SIDE: レナルド.2
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レナルドは、黙々と森の中を歩いていた。
特に喋ることもなく、無言でただ歩いていたおかげで、レナルドは、メイシーとの数々の楽しく美しい思い出にふけり、遠い日々に思考を飛ばしていた。
ほんの少し前まで、我が家の天使は、レナルドとセリーナのものだったはずなのに。
(……全部この男のせいだ)
後ろから、レナルドとは別の足音がする。
殿下がついてきている。
レナルドが、誰にもついてくるなと言い含め、殿下を伴って、天幕から離れた森の中までやって来たからだ。
「……まだ歩くのか?」
不意に、殿下がレナルドに話しかけた。
気づけば、かなり歩いたようだ。
「あまり私が離れては、其方の娘の安全に関わる」
殿下はそう言うと、その場で足を止めてレナルドに対峙した。
レナルドは、殿下がメイシーのことを気にかけている様子に、何とも言えない表情になった。
「……悪いが、ここではあの子の父親として、はっきりと言わせてもらう」
レナルドが少々不敬な口調になったものの、殿下は表情を変えず、ただレナルドを直視した。
「あの子は天使だ。これは比喩表現ではなく、事実だ。貴方がどう感じるかは別として、あの子は天から地上に舞い降りた、誰にも替えがたい、特別な娘なのだ」
レナルドは、語気を強めてさらに発言した。
「貴方ごときが、メイシーの、その優しさにつけ込むのが、私には我慢ならない」
レナルドは、感情に任せて冷気を発しそうになるのを、今は何とか我慢した。
「メイシーは、天使だ。天使は、人とは違う。あの子は、集中するとどこまでもやろうとする。普通であれば止めるところでも、タガが外れているかのように、やろうとする。貴方のその腰に下げた剣がいい例だ」
レナルドは、殿下の腰に目をやり、眉を寄せた。
殿下は相変わらず無表情にレナルドを見ている。
「あの子が、何日も夢中で馬車の部品を作ったり、水道管を何十も何百も作り続けたり、それですら、私達にとっては心配の種だった。それが、学園に入り、貴方と会って、娘が作ったものといえば、盾に剣。……おまけに、その剣を作って、娘は死にかけた」
レナルドは、ぐっと歯を噛み締めた。
「私は、貴方にだけは、娘を嫁がせたくない。貴方のために身を滅ぼす娘など、見たくないからだ」
殿下は、恐ろしいほどに整った顔をまっすぐにレナルドに向けている。
そして、レナルドに口を開いた。
「なるほど。其方らが、どのような思いでメイシーを育てたのか、少しは理解できた」
森の木漏れ日が、風に揺られて、殿下の顔に、影を落とした。
「確かに彼女は、其方の言うタガという物が、外れやすい性質のようだな。あれだけの魔力があり、それを人のために惜しげもなく使おうとするのだから、さもありなんとは思うが」
殿下は少し思案し、またレナルドを見た。
「マクレーガン侯。聞くが、其方は、メイシーをどうしたいのだ?其方の心配は理解できるが、其方が守ると言っても、せいぜい彼女を何処かに閉じ込めておくくらいしかできぬだろう。それに、私以外の男が本当にメイシーにとって安全なのか?メイシーが自由のもとで存分に力を振るえるのは、私の側しかないとは思わぬか?」
レナルドは、殿下の言葉に、我慢していた冷気が漏れ出すのを感じた。
「だから、貴方の側は危険だと言っているのです!」
「……剣の時は、私が側にいられず、止められなかった。これには本当に後悔している。スタンピードの対応にばかり気を取られ、彼女の確認を疎かにしてしまった。そのことは謝ろう」
レナルドは、殿下がスッと頭を下げたことに、驚いた。
驚き、同時に動揺して、余計なことを話してしまった。
「……あの子を悲しませないでほしい」
ハッとして口を手で覆ったが、そんなもので、言った言葉を取り戻すことはできない。
案の定、殿下はしっかりとレナルドの言葉を耳にして、頭を上げた。
「メイシーが、私を想って悲しんでいたのか?」
殿下は口元にニヤリと笑みを浮かべ、面白そうにレナルドに尋ねた。
「……知らん。もう何も言わん」
レナルドは、ムッとして顔をそっぽに向けた。
「私は其方のことも、案外気に入っている」
殿下は余裕の表情で笑ってみせた。
「メイシーは、其方の真っ直ぐなところをよく受け継いでいる。其方や夫人がメイシーを可愛がってくれたこと、礼を言いたい」
「……なぜ、貴方に礼など!」
「メイシーは、私の大切な人だからだ」
「………」
「彼女に無茶なことはもうさせない。私が彼女を護ろう」
「……そう言って、あの神殿に1人でのこのこと入って、闇の魔術に囚われたのは、どこのどなたです?」
「そうだな。全然格好がつかん」
「格好なんてつけてる場合じゃないんですよ。貴方のお陰で、またメイシーが無茶をして倒れた。本当に、殿下は、なんて馬鹿なことを!」
「すまない」
殿下はそう言って、少し笑った。
「何がおかしいんです?」
「……叱られるというのは、こういうことなのかと、つい」
レナルドは、その言葉に、彼がまだ18の青年であることを思い出し、何故か胸が痛んだ。
(まだ18の彼の肩に、国がのしかかっている。18なら、失敗などいくらでもして良い年齢だ。……でも殿下は、そんなわけにはいかない。たった1つの失敗が、殿下にとって、国にとって、大きな災いとなりかねない)
殿下に対して、何か、今までとはまた違う感情が起こっていたが、レナルドはそれに蓋をして、家臣としての言葉に変えた。
「……命あっての物種ですぞ、殿下。貴方は自分が王位を継承する方なのだと、胸に刻んで頂きたい」
「そうだな。侯の言うとおりだ。つい出来心で、闇の神殿に足を踏み入れてしまった」
「……なぜ、出来心など」
「……ふ。さてな。私には励ましが不足していたようだ」
殿下はそう言って、それ以上は答えようとしなかった。
レナルドは、ハァ、とため息をつき、殿下にこう進言した。
「……今回の件は、貴方が危険を感じ、1人で調査に乗り出した結果、恐ろしい闇の魔術に囚われた、ということにしましょう。騎士たちに貴方が侮られてはいけませんから」
「そうか?興味本位だったと本当のことを言ったほうが、私はスッキリするが」
「貴方を戦の神と崇める者も多い。むやみに彼らの夢を壊さなくとも、良いでしょう」
レナルドの言葉に、殿下は吹き出した。
「其方、ロマンチストだな。騎士たちの夢を壊さぬよう、嘘をつけなどと」
「……昔、メイシーに教わった話です。最初に下水道整備事業を進めるにあたり、貴族のメンツを保てる業務を、平民のものとは別にして、振り分けろ、と。メンツや夢というのは、時として、人が生きるのに重要な要素だと学んだのですよ」
「ほう。幼い頃から、メイシーは考えが深かったのだな」
「詳しく聞きたいですか?私のメイシーの素晴らしさについて知りたいのなら、いくらでも語って差し上げよう」
「ああ」
レナルドは殿下の返事に気を取り直すと、もと来た道を戻り始めた。
歩きながら、殿下に、幼い頃のメイシーの可愛らしさや、メイシーがどんな者にも優しく分け隔てなく接する天使であること、また、毎度驚くような発想で、レナルドやセリーナを喜ばせる魔術具を作ることなど、途切れることなく語った。
殿下は、レナルドの話に、時折笑い、相槌を打ちながら、ただじっと、興味深そうに耳を傾けていた。
殿下は、その場にいないメイシーを思い描いて、まるで眩しいものでも見つめるように、目を細めて口元を綻ばせていた。
レナルドは、ふと、あの闇の神の神殿の中で、メイシーが叫んでいたことを思い出した。
『私の殿下を、返せ!!』
あれには少々驚いた。
いや、少々どころではなく、耳を疑った。
あの子がそんな風に、人間を、自分の物だなどと言いのけたのは、記憶の限りでは……無い。
メイシーは、どれだけ心血を注いだ魔術具でも、惜しげもなく人に分け与えるし、疲れていそうな屋敷の者や、私達夫婦には、何でもないことのように、自分の魔力を使って、光の魔術を行使してくれた。
その一方で、私達が持てる限りの愛情を彼女に示したとしても、感謝の言葉を伝えてはくれるものの、どこか、距離を感じるようなところがあったのも事実で。
(自分の感情を、言葉で誰かに伝えるのが苦手な娘なのだと気づくまで、少し時間がかかった……)
メイシーは、事業のこと以外では、滅多におねだりなどしない、本当に欲のない娘だったのだ。
(それが、あの時、確かに『私の殿下』などと。)
レナルドは、思い出して、苦々しい気持ちになった。
殿下は、レナルドが表情を曇らせ、急に話すのを止めて立ち止まったことに、何か勘違いしたらしい。
右手をサッと振って、レナルドの周りに光の粒を撒き散らした。
「疲れたのか?其方、十分に休めていなかったのか」
殿下はレナルドに光の魔術を行使し、レナルドを気遣ってくれた。
「……わざわざ光の魔術を…。勿体ないことです、殿下」
レナルドは、歯切れ悪くそう言うと、殿下を見た。
殿下はニヤリと笑うと、レナルドにこう言った。
「これくらいなんでもない。私は其方の大事な娘をもらうのだから」
「だから!貴方にはやらんと…!」
「其方の考えはわかったが、一番重要なのはメイシーの気持ちだ。悪いが、私は引かん。其方に何と言われても、諦めるつもりは毛頭ない」
「……なんて強情なんだ!この2年の間に、貴方以上に素晴らしい男を見つけて、必ずメイシーに会わせてみせる!」
殿下はレナルドの言葉に、一瞬真顔になった。
しかしそれも束の間で、エメラルドグリーンの瞳に炎を揺らめかせ、挑戦的な表情でレナルドを見据えた。
「やれるものなら、やってみろ」
そう言って、殿下は、鮮やかに笑った。




