たしなみ27
ヒューバート先生に抱えられ、メイシーは村を出てさらに南の、小さな湖がある野原へとやってきていた。
草花が生い茂るそこへ、メイシーは荷袋のように放り投げられた。
「ぎゃ!」
ドサッと投げ捨てられ、メイシーはお尻を打ちながら着地したものの、ヒューバート先生が横にドサッと大の字で寝転んだことに気を取られ、些細な痛みは吹き飛んだ。
メイシーは、ここまで駆けてくださったヒューバート先生に、お礼と感謝の気持ちを込めて、光の魔術を行使した。
「ヒューバート先生に癒やしを」
ゼイゼイと全身で呼吸をしていたヒューバート先生が、光りに包まれて、スッと呼吸を落ち着けた。
「悪いな。助かった」
ヒューバート先生は、はぁーっと息をつき、流れる汗はそのままに、後方からやって来るミッティ先生のほうへ目を向けた。
「だぁーッ!づがでだ……!」
ミッティ先生も同様に、野原にドサリと倒れ込み、苦しそうに呼吸をしている。
「ミッティ先生に癒やしを」
「お……おぉ?」
いきなり呼吸が楽になり、ミッティ先生は赤い大きな瞳をパチクリしていた。
「どうすっかなぁ。もう指輪の魔術使っても平気かな?」
「ドメルがまだウロボロスと戦ってるってことは無いと思うよ。救難信号見て、誰も来ないってことはないでしょ?」
「ふむ。送ってみるか?届く距離に居るのかも分かるしな」
ヒューバート先生が、しばらく指輪に思念を送り、何やらブツブツ話し出して木陰の方に向かった。
すると、くるっとミッティ先生がメイシーに顔を向けた。
「ねぇ、メイシー。湖に入らない?」
「えっ?湖ですか?」
言うやいなや、ミッティ先生が、汗でベタベタの服を脱ぎ、下着姿になった。
「えっ?あの??」
メイシーはミッティ先生の素早い行動に、目を白黒させた。
「いっちばーん!」
ミッティ先生は楽しそうに走り、湖に勢いよく飛び込んだ。
飛び込んでからしばらく湖に潜っていたミッティ先生は、パシャン!と音を立てて水面から顔を出した。
ほどいた赤髪が肌にしっとりと貼りつき、キラキラと光る水の雫が、髪や肌を転がる様子に、メイシーは何だか少し見とれてしまった。
「……ミッティ先生、人魚みたいですね」
「ふふ、人魚?火の神の踊り子とはよく言われるけど、人魚は初めて言われたわ。アンタも入んない?」
「いや、あの……私はちょっと」
(外で服を脱ぐのに、とっても抵抗がある…!!)
悩んだ末、湖の端に腰掛けて、足元だけ浸すことにした。
メイシーは、靴と靴下を脱ぎ、膝までスカートをたくし上げて湖の淵に腰掛けた。
そろそろと足先を水に浸すと、ひんやりとした冷たさが、足の疲れに心地良い。
ミッティ先生は、ひとしきり水泳を楽しむと、湖の畔に戻り、着ていた服をザブザブと水に浸し、その後は火の魔術を使って髪や服を乾かした。
ミッティ先生が服を着ようとしたところに、ヒューバート先生がやって来た。
「ドメルが………、!?」
ヒューバート先生はびっくりすると同時に、下着姿のミッティ先生から勢いよくパッと目をそらして後ろを向いた。
「……なに?照れてんの、ヒュー」
ミッティ先生は、ニヤニヤ面白そうに笑いながら、服を着ようとした手を止めて、その姿のままでヒューバート先生のところに向かった。
黒い胸帯に黒いショーツ姿で、鍛えられた筋肉が付きながらも、女性らしい丸みのあるシルエットは、同性のメイシーから見ても、何だかソワソワするようなナイスバディだ。
「や、やめろ!」
「なに?シちゃう?」
「バカ!!盛るな!!」
これは完全に18禁だ!と、顔を真っ赤にして耳をふさぎ、メイシーは裸足のまま、猛ダッシュで現場をあとにした。
(ミッティ先生とヒューバート先生って……!?!?)
メイシーは色んな妄想が膨らむのを手を振って阻止しようとした。
(羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が……)
全く関係ないことを考えて、膨らみだす妄想と戦おうとしたものの、メイシーは結局混乱し通しだった。
15分後。
何だか楽しげな様子のミッティ先生と、疲れた様子のヒューバート先生がやって来た。
(15分……。何をしてたのかしら……?いや、想像しちゃ駄目!想像するのも18禁だよね!?)
微妙な表情で二人を交互に見るメイシーを、見て見ぬふりをして、ヒューバート先生は、そろそろドメル先生がこちらに到着するだろう、と聞かせてくれた。
「ドメルは隣の村へ行って、馬車を借りてきてくれたようだ。今こちらに向かっていて、多分もう着く頃だ」
「それは助かりますね」
30分後。
ドメル先生が御者として、二頭引きの馬車を引いてやって来た。
「ドメル先生!ご無事で良かったです」
メイシーは、馬車に駆け寄り、ドメル先生との再会を喜んだ。
「君も無事で何よりだ。……ヒューバート、ミッティ。ご苦労だった」
「元はと言えば、俺とミッティの責任だしな……。こっちこそ悪かったよドメル」
「ま、それもそうだな」
ドメル先生とヒューバート先生は、そう言って、フッと笑い合い、互いの無事を喜んだようだった。
それから、ドメル先生はメイシーに声をかけた。
「私がウロボロスと交戦中に、殿下が来てくださった」
「! そうですか」
「すでに沼地でもう一匹のウロボロスを倒した直後だったようだが、こちらに転移くださり、ウロボロスとの戦いを引き受けてくださった」
「二匹とも殿下が……」
メイシーは、あんなにも大きく獰猛な大蛇を二匹も立て続けに倒すのは、至難の業に思われた。
「先程からタイラーと指輪でやり取りをしているのだが、殿下は二匹目も倒したとのことだ。だが……」
ドメル先生が、少し言葉を探すように考えている。
「……何かあったのですね?」
「沼地でも何度も高位の魔獣との戦闘があり、さらにウロボロスを、それも二匹を立て続けに仕留められたため、ご無理がたたり、魔力使用過多で倒れられた」
「……!!」
メイシーは、両手で胸のあたりをギュッと握りしめた。
「……殿下は、君を命に代えても守るようにと仰った。私はその約束を違えることは決してできない。まだ残党が残っている森周辺に戻るのは、やはり悪手だ。君は殿下が心配だろうが、もうあちらには戻らず、真っ直ぐに王都を目指して欲しい」
「…………」
ドメル先生は、メイシーを心配するような目で見ている。
メイシーは、ドメル先生の言葉を、1つずつ繰り返し、先生がどうしてそう言ったのか、すべて理解した。
「……分かりました。王都に戻ります」
メイシーは、倒れた殿下を置いて帰らねばならないことに、不安と心配が募ったが、今のドメル先生の言葉を思い出し、その気持ちを口にするのは止めた。
「殿下は、しばらくお休みになりますね?そうであれば、数日後には、もう現地からは離れる可能性もあるでしょう。タイラー総団長に、私達が乗ってきた馬車をお使いくださるよう伝えてもらえますか?」
「そうだな。あれなら、安全に、かつ速く王都へ戻れる。タイラーにすぐに伝えておく」
そう言ってドメル先生は、指輪を使ってタイラー総団長へメイシーの意見を伝えてくれた。
メイシー達は、馬車に乗り込み、王都へと帰路についた。
メイシー達は、数日後に王都に帰還した。侯爵邸に戻ると、お父様にお母様、ノアや見知った屋敷の者たちが皆で出迎えてくれた。
メイシーは、家族に会えて心から嬉しかったが、ふと殿下のことを思うと、表情は暗くなった。
すでに大まかな事情を知らされているお父様やお母様は、メイシーのそんな様子を心配しながらも、側に寄り添い、温かくメイシーを包みこんでくれた。
ノアも、少しでもメイシーを安心させようと、部屋に綺麗な花をたくさん飾り、メイシーを庭の散歩に誘ったり、メイシーの好きな研究書を用意してくれたりと、思いつく方法でメイシーを励ましてくれた。
メイシーは、2、3日したら学園に戻り、実験室の皆のところへ顔を出そうと思っていたが、長い馬車の旅に、自分が思う以上に体は疲れていたようで、屋敷のふかふかの寝台で、気づけばずいぶんと眠ってしまう、という日が一週間ほど続いた。
「お嬢様、ラグナーラ・ルデルニエ子爵令嬢がいらっしゃいました」
ノアがそう言って、ラグナーラお姉様の来訪を知らせてくれた。
「まぁ!お姉様が!すぐにお通しして」
メイシーは、ラグナーラお姉様との久しぶりの再会の場所に、侯爵家自慢の庭園のガゼボを選んだ。
今庭園は、色とりどりの花が咲き乱れ、見頃を迎えているのだ。
ノアは、ラグナーラお姉様からもらった桃色の花の髪飾りを、メイシーの髪にササッと付けて支度を整えてくれ、メイシーと共にガゼボへと向った。
「ラグナーラお姉様!」
「メイシー!」
メイシーは、すでにガゼボに通されてメイシーが来るのを待っていてくれたラグナーラお姉様のもとへと、小走りで駆け寄り、立ち上がったラグナーラお姉様の胸に飛び込んだ。
「お姉様、すぐに実験室へ行かずに、すみませんでした」
「いいのよ。疲れたのでしょう?今はゆっくりと休むべきなのよ」
ラグナーラお姉様は、そっとメイシーから体を離し、メイシーの腕を取って、二人で隣り合うようにガゼボのソファに腰を下ろした。
「もう、森の瘴気は収まって、実験室では装備品は作っていないのですか?」
メイシーはたずねた。
「そうね。殿下が二匹のウロボロスを倒されて、その数日後には沼地の卵も見つかり、無事に発生源を断ち切ったから、騎士たちへの装備品を新たに作ることは、いったん休止しているわ。でも、ヨゼフ様を中心に、ウロボロスの生態に関しての調査が始まっていて、つい昨日、大実験室に検体が持ち込まれ始めたの」
「まぁ!そうですか。ヨゼフ様なら、きちんと後世の役に立つ内容をまとめてくださるでしょうね」
メイシーは、うんうん、と頷きながらラグナーラお姉様の話を聞いた。
すると、ラグナーラお姉様がちょっと言葉を止めて、逡巡するように俯いた。
「………ねぇメイシー。笑わないで聞いてくれる?」
「? どうしたんですか、お姉様?」
「私、最近なんだかあの方のことが気になって」
「………!!」
「少々不憫な役回りばかり引き受けておられる気がして、どうにかできないものかしらと、考えているうちに……」
「……気になってしまったと……!」
ラグナーラお姉様は、長い睫毛を伏せて、少し赤くなった頬に手を当てて、ハァ、と悩ましげにため息を付いた。
(…!!なんて色気なの…!!)
ラグナーラお姉様は普段から全体的に艶のある、妖艶な雰囲気の持ち主だが、頬を赤く染めてため息をつくだけで、なんだか見てはいけないものを見ている気持ちになる。
メイシーは、ドキドキしながらラグナーラお姉様の手にそっと手を添えて、じいっと顔を覗き込んだ。
「やだ……恥ずかしいわ」
(………!!!)
メイシーは、ラグナーラお姉様の色気の破壊力に、思わず鼻を押さえてしまった。
「メイシー?大丈夫?」
「だ、だいじょぶれふ…!」
何とか、すんでのところで鼻血放出を免れたメイシーだった。
ラグナーラお姉様は、メイシーに向き合い、少し表情を暗くして、心配そうにメイシーを見つめた。
「貴女が大変な時に、私ったらごめんなさい……」
「そ、そんな!お姉様が幸せそうな様子は、私にとっては喜ばしいことです!」
「……殿下のところにお見舞いには行ったの?」
殿下が倒れてからすでに10日以上が経過していた。
王都に戻られた、と聞いたのは3日前のことだったが、メイシーは、自分が皇太子殿下のお見舞いに行くのに不安を感じ、躊躇っていたのだった。
「……私は殿下にとっては1人の臣下です。何の求めもなく、王宮に参じるのは、やっぱり違うかな、と」
「まぁ、貴女、そんなことで遠慮していたの?」
「そ、そんなこと……でしょうか?」
「だって、今の言葉って、貴女は大義名分がなければ、殿下のもとにはいられないと思っているということでしょう?大義名分ならとぅくにあるじゃない。自分が殿下の恋人よ、と堂々と胸を張っていれば良いのではないかしら?」
「そ、そ、そ、それは、ちょっと…!!」
メイシーは、恥ずかしさに耐えられず、両手で顔を隠してしまった。
「ねぇ、今から行ってきたら?」
ラグナーラお姉様は、ニコニコしながらメイシーの耳をツンツンと指でつついた。
「だ、ダメです!」
「あら、なぜ?」
「わ、私は!王宮になんて行けません!!」
「ええ?何が気になるのかしら?」
「……王宮って、色々な方がおられますよね?私のような無作法な者が、ひょっこり顔を出せる場所ではない気がします……」
「ふーん?」
メイシーは、殿下の周りには美姫が大勢いて、メイシーなどきっと、お呼びではないと思っていた。殿下に会いたい気持ちはあれど、自分に自信が持てず、呼ばれてもいないのに王宮へ行くだなんて、そんな大それたことはできないと思った。
「ら、ラグナーラお姉様くらいお美しければ……きっと、大手を振って歩けるのでしょうね……」
メイシーが、俯いたまま、ポツリとそうこぼした言葉に、ラグナーラお姉様は目を丸くした。
「貴女はそんなことを気にしていたの?やだわ、ノアに何度か手ほどきをしたのに……!貴女が貴女らしく輝けるようにするのが侍女の役目なのよ?」
「な、何のお話でしょう?」
「いいわ!お姉様が貴女を素敵な淑女にしてあげましょう!!」
ラグナーラお姉様はそう言って、目をキラキラさせながら立ち上がり、メイシーの腕を引いて立ち上がらせ、ガゼボを出てノアのもとに向かった。
「ノア!ちょっと今からメイシーの衣装部屋に行きたいわ!それからお化粧道具も揃えてくれるかしら?本当なら湯殿でみっちり体を磨きたいところだけど、出かける予定も考えると、そこまでの時間はないもの。着替えと化粧と髪飾りだけで、あっという間に時間が過ぎるだろうから」
「かしこまりました、ルデルニエ子爵令嬢」
ノアはそう言うと、腕を組んで歩くラグナーラお姉様とメイシーの前を歩き始めた。
「えっ?お出かけするのですか?」
「当たり前よ!王宮の狐や狸たちに、目にモノ見せてやりましょう!!!」
ラグナーラお姉様の闘志に燃えるその瞳に、メイシーは、言い知れぬ不安を抱いたのであった。




