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これはたしなみの範疇です!  作者: ptw
第ニ章

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たしなみ2-9


「とにかく、壁から殿下を剥がさねばなるまい」


お父様は険しい表情でそう言って、壁に近づき、水の魔術を行使した。



「水の神チャウチルトリクエに告ぐ。氷の矢よ、壁を穿て」



ーーードッ!!



お父様の掲げた右腕から、おびただしい数の鋭い氷の矢が、勢いよく壁に注がれた。



ーーードドドド!



氷の矢の猛攻が止み、白いモヤが晴れると、そこには、何事もなかったかのように脈を打ち続ける、忌々しい壁があった。



「……今の魔力も、吸収したというのか?」


お父様は驚いた表情で、壁から離れた。



「お父様、次は私が。ですがその前に、ハイド先生にいくつか質問がございます」


メイシーは、ハイド先生に向き直った。



「……先生、光の矢と氷の矢を、壁は吸収しました。今もなお、魔力を吸収して、それはどこへ貯められているのでしょう?何の目的で?」


メイシーの疑問に、ハイド先生とお父様は、顔を見合わせた。



「この神殿の壁の機構を維持する魔力が、殿下の魔力を全て吸い尽くすほど必要とは思えません」


メイシーの言葉に、ハイド先生が情報を整理するように、口を開いた。



「なるほど……。入口の壁画と、あの脈打つ壁。殿下にかけられた闇の魔術の錯乱。これらを合わせた分以上の魔力が、今もなお、錯乱の原因となる魔石に注がれている……」


「なぜ?古王国は、滅んだのに?」


ハイド先生は、メイシーの言葉を聞きながら、顎に手を当てて思案している。



「……最後の王リュドラは、力を得るために闇の神に喰われた、と描かれていた。他の王の玄室の壁画にも、闇の神に命を捧げた、という記載があったのに、なぜか()()()()()()()()()()()


ハイド先生が、何か、確信めいた口調で呟いた。メイシーは、先生の言葉に、自分の考えを重ねるように呟いた。



「ということは、彼の遺骨が、今も何かに利用されている可能性があるのですね?」


メイシーの言葉に、お父様は息を呑み、沈黙した。ハイド先生は、しばらく考えた後に、メイシーの問いに首肯した。



「……君の意見に同意する。遺骨は王の墓の棺の中ではない、どこか別の場所に運ばれた。その場所で今も、魔力を受け止め続けているのだろう。死してなお、力を求め続けていると、祀りたてあげられたということだ」


メイシーはハイド先生の言葉に頷き、さらに、もう一つ、ハイド先生に質問した。



「先生、遺骨はどこにあるのでしょう?あの壁の向こうでしょうか?壁を壊せれば、殿下は助かりますか?」


ハイド先生は、またしばらく考えたあと、可能性を口にした。



「……闇の魔術の錯乱は、魔術の根源となる魔石を壊さないと解けない。もし壁の向こうに遺骨がなく、遺骨がどこにあるのか分からないままとなれば、殿下は闇の魔術にかけられたままになる」


ハイド先生の言葉に、メイシーも、お父様も、不安な表情になった。


すると、ハイド先生が突然、ハッとして、ぶつぶつとつぶやきながら思考し始めた。



「君が頼りだ、マージー卿」


お父様は、ハイド先生の考えがまとまるのを、じっと待った。



「オレはリュドラが、好き好んで力を求めた王だとは思えない。彼はまだ、少年だったんだ。国を統治するために、力を望まざるを得なかった。だから、遺骨は、彼自身が望んだ場所に有るんじゃないかと思う。

……それはきっと、闇の神の神殿の中ではない」



メイシーとお父様は、ハイド先生の言葉を、黙って聞いていた。



「リュドラの玄室の中には、彼が木の上に登りたがったり、幼少期に存命中の父王と、丘の上へ出かけた、という記載があった。だから、もしかしたら、遺骨はどこかこことは別の……高い場所に眠っているのかもしれない」



ハイド先生は、遺骨の場所にまだ確信は持てないものの、神殿の中ではなく、外に出てみることを提案した。



「ハイド先生。もしあの壁に私が光の魔術の塊を思い切りぶつければ、魔力はリュドラのもとへ向かいますか?光が一瞬でも、場所を示すでしょうか?」


「……君の案は、少なからず君の身を危険にさらすが、頼んでも良いものなのか?」


ハイド先生はお父様を見た。



「私も残ろう。先程の水の魔術の行使で、私の魔力もあと半数といったところだ。ここで私も娘も倒れれば、指揮をとる者が居なくなってしまう。娘の魔力の行き先が確認できたかどうか、神殿の外のマージー卿と私が連絡を取ろう。

……娘に頼らざるを得ない不甲斐ない父親として発言すれば、君の配慮はありがたい。しかし事は一刻の猶予も許されないため、我々親子は、最も可能性の高い方法を選ぶ」


「承知した」


そう言って頷き、ハイド先生は神殿の外へと駆け出した。



メイシーは、今も殿下を呑み込もうとしている、忌々しい脈打つ壁に対峙した。



(……殿下)



もし昨夜、メイシーが殿下に手紙を送っていれば、こんなことにはならなかったのだろうか?



メイシーが、殿下の様子をたずねに、彼の天幕へ向かえばよかった?



彼を一人で、暗い闇の神殿に向かわせたのは、メイシーの行動が、彼を傷つけたからではないだろうか……?




過ぎたことはどうしようもないことだけれど、それでも今の状況を目の前にして、メイシーは、後悔せずにはいられなかった。



(殿下をお助けしたら……。もっと、殿下に向き合おう。殿下と話をして、殿下の気持ちをもっと聞き出すべきよね)






すると、ハイド先生から入口に到着したと連絡が入った。多分先生は全速力で走ったのだろう。思っていたより早く知らせが入った。



メイシーは一人、壁に近づいていった。


殿下は左半身が壁に呑み込まれているような状態で、脈打つ壁に、すでにかなりの魔力を吸い上げられており、血の気のない顔色をしていた。


メイシーは、壁にギリギリまで近づき、魔術を行使した。



「光よ、我が手に集い、悪しきものを祓え」



光がメイシーの両腕に集まり、脈打つ壁に放たれた。しかし壁は簡単にその魔力を吸い取り、消し去った。壁はメイシーを嘲笑っているようだった。



ーーーお前はこの男を助けたいと思っているのか?本当に?


ーーーなぜお前はこの男のために力を尽くす?この男はどうせ他の女を望むに決まっているのに?


ーーー全てを手に入れようなどと思い上がるな。お前は魔術を探求できればそれで良い。他に何を望むというのだ?



集中しようとすればするほど、メイシーには、壁のそんな皮肉っぽい問いかけが耳に鮮明に届く気がした。それは確かに自分が一度は想像したことのある問いかけで、だからこそ余計に憎たらしい気分にさせられた。



「……なによ」



メイシーは苛立ち、両腕にさらに魔力を集め、先程よりも数段高い魔力を練り上げて、魔力を放った。




「………殿下を離せ!」




ーーードッ!!!



メイシーの放つ光の奔流が、壁に叩きつけられた。部屋が小刻みに揺れ、まるで壁が、餌の魔力を呑みつくそうと、歓喜に震えているようにも見えた。



(私が何を考え、何を選んで生きるのか、化け物には関係ないじゃない。


結末が分かっているから手を引けと?冗談じゃない。そんな簡単じゃない。


望みが変わることの何がいけないの?そんなこと、生きていればこそ。


……しつこいな、化け物)



壁は、メイシーが止めどなくぶつけ続ける光の魔力を、容赦なく喰らっていた。その貪欲な食欲に、そして忌々しい壁の声に、メイシーはますます怒りが込み上げてきた。



「ふざけるな……!」



メイシーは、怒りに任せて、さらに魔力を解放した。



















「私の殿下を返せ!!」




ーーードドッ!!ドンッ!!!




稲光を纏った光の柱が、メイシーの両腕から放たれた。


メイシーには、壁の吸収よりも僅かに上回る魔力をぶつけられた感触があった。


このほんの僅かな勝機を確実に自分のものにするべく、メイシーは、さらにありったけの魔力を集め、これがとどめだと、壁めがけてぶち込んだ。



ーーーーズン!!ビシッ!!




壁に亀裂が入った音がした。

メイシーは、自分の魔力の放出が、すでに限界まで達したのを感じた。両腕の光が、徐々に弱まり始めたのだ。



「まだだ……!」



メイシーは、尽きかける魔力を振り絞り、極限まで力を放出しようと、下がりかけた腕を必死で留めようとした。



「……負けるか……!」



メイシーの腕が、大きく震えだし、光の魔力の底が見えてきた。



「メイシー!マージー卿から連絡があった!光が父王の墓の頂上を指した!」



メイシーは、お父様の声を聞くと、一気に体から力が抜けるのを感じた。朦朧とする頭の中で、壁の問いかけに、簡単でシンプルな答えが浮かんだ。



(そっか。私自身が殿下を信じたいんだ)



足も手も、どこもかしこも脱力して倒れ込む直前、メイシーは殿下のほうを見た。



割れた壁の隙間から、殿下の血の気のない顔が見えた。



メイシーは、果たして自分は殿下を守れたのだろうかと、目を閉じる寸前まで、殿下のことを案じていた。



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