーカーを外してやると、猫は助かった、とでも言うように「にゃおん」と鳴いて、スッキリした様子で去っていった。
(……あの娘。今度は何をやらかそうとしているんだ?)
ハイドは、呆れたような表情で、手の中の魔術具を見つめた。
ハイドは、一ヶ月以上ぶりの墓参りを終えて、墓所から出て王都をブラブラと歩いていた。手元には、メイシーの魔術具を出している。
(おおかた、平民街の様子でも見るために猫に魔術具を付けたのだろう。歩くついでに景色を収めておいてやろう)
しかし王都は今、どこか落ち着かない雰囲気だった。
騎士たちが多く巡回しており、たまにすれ違う市民たちは怯えたような様子で、用事を済ませて足早にその場をあとにしている。
遺跡へ行く前には、活気があり、人々がわいわいと物を売り買いしたり、子どもたちが道で遊ぶ様子も見られたものだが、今は多くの店は閉じられており、街は閑散としている。
(……何だ?妙な気配が漂っている)
平民街の南にある墓地をあとにして、平民街を抜けて貴族街に行くつもりだったハイドは、街の至るところから微かに感じる魔術の気配に、違和感を感じた。
ハイドは辺りを見回したり、気配の強い場所に立ち止まって、じっと魔術の気配を探ったりした。
(地面に何かが埋められている)
「土の神オメテオトルに告ぐ。埋められた何かを掘り起こせ」
ハイドの詠唱と共に、足元の土がボコボコと盛り上がり、土の中からランプのような何かが転がり出た。
ハイドが土をもとに戻し、ランプのような物に触れると、そこからは闇の魔力が感じられた。
(これは……)
ハイドが魔術具を触り、考え込んでいると、白いマントを纏った騎士が近付いてきた。
「おい、何をしている?」
その声がけと同時に、ハイドの手の中を見た騎士は、顔色を変えてハイドを睨んだ。
「……お前が闇の魔術具を王都にばら撒いている犯人だな?」
「なに?」
そう言うと、ハイドが弁明するよりも先に、大声で他の騎士を呼び寄せた。
「怪しい者がいる!ここだ!」
「オレは何もやっていない。妙な気配を探っていただけだ」
「嘘をつくな!ここ数日、ローブ姿の怪しい人物が王都をうろついていると報告があるのだ。それはお前だろう?」
(この騎士、視線が虚ろだ。……闇の魔術か?いや、もっと何か……薬か?)
ハイドはこの騎士が興奮した様子で、自分の話など聞く耳をもたない雰囲気を察し、ジリ、と足を後退させた。
(逃げるか?)
その時、亡くなる直前に、妹がハイドに言った言葉を思い出した。
『なぜこの家の人間は、こんなに息を潜めて生きねばならないの?まるで犯罪者みたい。ありもしない罪を背負わされて逃げ回っているのよ』
妹は、マージー家に生まれついたことを嫌がっていた。
そのためしょっちゅう屋敷を抜け出しては平民街へ繰り出しており、あの日も一人で街へ出た際に、運悪く貴族の馬車に轢かれて、死んだのだ。
(オレが今ここで逃げれば、マージー家に、また、ありもしない罪を増やすことになるのか……)
ハイドはため息をつき、集まってきた白いマントの騎士たちに向き直った。
「オレはハイド・マージー。貴様らが闇の魔術具をどう使うかまではオレの関知するところではない。
……だが、オレに手を出そうとしたことを後悔すると良い。なにせ、マージーの家が貴様らにどんな呪いを授けるか、オレにも分からんからな」
そう言うと、後ろの騎士たちはたじろぎ、怯んだ様子を見せた。
対峙している、視線が定まらず、様子がおかしい目の前の騎士だけが、ニヤニヤとハイドを見つめていた。
そして、周りの者に聞こえぬようにハイドに告げた。
「私には最初からお前がハイド・マージーだと分かっていたさ。こんな偶然があるとはな!お前が魔術具を作らないせいで、私がマヴァン卿に窘められたのだ。あの時から、お前にはいつか礼をしたいと思っていた」
その騎士は、そこから声を張り上げて、こう言った。
「ハイド・マージー!闇の魔術で王都市民を錯乱状態に陥らせて暴動を企てた罪で、お前を連行する!」
白いマントの騎士は、そう言って、ニタリと口元を歪めて、ハイドに手を伸ばした。
騎士たちの腕に捕まる前に、ハイドは手元の小さな魔術具を宙に素早く投げ、手紙の魔術の化身を飛ばした。
「何だ?誰に連絡を取った?」
「早く拘束の腕輪を嵌めろ!」
騎士たちはハイドに魔術を抑制する拘束具を嵌め、強引に連行した。




