たしなみ2-13
その翌日、寮の部屋でのんびりしていたメイシーのもとに、殿下から手紙が届いた。
「連絡が遅くなってしまったが、明後日の昼前に、陛下との目通りが叶った。
侯爵邸へはグレンを寄越すから、王宮まで来て欲しい。
馬車を降りたら私がエスコートするから、ローブは不要だ。
会えるのを楽しみにしている。
ジョイス」
メイシーは、手紙を見て、ノアに話しかけた。
「明後日の午前中に、王宮に上がることになったわ。ここにはドレスも数がないし、準備のことを考えると、明日には屋敷に戻らないといけないわよね?」
「そうですね、明日の夕食時にはお屋敷へお戻りいただけますと助かります」
「では、そのようにお母様へお手紙を送っておいてもらえる?」
メイシーは、ノアにそう告げると、殿下に話していた魔術具のことを思い出した。
(ビデオとテレビ。……あんなのはさすがに中身の構造なんて細かい部分は知らないし、覚えていないわ。でも、殿下をぬかよろこびさせても可哀想だし、この世界のもので、代用できるものがないか、ヒントを探してみましょう)
メイシーは、素材探しのために、図書館へ資料を探しに行ってみることにした。
図書館棟は、学園の敷地の、ちょうど真ん中あたりに建っている。
中央の大きな円柱状の建物と、複数の建物が繋がっている形状で、外側をぐるりと円形の歩道が通い、そこから整えられた芝生エリアを突っ切るように、入口までさらに歩道が設けられている。
建物内に入ると、巨大な円柱のホールの上部は、木組みのアーチになっており、天井真ん中にはアーチが形作る、特徴的な六芒星にも見える模様があった。
書棚はその円形に沿うように、一階、二階、三階の壁面全てが棚になっており、一階中央にも、小さな円形の棚が、さらに二重に並んでいた。
書架も書籍も膨大なため、フラリと入って自力で目的の本を見つけるのは困難なのだが、本のタイトルが分かっている場合は、風の魔術を利用して探ることができた。
(今回は、タイトルなんて分からないし、その上、内容から探すには、漠然とし過ぎているのよね……)
メイシーが考えあぐねていると、手紙の魔術の気配がした。
透き通った小鳥が、メイシーの手に止まり、もとの手紙の姿に形を変えた。
「マージーから聞いたぞ。
お前さんの風の魔術が少々変わった様子をしていたらしいな?
一度見せて欲しい。
近日中に時間を作って、儂の研究棟まで来なさい。
世界一イケてる、風の魔術師
オーディン・クルクサス翁」
メイシーは、サインを見て「ブハッ!」っと吹き出してしまった。
そしてここが図書館であると思い出し、焦ってキョロキョロと周りを伺った。
(オーディン先生、急に笑かさないで!)
メイシーは、口元を押さえながら、慌てて図書館の外に出た。
(今から行っても良いのかしら?)
メイシーは、芝生に腰を下ろし、ノートを下敷きにして手紙を書き、オーディン先生を思い浮かべて手紙の魔術を行使した。
結果、今から来るのでも大丈夫とのことだったので、メイシーは、第2研究棟まで足をのばしたのだった。
第2研究棟は、また他とは変わった容貌をしていた。
中心が八角形の大きな建物で、八角形の角に接するように、中心より小さな八角形の柱が8本立っているのだ。
壁面は切り出した石の美しさそのままで、ミルクティーのような色の、大きな石が積み上げられて構成されている。
正面の扉には門兵が数人おり、メイシーが近づくと、扉を開けてくれた。
この研究棟の巨大な八角形は、中央が空洞になっており、空洞の中には、立派な1棟の建物があった。
建物は円筒形で、まるで海を照らす灯台のような容貌のそれが、棟官の実験室だった。
メイシーは、八角形の中心に向かい、建物の中と、中庭を通り抜けた。
「オーディン先生、メイシー・マクレーガンです」
扉をノックしてしばらく待つと、扉からビュウッと風が吹き、扉がひとりでに開いた。
「上がっておいで」
階上から、オーディン先生の声がした。
オーディン先生の実験棟は螺旋階段を上って移動する、何階にも分かれた作りになっていた。
2階に到着すると、開け放たれた扉から、先生が本やら何かの置物やら、ごちゃごちゃした山の中で、ヒョコッと顔を覗かせたのが見えた。
「よく来た、娘っ子。そのへんに掛けてちょっと待ちなさい」
「はい……」
(そのへんと言われても、足の踏み場もないのだけど……)
メイシーは、山と積まれた書籍の背表紙を眺めた。
風の魔術に関する本ばかりだったが、そのうちの1つに目が留まった。
『エンジョイ!風の魔術!これさえ読めば、彼女のスカートの中を覗けるかも!?』
「………」
メイシーは、ふうん、と思い、オーディン先生に声をかけた。
「風の魔術はロマンのある魔術なのですね、先生」
「さよう。風の神の力を借りれば、手紙の魔術も、契約の魔術も使える。風の魔術は、他の属性とは一線を画す、とても有用で、可能性無限大の魔術じゃ」
「女性のスカートの中も覗けるのですか?」
「ほっほっ!他の属性には真似できまい!」
先生は、楽しくなって気を良くしたのか、風の魔術について語り始めた。
「風の魔術は、最後に生まれた魔術だと言われておる」
メイシーは、先生の言葉の続きを待った。
「闇の中から光が生まれ、光が熱を持ち火が生じた。炎が闇を燃やして土塊と水ができ、最後に全てを撫でるように、風が吹いた」
オーディン先生は、滔々と語った。
「闇の魔術は、全てを内包する始まりの魔術と言われておるが、風の魔術は、言うなれば、全ての例外の魔術じゃ」
「例外、ですか?」
「見ておれ」
先生は、ごちゃごちゃの山から、メロンほどの大きな水晶を出してきて、右手の人差し指でトン、と指した。
「風の神エエカトルに告ぐ。ドメルは今何をしておるか?水晶にその姿を映し出せ」
すると、水晶の中に、薄っすらとドメル先生の姿が浮かび上がった。
先生は、何やら誰かに魔術の指導をしている様子だ。
ほんの数十秒ほどで、その姿は水晶の中で霧散した。
「す………っごいです!オーディン先生!!風の魔術で、人の姿を映せるのですか!?」
「ほっほっ!すごいじゃろう?儂のとっておきじゃ!風の魔術では、こんなこともできるのじゃぞ」
「すごいです!!私もやりたいです!これはどのように魔術を行使なさっているのでしょう?」
メイシーは、目をキラキラさせて水晶とオーディン先生を交互に見つめた。
先生も、まんざらではない様子だ。
「お前さんはうちの研修生ではないからのぉ…。本当はあまり安々と教えたくないのじゃが…」
「はい!はい!先生!私の風の魔術をご覧になりたいのでしたら、その魔術のやり方と交換でお願いします!」
ピッと挙手して提案したメイシーに、オーディン先生は肩をすくめてこう言った。
「ふむ。仕方がない。今後も面白い魔術があれば、儂にも聞かせるんじゃぞ?」
オーディン先生は、そう言いつつも、自慢の魔術を早く聞かせたい様子で、メイシーと共に、一つ上の階の大きな実験室へと向かった。
3階は、2階とはうって変わって、きちんと整理の行き届いた実験室だった。
「先程の水晶には、風の魔力が込められておる。水晶に触れる際に、手紙の魔術を送る時のように相手を思いながら、同時に返事を受け取る想像を混ぜ込む。さらには、返事は鏡に写った姿を見る時のように、何も意識せずともこちらへ送られてくるように思い浮かべる。儂は、透明で見えない手紙の魔術を相手に飛ばすところから、この魔術を練習した」
「………つまり、この魔術は、加減を失敗したら、相手にこちらの意図が漏れてしまうということですね?」
「ほっほっ!頭の良い娘じゃな!その通りじゃ。最初は儂も何度も失敗しての。ドメルにイヤな顔をされた」
「………先生も、女性にこの魔術を使わないくらいの気遣いはなさった、ということでしょうか?」
メイシーがちらりとオーディン先生を見ると、先生は目をそらした。
「いけませんよ、先生!この魔術の素晴らしさは理解できますが、広めてしまうと、悪用が気にかかるところですね」
「お前さん、早速心配とは、若いくせに、ちと頭が硬すぎるのではないか?時に、新しい魔術とは、危険と裏腹なものだ。もうちっと、これの有用性の方に目を向けて欲しいものじゃ」
オーディン先生は、説教は聞き飽きたとでも言わんばかりに手を振った。
(すでにドメル先生に、こってり怒られたのでしょうね)
メイシーは、しかしながら、この風の魔術に、テレビへつながる糸口を見つけた気がして、内心興奮していた。
(テレビ製作の第一歩は、風の魔術の利用から始めてみましょう!)
「あの、ありがとうございます!オーディン先生!次の製作に、すごくヒントを得られた気がします!」
メイシーの突然のやる気に満ち溢れた顔に、オーディン先生は、少々面食らったような表情になったが、ニヤリと笑ってこう言った。
「よかろう。お前さんの次の魔術具、儂にも必ず見せるようにな」
「はい!時間はかかるかもしれませんが、楽しみにお待ちくださいませ」
「ほっほっ!活きのいい娘っ子じゃ!」
オーディン先生はそう言って、メイシーにも試しに水晶を使ってみるよう促した。
「失敗しても許してくれそうな間柄の者にするんじゃぞ?」
「そうですね……。うーん、誰にしようかな」
(やっぱりお父様かお母様かな。でも、お二人とも、お仕事やお付き合いで忙しいところに、へんな魔術を使ってしまっても迷惑よね)
そして、ふと殿下のことを思い浮かべた。
(………殿下はなおさら、忙しいに決まっているわ)
そう思いつつ、普段の殿下の様子を知りたくもあり、湧き上がる好奇心に、つい出来心を抱いてしまう。
(オーディン先生に言った舌の根も乾かないうちに、自分は殿下のことを知りたいだなんて、ちょっと都合が良すぎるわよね)
メイシーは、悩んだ末、お母様に実験台になってもらうことにした。
今は夕食前の時間なので、お母様は、屋敷の何処かで読書をしているか、外出中だとすれば帰路についているか、という予想ができた。
「決めました、先生」
「では、やってみい」
メイシーは、先生の言っていた言葉を反芻し、自分なりに理解した。
(手紙の魔術を送るけれど、相手には届けずに、小鳥を偵察要員とするのね。見えない小鳥を相手の周りに留まらせて、小鳥が見た相手の様子を、鏡の中に映すように投影させる)
メイシーは、そういえば、お母様は遺跡に向かう前に、殿下とガゼボでどんな話をしたのだろう、と、不意に気にかかった。
「風よ。水晶に、手紙の魔術の化身が見た景色を映し出せ」
すると、手紙の魔術の化身が飛び去り、水晶に、ゆっくりと人の姿が浮かび上がった。
「え………」
メイシーは、水晶に殿下の姿が映ったことに、動揺した。
「どどど、どうしましょう先生!?お母様を映す予定が、殿下に魔術を……」
殿下は執務机に向かって何かを書きつけている様子だったが、不意に左手を上げた。
(あ!手紙の魔術の気配を感じたっぽい!)
メイシーは、あわあわして、手紙の魔術の化身に戻ってきてもらうようにイメージした。
殿下は、少し待っても手紙が来ないのを不思議に思い、顔を上げた。
そして、立ち上がり、透明で見えないはずの小鳥のほうへ、迷いなく進んできた。
「ほっほっ!バレてしまっとるの」
「は、早く!早く戻って!小鳥さん!」
殿下は手を伸ばし、見えないはずの小鳥をそっと捕まえて、フッと笑い、何かを呟いた。
音は伝わらないが、何となく、メイシーと呼んでいる気がした。
メイシーは、恥ずかしさに赤面し、手紙の魔術の化身は、メイシーの集中力が一気に散漫になったためか、固まって一向に動いてくれなくなった。
「魔力が高いと、手紙の魔術の化身が具現化されて、なかなか消えないのじゃなぁ。そんな弊害があるとは!」
オーディン先生は、感心したように水晶を眺めている。
メイシーは、ひたすら、祈るように小鳥に帰還をお願いし続けた。
殿下は執務机に移動し、手紙を書き、手紙の魔術を送った。
すると、メイシーの小鳥は、殿下の手紙の魔術の化身に連れられて、一緒に戻ってきた。
「これは何の遊びだ?
言葉無しの手紙など、初めてもらった。
私に会いたいばかりに、手紙の魔術を使ってしまったのか?
明後日には会えるから、いい子で待つように。
ジョイス」
メイシーは、手紙を読み、恥ずかしさのあまり、真っ赤な顔を手紙で覆ってしまった。
「こ、この魔術は…!恥ずかしすぎます!!」
「ほっほっ!普通は、覗かれた相手のほうが恥ずかしがるものなんじゃが」
「心のダメージが大きすぎて、しばらくこの魔術は使えそうもありません…!」
メイシーは、そう言って、少しシワがついてしまった手紙を、大事に伸ばして、折りたたんだ。
「お前さんたちの、なんとも初々しい様子に、爺の心にまで春が来たような気持ちになったぞ」
そう言って、ほっほっ!と笑うと、オーディン先生は、メイシーに、謎の風の魔術を見せるようにと促した。




