SIDE: ハイド
暗闇の中、火の魔術がわずかに灯す階段を、ハイドは走って登った。
走って、走って、すでに視界を覆っていた布の感触はなく、激しい動悸と、自分の乱れた呼吸のみが耳に響いた。
(あの様子では、かなりの時間、ああして魔力を吸われ続けている)
ハイドは、殿下がすでにかなり衰弱していると予想した。一刻も早く魔石を……術の核であるリュドラの遺骨を探さねばならない。
(オレがあんなことを言わなければ……)
殿下はあの暗闇で、自身にかけられている魔術について、初めて知ったのかもしれない。
自身の全属性の源が、まさか闇の神との契約だったなんて、彼のような高潔な人間が、許容できるはずもない。
生まれたときから神の使徒として敬われ、戦場では何にも屈することなく、帝国の盾となり剣となり、騎士を率いて魔獣と戦い、その持てる力を帝国の平和と秩序のために振るってきた彼だ。
(迂闊だった。そんな後ろ暗い秘密を、突然指摘されれば、彼とて、動揺して一時の過ちを起こしても当然だ)
ハイドは階段を必死に駆け上がり、ついに光を捉えた。
「入口についた。光の魔術を行使してくれ」
ハイドは出口に至る直前に、レナルドに思念の指輪を使った。階段を登りきり、陽の光のもとに出ると、目が眩しさに一瞬くらんだ。
入口から辺りを見回したが、周囲は特に変わった様子はなさそうだった。
焦りと不安が、ハイドに押し寄せた。
「……頼む、まだ彼を連れて行かないでくれ!」
ハイドは闇の神に願った。
まだ若い皇太子を、こんなところで死なせてはいけない。
たとえ、闇の神との契約を交わしていたとしても、履行されるのは、きっともっと先の話だ。
ハイドは、以前にも、こうして神に祈りを捧げた時のことを、不意に思い出し、震えた。
……あの時は、願いは届かず、たった1人の家族だった妹は、神の御下に旅立ってしまったのだ。
(……神が願いを叶えるだなんて、嘘だ)
ただの善良な、まだ10歳だった妹は、不運な事故に巻き込まれてこの世を去った。
(神が願いを叶えられるなら、なぜあの子は、あんなにも早く死んだんだ?)
もしあの時、闇の神の神殿について知っていれば、間違いなくハイドは、妹の治癒を願った。
(古王国の王族の末裔など、そんな大層な血統があれど、結局何の役にも立たなかった)
ハイドは、己の無力さと、理不尽な神の采配に、胸の中が黒く塗りつぶされるような気持ちになった。
その時、足元が小さく震えだした。
そして、『ゴッ!!』という音ともに、背後、神殿の一番上から、光の柱が立ったのをハイドは見た。
それは、胸のすくような、盛大な光の奔流だった。
「やったのか、あの娘は……」
ハイドはオッドアイの両目を見開き、光の柱の先を追った。
光は真っすぐ立ち上り、上空で弧を描いて、北へ向かった。
「あそこか」
ハイドは光が王の墓の一番東、リュドラの父王の眠る玄室の頂上を示しているのを目視するや否や、神殿を転がるように飛び降りた。
「リュドラの父王の墓の頂上を示した」
ハイドは階段を飛び降りながら、思念の指輪でレナルドに言葉を送った。
王の墓目指して、一目散に北へ駆け出したハイドは、木々の合間から、光が徐々に細くなり、消えかけるのを見つめた。
(お前の馬鹿みたいに高い魔力のおかげで、希望がつながったぞ、メイシー!)
ハイドは王の墓に到着すると、最も東の墓の上をよじ登り始めた。墓は神殿とは異なり、立方体の上に四角錐を置いた形をしている。
神殿の半分ほどの高さとは言え、ここまでのかなりの消耗のせいで、腕や足がうまく上がらず、ハイドは焦った。
「マージー教授!私につかまってください!」
神殿前でハイドを見つけて、あとをついてきたグレンが、ハイドの上に回り、腕を引っ張り上げた。
同じく騎士3名が、ハイドを下から持ち上げ、皆で、上部の階段を登っていった。
「頂上に、遺骨が、ある、はずなんだ……」
ハイドは、完全に息が上がり、呼吸がままならない状態で、伝えるべき言葉を何とか口にした。
それを聞いた騎士2名が、先回りして頂上を検分しに行った。
ハイドは、力を振り絞り、グレンと騎士の力を借りて、何とか頂上まで到着した。
騎士がすでに一番上の岩を壊し、瓦礫をどけていた。
すると、瓦礫の下に、空洞があるのが見えた。
その空洞から、眩い光が漏れ出ている。
「……リュドラ」
空洞の中では、水晶のように透き通った髑髏が、まばゆい光を放ちながら、じっと、誰かの迎えを待っていた。
ハイドは、それをそっと持ち上げた。
「闇の神テスカトリポカに告ぐ。……この者を永遠に闇の世界へ」
ハイドの手元の髑髏は、灰のようにサラサラと崩れだし、陽の光の下で、風に乗って消えていった。
「遺骨は無に還した」
「二人に光の魔術を使うため、そちらに戻る」
ハイドは思念の指輪でレナルドにそう告げると、立ち上がり、グレンや騎士たちと、また来た道を戻っていった。
神殿前に到着すると、ちょうど神殿の入口からレナルド達が出てきたところだった。
騎士が殿下を背負い、ノアがメイシーを背負って、入口から姿を表した。
レナルドが、入口で詠唱した。
「水の神チャウチルトリクエに告ぐ。階段を氷で覆え」
レナルドの足元、神殿上部から地上まで、水が流れ出し、冷ややかな空気を纏い始め、神殿の一部が氷の斜面になった。
殿下を抱えた騎士たちが、まず最初にその斜面を滑り降り、地面に到達した。続いて、メイシーを抱えたノアが、斜面を滑り降りた。それに続くように、レナルドや騎士たちが斜面を滑り、瞬く間に全員が地上に集まった。
「光の魔術を行使しよう」
ハイドは殿下に近づき、光の魔術を行使した。
「光の神テクシステカトルに告ぐ。殿下に癒やしを」
ハイドの手から、パッと小さな光が輝き、キラキラと殿下の体に光が染み込んだ。
ハイドは、自身の魔力がもう十分ではないことを悟り、ローブの中から、メイシーが以前光の魔力を込めて作り上げた魔宝石を取り出した。
「二人をここに寝かせてくれ。二人の手のひらを重ねられるように、近づけて並べて欲しい。この魔宝石に働いてもらおう」
騎士たちが毛布の上に殿下とメイシーを並べ、ハイドが二人の手を重ね、その中に魔宝石を入れた。
「光の神テクシステカトルに告ぐ。魔石から癒やしの光を、二人に」
メイシーと殿下の手の中から、光が溢れ出し、癒やしのきらめきが二人を包んだ。
「……光の魔術の使い手が来るまでの辛抱だな」
レナルドが、苦い表情で、その様子を見ていた。
「侯は、まだ二人を認めないのか?」
「………………駄目だ!」
レナルドのそのムッとした表情が可笑しくて、ハイドは吹き出して笑ってしまった。
「父親とは、大変な役目なのだな」
クスクスと笑うハイドをじっと見て、レナルドが口を開いた。
「マージー卿。君は、娘が言うように、かなり目立つ容姿をしているな」
「ああ……」
ハイドは、今更ではあるが、フードを被ろうとした。その手をパッと止めて、レナルドが真剣な表情でハイドに語りかけた。
「その瞳は、古王国の謂れがあるのかな?つまり、君は古い王の血を汲む者ということだ。……どうだ?娘を嫁にとって、ついでにどこかに帝国とは別の国家を建てて、楽しくやっていくという人生プランは?」
「おい、なぜオレを貴方の計画に巻き込もうとするんだ。オレは争いとは無縁な生き方を望んでいるんだ」
「待て待て。戦争などせずとも、メイシーの発明品で、周囲と良好な関係を築くことは十分可能だ。な?」
「だから、なぜそんな話になるんだ。オレがメイシー嬢を娶れば、一生殿下に命を狙われる。そんな恐ろしい嫁など、もらいたくない」
「く……!娘は、つくづく厄介な男に好かれたものだ……!」
本気で残念がっているレナルドの様子が可笑しくて、またハイドは笑ってしまった。
翌日、レナルドの指示により出された伝令に対し、陛下からの返事が送り返されてきた。
レナルドがまず手紙を読み、しばらく書面を見つめたあと、渋い顔をしてため息をついた。
「陛下は回復要員と荷運びの馬車およびその護衛を送ってくださった。しかし殿下を助ける戦闘要員は不要と判断し、とくに増援は寄越さないと。……陛下は息子を何だと思っているんだ。仮にも次代の王位を継ぐ方だぞ」
レナルドは、ハイドに手紙をぽんと渡すと、呆れたような表情で、自分の天幕に戻っていった。
ハイドは渡された手紙を開いて中を見た。
最初はレナルドの言っていた増員について書かれていて、後半にはこう書かれていた。
「古代の闇の魔術に当てられるなど、嘆かわしい。
ジョイスをそんな軟な男に育てた覚えはない。
属性を得るための試練では、闇の魔術に慣れられるよう、私が直々に地下闘技場に闇を満たし、ワイバーンと共に放り込んでやったものだ。
自身の失態は、自分自身でカタをつけるよう言い伝えよ。
アレキサンド・ゼメルギアス」
ハイドはこの手紙を見て、あれ?と思った。
(帝国の王族が全属性なのは、皆、闇の神と契約しているからではないのか?)
この手紙では、『属性を得るための試練』というものの存在が示されている。
つまり、少なくとも殿下は、属性を得るために、何らかの『試練』を、陛下の手ほどきを受けて、達成したということだ。
(……殿下は、闇の神と契約をしていない?)
ハイドは、そのことの意味をじっくりと考えた。
(属性は、稀に後天的に増やすことはできる。しかし、それには死ぬほどの何かを経験する必要があるのだ)
一人、殿下の身の上を想像し、ハイドは身震いをしたのだった。




