たしなみ28
メイシーは、これまでとくに綺麗なドレスを必要とすることがなかったため、衣装部屋には全く興味がなく、いつも手前の地味なドレスか、薬草を摘む時用のモンペ風のズボンを取るくらいしか用事がなかった。
お母様はメイシーのそんな様子に、昔は定期的に憤慨しておられたのだが、メイシーがニコニコと機嫌よく離れの実験室に通う様子を見て、諦めた様子だった。
ラグナーラお姉様が、そんなメイシー未踏の地の一つ、衣装部屋の奥へとメイシーを誘うように連れ込んだ。
「まぁ!この青いドレスは貴女の瞳の色のようで綺麗ね!こちらの水色のものも、着ればきっと妖精のように美しいわよ」
ラグナーラお姉様は、すごい速さですべての衣装を見て回り、流れるような手さばきでメイシーの肩にドレスを当てて、今日の登城にふさわしい、お見舞いに向かうのに華美すぎず、しかしながらメイシーの可愛らしさを存分に引き立てる一着を選びだした。
「さすがマクレーガン侯爵家の衣装部屋ね!セリーナ様のお眼鏡にかなった素晴らしいドレスばかりで、見ていてうっとりしてしまったわ!」
ラグナーラお姉様は、とても楽しそうに衣装部屋から出てきて、夢見心地といった表情を浮かべている。
「今は、お母様に感謝ですわ」
「ええ、そうでしょうとも!」
そして、ドレス選びが終わると、メイシーは、鏡台の前に座るよう指示を受け、これまたラグナーラお姉様の流れるような手つきで、色々な化粧水やらおしろいやら、きらめく粉を、ササササッと顔やデコルテに塗られ、はたかれた。
ノアはその様子を真剣に観察し、手元のメモに必死に何かを書き込んでいる。
「主人を輝かせることこそ、貴女が優秀な侍女である証なのよ」
「ご進言、恐れ入ります」
ノアは頷き、ラグナーラお姉様に、シチュエーションによってどのような化粧が相応しいのかなど、色々と質問をぶつけ、何やらやる気になっているようだった。
化粧が終わると、用意した薄い桃色のドレスにそっと袖を通し、また鏡台に座って、今度は髪結いだ。
衣装部屋には、お母様がコツコツと集めてくださった綺麗な宝石がたくさんあったので、今回はその中からラグナーラお姉様が選んだ。
ラグナーラお姉様は、髪用の香油を付けてつやつやになった、メイシーのウェーブのある長い濃い茶色の髪を、シンプルにハーフアップに結い、結び目のあたりに可愛らしい桃色の宝石を飾ってくれた。
鏡の中には、見違えるように美しくなったメイシーの姿があった。
「……お嬢様、お綺麗です……!」
ノアは、少し頬を赤くして、感激した表情でメイシーを見つめた。
「もとが良いのよね。私にかかれば、ザッとこんなものよ!」
フフン、とラグナーラお姉様は得意気に胸を張り、メイシーのことを誇らしげに見つめた。
「ありがとうございます、お姉様……。なんだか自分ではないようですわ」
「いいえ!これが貴女なのよ!これなら王宮に行くのに、恥ずかしいことなんて一つもないでしょう?」
「は、はい……。気恥ずかしいのは、でも、まだ、そうなのですが……。でも、お姉様が勇気をくださった気がします」
そう言ってにこりと、はにかみながら微笑んだメイシーに、ラグナーラお姉様とノアは、二人揃ってよろめいた。
「……くぅ!」
「……神がかってお美しいです、お嬢様……!!」
落ち着いたところで、3人で階下へ行き、お母様にお会いしたいと執事に声をかけた。
執事はメイシーのあまりの変わりように驚き、瞠目したものの、「とてもお美しいです、お嬢様」と褒めてくれた。
メイシー達はすぐにお母様のもとへ通された。
「……!!メイシー!!」
お母様は、メイシーが部屋に入るなり、大きな瞳をさらに丸くされて、とてもびっくりした様子で、笑顔でメイシーに近づき、化粧や髪を崩さないように軽くハグをしてくれた。
「なんて美しいの、私のメイシー!」
「ありがとうございます、お母様。あの……こちらのラグナーラ様が、私をこのようにしてくださったのです」
「ええ、ラグナーラのことは勿論知っていてよ。貴女が寝込んでいる間に、何度もうちを訪ねてくれたから……。私のことも気遣って、色々と元気づけてくれたのよ」
(そうだったのね。いつのまにか、もう初対面でもないのね?)
「そうでしたか……。ラグナーラお姉様、ありがとうございました」
「お役に立てて嬉しゅうございます」
そして、メイシーがなぜこのような格好をしているのか、お姉様がお母様に説明してくれた。
「そうだったのね。……実はね、もう3日前から毎日貴女へ召喚状が来ているのよ」
「えっ!」
お母様の言葉に、メイシーはとても驚いた。
「でもね……貴女が気が進まないのに、王宮になんて、行ったって。ねぇ?」
「えっと……召喚状というのは、お断りもできるものなのでしょうか?」
メイシーが尋ねると、ラグナーラお姉様は、無言になった。
「細かいことは良いのよ、メイシー。貴女が自分から王宮に行くと言うのなら考えようかしら、程度だったの。……でも、すっかり準備まで整えてしまって、行く気満々なのね?」
「は、はい……。殿下のことが、やっぱり心配です」
お母様は、ハァ、とため息を付き、執事に便箋と羽根ペンを用意してもらい、ササッと手紙を書いて、自ら手紙の魔術で何処かに手紙を送った。
「いいわ。先触れを出したから、これで貴女が登城しても、何の問題もないわ。ラグナーラ、貴女も王宮まではメイシーに付き添ってあげてくれるかしら?」
「もちろんです、セリーナ様」
お母様は、綺麗なお顔でにこりと微笑むと、メイシーとラグナーラお姉様を見送りに、屋敷の外までついてきてくれた。
屋敷ですれ違う侍女や、侍従たちは、皆が揃ってメイシーの姿を褒めてくれた。
(よかったわ、変じゃないのね。ちょっとまだ、皆が気を遣っているだけの気もするけれど……。皆、励ましてくれているのよね。頑張って王宮に行きましょう!)
メイシーとラグナーラお姉様は、馬車に引かれ、王宮へと移動した。
馬車の中で、王宮内ではどう立ち居振る舞うがいいのかと、ラグナーラお姉様に聞いてみたところ、「貴女はただにっこりと微笑んで、何も喋る必要はないわ」とだけ教えてくれた。
(それなら、私にもできそう)
メイシーは、そこまで難易度を求められていなさそうなことに、少し胸をなでおろした。
王宮にたどり着き、馬車から降りようとすると、グレン様がメイシーを待っていてくれているのに気がついた。
「お久しぶりです、グレン様」
そう言ってグレン様の差し伸べてくれた手に、手を添えて車内から降りると、グレン様は、びっくりした表情で、一瞬固まってしまった。
「……メイシー嬢。あまりにもお美しく変わられておられて、驚きました」
「ありがとうございます。……不慣れなものですから、何か粗相があれば教えてくださいませね」
ラグナーラお姉様は、メイシーがあまりにも不安そうなので、殿下のお部屋の前までついてきてくれることになった。
「このようなお美しいお二人をエスコートできて、とても光栄です」
グレン様は、慣れた様子でラグナーラお姉様を馬車から降ろし、メイシーとラグナーラお姉様の前に立ち、先陣を切るように王宮内へと入って行った。
王宮に入ると、まずは高い天井の、赤い絨毯が敷かれた長い廊下を進んだ。
しばらく進むと、まるでダンスホールにでも使えそうなほど、幅の広い廊下に変わった。
壁面や天井には、贅を尽くした装飾が施され、天井には一定間隔ごとにシャンデリアが飾られている。
右側からは、ガラスの大きな窓から日差しが差し込み、磨かれた床がキラキラと輝きを放っていた。
その大きなホールのような廊下も通り過ぎ、グレン様はどんどん奥へと歩を進めていく。
すると、ふとグレン様が足を止めた。
それにつられてメイシーも足を止めて、後ろから様子をうかがうと、前方から何かの一団がぞろぞろとやって来るのが見えた。
「……これはこれは、グレン殿。殿下のお加減が優れぬとのこと、私も心を痛めておった」
目の覚めるような青い色の、神職のような服を着た、でっぷりと太ったその男性は、殿下の話をしながらも、グレン様の後ろのメイシー達を、舐めるようにジロジロと見ている。
「ところで、こちらの婦人方は?」
グレン様は、そう問われても、メイシー達を隠すように立つ、その位置からは動こうとはしなかった。
「恐れ入ります、聖下。先を急ぎますので、どうかご容赦ください」
「なに、私がその者に後で話をつけてやる。後ろの女子の名を教えなさい」
聖下、と呼ばれたその男性は、メイシーとラグナーラお姉様に興味津々で、グレン様がげんなりした様子なのに、お構いなしにちょっかいをかけようとしてきた。
「これ、そこの者。名を名乗ることを許そう」
グレン様に聞いても無駄だと思ったのか、メイシーから直接聞き出そうとしてきた。
メイシーは黙ったまま、じっと、その聖下と呼ばれた男性を見た。口元に下卑た笑みを浮かべ、まるでガマガエルのような容貌だ。
(無視してはいけないのかしら?)
メイシーは、この無礼な態度の男性に、戸惑いもさることながら、怒りを感じていた。
(ラグナーラお姉様を、あんな気持ちの悪い目で見てる!)
メイシーはグレン様に、この前学習したばかりの、北方民族の古語で話しかけた。
『ちょっと貴方。陛下がお待ちよ!これ以上お待たせしては、我が国の品位が問われるわ。早く案内して!!』
(言葉のわかる人だったらいけないものね。私は他国の姫〜、他国の姫〜…)
グレン様は、目を見開いて驚いた顔をしたものの、スッとメイシーに頭を下げ、返事をした。
『申し訳ございません、姫様。すぐに案内いたします』
聖下はポカンと口を開け、その周りの部下たちも、メイシー達の「急げ!急げ!」の演技に圧倒された様子で、3人でこのままスルリと場をあとにした。
しばらく歩き、人の気配がなくなったところで、メイシーは後ろを振り向き、ラグナーラお姉様にニヤリと笑いかけた。
ラグナーラお姉様は「メイシーったら」と、クスクス笑ってくれた。
グレン様は、その様子に気が付き、周りを一通り見回すと、メイシーに声を潜めて話しかけた。
「先程は素晴らしい助け舟をありがとうございました。しかし、貴女がほとんど、どの貴族にも顔を知られていないからできた技ですので……。これからはきっと通用しなくなりますから、注意してくださいね」
「はぁ〜い」
グレン様はメイシーのそんな、全く侯爵令嬢らしくない、くだけた返事に、声をあげて笑った。




