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たしなみ26


騎士の方々との話が一段落したあと、ドメル先生達がやって来た。



「……!殿下!ご無事でしたか!」


ドメル先生が殿下のもとへ足早に近寄った。


メイシーのもとには、ミッティ先生が目を輝かせて駆け寄って来た。



「さっきの光の魔術、アンタ?」


「は、はい……そのようです」


「やっばいね!ちょっと森で遊んでたんだけど、アタシのところにまでパアーッて!」


「森の入口付近の瘴気が、完全に霧散した。低位の魔獣が、森の奥に後退していったぞ!」


「ね!すっごかったねー!」


ミッティ先生に加えて、ヒューバート先生も、驚き興奮した様子でメイシーに詰め寄った。



「まぁ……!では、そこそこ広範囲に光の魔術が届いたのでしょうか。騎士の方々のお手伝いができたなら良いのですが」


「おいおい……君の手伝いの概念は、規模がおかしくないか?」


ヒューバート先生が、苦笑いになった。



「殿下」


ドメル先生が殿下に声をかけた。



「ここは森にほど近く、魔獣がいつ溢れるかも分かりません。マクレーガン侯爵令嬢にとって安全とは言い難い。我々の任は、彼女を護衛すること。殿下がご回復なさった今、彼女を王都に連れ戻らねばならないと考えております」


「ああ。それが良いだろう……メイシー」


殿下はメイシー達が話している間に黒い軍服に袖を通していた。

呼ばれたメイシーは、殿下の方に近づいた。



「今回は其方が来てくれて助かった」


「お役に立てて良かったです」


「……だが、もう失態は犯さん。王都で安心して待っていてくれ」


「……はい!」


サッと抱き寄せられ、軽く抱擁をした後、殿下は颯爽と天幕をあとにした。


皆の前での抱擁が少々恥ずかしかったものの、一瞬だったので何とか耐えられた。


天幕の外では、殿下を待ちかねたように、騎士達が殿下に侍り、次の策を講じ始めたようだ。



(やれることは、やったよね)


メイシーは、ホッと一息つき、先生たちのほうに振り返った。



「もうちょっと遊びたかったなぁ」


ミッティ先生は不満顔だ。



「瘴気の濃い沼地は、たしかに難易度が高いが、入り口付近で中位や高位の魔獣数体を相手にする程度なら、俺達にとっては素材集めの良い狩り場だもんなぁ。騎士が倒した魔獣からは、心臓はまず手に入らんし」


ヒューバート先生も、このまま帰るのはもったいない……という気持ちらしい。



(入口から光の魔術を行使すれば、少しでも瘴気を減らせるかしら。そうすれば、殿下がラクになるかなぁ)


「ドメルせん…」


「駄目だ」


ドメル先生に食い気味に断られた。



「まだ何も言っておりません」


メイシーは、口をとがらせてそう言った。



「言われなくとも、君の考えは大体予測がつく。森の入口であっても、瘴気の発生源の近くであることには違いない。どんな危険が起きるか分からない。そんな場所へ自ら出向くなど、私は絶対に許可しない」


「かったいなぁ〜ドメルは。このコなら大丈夫じゃん?アタシらもいるんだしさ」


ミッティ先生のその言葉に、ドメル先生はカッと目を見開き、目力強くこう言った。



「お前は!何も分かっておらん!!いいか?メイシー・マクレーガンに傷一つでも付けてみろ。殿下からどれだけ恐ろしい仕打ちがあるか……!」


ドメル先生は、想像だけで途端に顔色を悪くし、眉間のシワを深くした。



「お前は知らんのだ、ミッティ。前にメイシー・マクレーガンを倒れさせてしまったときには、私は自分の命の危機を感じたんだ……!この娘を軽々しく扱えば、もれなく我らには死が待っているんだぞ……!」


「あー……。まぁ、殿下がこんなに入れ込んでるとはなぁ。それなら俺は、交代で狩るのがいいと思う。メイシー嬢にはここで護衛二人と残ってもらってさ」


「それじゃ、ヒューが後から行くわけ?アンタより後に行ったら、もう大したモノ残ってないじゃんか!」


ミッティ先生がムッとしてヒューバート先生に詰め寄った。



「もちろん俺が先だ」


「話になんない!!」


二人はバチバチと目に火花を散らして睨み合っている。



「ドメル先生……」


メイシーは、困ってドメル先生を見た。

ドメル先生は、眉間のシワはそのままに、頭が痛いといった様子で目を閉じている。


「……こいつらを放って先に帰るのが良策だ。少し護衛は手薄だが、行きの遭遇率程度であれば、私一人でも問題あるまい。……念の為聞くが、君はどうしたい?」


メイシーはチラリとドメル先生を見上げた。



「……私も、森の入口へ向かいたい……と申せば、ドメル先生はお困りでしょうか?入口から光の魔術を行使すれば、森の中ほどまで、光が届くでしょうから」



ドメル先生は頭を抱えた。


「何故だ?オーディンは人選を間違えた。何故、1つのチームにまとめてはいけない人間が今ここに集った?」


「ドメルって、ちょくちょく失礼だよね?ヒューは確かに、団体行動苦手そうだけどさ」


「お前よりマシだ」


「ミッティ、総合的には、君が一番危険だ」


ミッティ先生が、そのドメル先生の言葉に、さも不満げに、口をへの字に曲げている。

ヒューバート先生はシラッとした目でミッティ先生を見つめ、ドメル先生もヒューバート先生側から話に加わっている。



「……あの、お話は済みましたでしょうか?」


メイシーがそう言うと、ヒューバート先生とドメル先生は顔を見合わせて頷き、こう言った。



「「君は規格外だ」」


「ふはっ!」


ミッティ先生は、お二人が息ぴったりにお話されるのを、コロコロと笑いながら聞いていた。


「……今少し貶された気がいたしますが、残念ながら、私は前科があるので、あまり強く否定することができませんわ」


メイシーは、ふぅ、とため息をつき、困った顔になった。ドメル先生が、意外そうな表情になり口を開いた。



「自覚があるのなら、一歩前進と言えるのか?……まあ良い。少しでも危険を減らすため、メイシー・マクレーガンと私は、できるだけ騎士の多い村に留まる。二人には半刻ほどやるから、好きに狩ってこい。時間になればこちらに一度戻るのだぞ?その後、全員で森の入口に向かい、彼女に光の魔術を行使してもらおう」


「はぁーい!」


「うし!」


ミッティ先生とヒューバート先生は、意気揚々と天幕を出ていった。

ドメル先生とメイシーも、ガランと人が居なくなった救護用の天幕をあとにし、騎士たちがせわしなく行き交う本部基地の天幕のあたりで、時間を過ごすことにした。


殿下達は早々に沼地に赴いており、ここには限られた部隊しかいないと、ドメル先生が教えてくれた。






30分が経過し、ヒューバート先生が現れた。



「雑魚の処理が面倒だったが、キマイラとミスリルドラゴンを狩れた。目当ての心臓も、傷付けずに採れた」


ヒューバート先生は、ほくほくと戦果の革袋をこちらに掲げた。



しかし、それからしばらく待ったものの、ミッティ先生が現れない。



「……何かあったのでしょうか?」


メイシーは、心配になってきた。ドメル先生がそれに答えた。


「危険があれば、救難信号を出すはずだ。ミッティは元冒険者だからな。それくらいの知識は持ち合わせている。……何の報せもないのが気になるな」


と、その時。



ドドドドドド………!!



地響きのような音とともに、地面が小刻みに揺れだした。



「なんだ!?」


ドメル先生とヒューバート先生が、サッとメイシーを守るように背に隠し、周囲を伺う。



「ひゃーー!!!」


そこへ、ミッティ先生が赤いポニーテールを揺らしながら全力疾走してくるのが見えた。



「ミッティ!!」


「どうしたんだ!?」


ドメル先生たちが叫ぶと、ミッティ先生がピョン!と高く跳躍し、大声で叫んだ。



「ウロボロスだーー!!!」



「「!!??」」



ミッティ先生の跳躍した辺りから、土がどんどん盛り上がり、その部分を中心にするように、地鳴りと揺れが激しくなってきた。


ミッティ先生は、空中でくるりと前転すると、ドメル先生たちのもとへと着地し、3人でメイシーを守るようにして盛り上がる土に対峙した。



「ごめん、撒いてくるつもりだったのに、振り切れなくて連れてきちゃった☆」


「おま……!ふざけるな!!」


「来るぞ!!」


ドメル先生とヒューバート先生は、ローブの下からスラリと細長い剣を抜き、ミッティ先生はサッと特徴的な曲刀を抜いて臨戦態勢に入った。


天幕からは、すでに騎士たちがすべて外へ出てきており、ドメル先生たちを含めて、全員で、魔獣の出現位置を中心にぐるりと円状に並び、それぞれ戦闘にかかれる態勢になっていた。



ゴゴゴゴゴ!!



土が盛り上がり、地面が割れて勢いよく赤い大蛇が飛び出した。


割った地面からできた岩の(つぶて)が、近くの天幕や騎士たちに降り注いだ。


ヒューバート先生が、メイシーに覆いかぶさるようにして、礫から守ってくれていた。


舞い上がる土埃と降り注ぐ土砂のせいで視界が悪い。


と、それを利用するかのように、大蛇がメイシー達めがけて襲いかかってきた。



「シャァァーーー!!」


大きく裂けた口を開き、口から覗く鋭い牙で獲物を捕らえようと、赤い大蛇の頭が喰らいつくように飛び込んでくる。


ドメル先生が咄嗟に左に跳び、大蛇の右顔に剣で一撃を喰らわせた。


そのせいでウロボロスは動きを止められたものの、金色の眼球に細長い黒い瞳孔をした蛇眼は、ドメル先生ではなく完全にメイシーのほうに向いている。



(こ、こわい………!)


まさに蛇に睨まれた蛙のように、立ちすくむしかできないメイシーの前で、ヒューバート先生が詠唱を終えた。



「水の神チャウチルトリクエに告ぐ。うねる滝柱よ、目の前の蛇を押し流せ」


ヒューバート先生の掲げた左手から、渦のようにうねる水流が、ドッ!と勢いよく放たれた。


ウロボロスはドメル先生の一撃で一瞬動きを止められたため、ヒューバート先生の詠唱への反応が遅れ、水塊を顔面からまともに受けて、後方に弾き飛ばされた。



「ドメル、この場の指示はあんたが出せ。俺とミッティは、メイシー嬢を守るため南下する」


「相分かった」


ドメル先生とヒューバート先生、ミッティ先生は瞬時に認識を合わせ、移動を始めた。

恐怖に足がすくんで動けないメイシーを担ぎ、ヒューバート先生が天幕から離れるように、村の広場の反対へと駆け抜ける。


ミッティ先生はその後に付き、ウロボロスが体制を立て直してこちらを追ってくるかを確認しつつ、足のホルスターから細長い筒のようなものを取り出した。



「火よ」


ほんの小さな炎でその筒の端に火をつけ、ミッティ先生は一旦立ち止まり、バッと上空目掛けてその筒を放り投げた。


パン!パン!


筒は空中で乾いた音と共に弾け、赤い煙が噴き出した。



「これでもう殿下に怒られるのは確定だな……」


ヒューバート先生は、やれやれといったふうにつぶやき、メイシーを荷袋のように担いだまま、風のような速さで村を南下していった。




一方、獲物に逃げられたウロボロスは、悔しそうに甲高い声の雄叫びを上げたあと、すでに陣を組んで待ち受けているドメル先生のもとへやって来た。



「東の2隊、前へ、盾準備!西の2隊、後方で詠唱待機!」


ドメル先生の掛け声と共に、騎士たちがそれぞれの持ち場で攻撃態勢に入った。


ドメル先生は、右手に剣を構え、前方の騎士のさらに前で、ウロボロスの初動に備えている。


行く手を阻まれて怒っているウロボロスは、後方から素早く尾を振り、まず盾で武装する騎士たちを、横から勢いよく薙ぎ払った。


太く重たい尾の激突で、騎士が3名大きく吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた。


続けざまにウロボロスは、グワッと騎士たちに顔から迫り、体制を崩した前方の騎士を喰らおうと鋭い牙を突き立てた。



ガキン!


ドメル先生が、騎士たちを守るように前に立ちはだかり、大きな鋭い牙を、自身の剣で受け止めた。


しかし物理的な力の差は大きく、受け止めきれたのも束の間で、大蛇はドメル先生に噛みつき、体を持ち上げて空中からドメル先生を投げ飛ばした。



「うぐっ……!」


ウロボロスは、まだ体制を崩して立て直せないでいる騎士たちに、ここぞとばかりに口を開き、赤い炎の玉を吐き出そうと体を上に持ち上げた。


ドメル先生は天幕の裏まで投げ飛ばされたが、すぐに体を起こし、騎士たちのほうへ戻ろうとした。大蛇の口に入れられたが、幸い鋭い歯には刺されずに済んだのだ。


しかしその足に激痛が走った。



「……くそ!」


投げ飛ばされ、地面に落とされた時に、運悪く岩の上に足をぶつけ、うまく立ち上がることが出来なかった。



「全隊、下がれ!炎をまともにくらえば危険だ!!」


ドメル先生は天幕の裏で、焦って必死に騎士たちに声をかけた。このままでは騎士たちを守れない、最悪の事態がドメル先生の頭をよぎった。


その時。























「……なぜお前がここに居る?ドメル」



ハッとしてドメル先生が振り向くと、漆黒の鎧姿の殿下がヘルメットを捨てながら近づいてくるのが見えた。

転移を使って、1人、殿下は沼地から救難信号のもとへやってきたのだった。

エメラルドグリーンの瞳は、今は燃えるような炎を感じさせ、有無を言わせない威圧感を醸し出している。



「……申し訳ございません、殿下……」


「謝罪は要らん。メイシーはどこだ」


「……ヒューバートが、連れて逃げました」


「沼地にも1体ウロボロスが居たが、今私が倒した。……あれはつがいだな」


「……奴は、彼女を、まっすぐに狙いました。魔力の高さを感知して、形振り(なりふり)構わず突進してきました」


「………ほう」


殿下の纏う空気の温度が、一気に下がった。



「思い知らせてやろう。……どちらが捕食者なのか」


殿下は魔力を立ち昇らせながら、自分の存在を誇示するようにして、天幕の裏から広場へと向かった。


途中、足を止めてドメル先生のほうに少し振り向き、軽く手を振った。


すると、ドメル先生の体は光の魔術で回復し、足の痛みは消えた。



「メイシーを追え。お前の命に代えても彼女を守れ」


「……は!」


ドメル先生はサッと立ち上がり、振り向かずに駆けていった。





天幕を挟んで広場の一帯は、すでに炎に包まれていた。

ウロボロスの赤い皮膚は、炎の色で、より赤みを増していた。



「お前がメイシーを狙ったのか」


殿下は広場の中央で、尾を使い、騎士を執拗に投げ飛ばしている大蛇に声をかけた。


金色の瞳をギョロリと動かし、殿下を強い獲物と認めたウロボロスは、騎士を捨てて炎の中をするすると進んできた。


殿下がサッと腕を掲げると、炎はみるみる小さくなり、すべて消え失せた。


煙の漂う焼け野原では、騎士たちがぐったりと横たわっていた。



「手早く片付けてやる。………お前のつがい同様にな」


殿下のその言葉を理解したのか、ウロボロスは甲高い雄叫びを上げ、威嚇するようにグワッと頭から殿下に近づいた。


ウロボロスの頭突きを難なく避けて、殿下は振り向きざまに素早く剣を抜き、ウロボロスの左目に裂傷を与えた。


痛みに叫ぶような声を上げ、ウロボロスが頭を左右に振った。


しかしすぐに体を持ち上げ、開いた口に炎をため始めたウロボロスを見て、殿下は軽々と飛び上がり、ウロボロスの頭上高くで剣を構えた。


今、メイシーの魔剣は、ウロボロスの炎を反射して黄金に輝きを放っている。


炎はすぐに十分な大きさになり、すでに空高くから落下し始めた殿下目掛けて、ウロボロスは巨大な炎の塊を一息に吐き出した。


赤い炎の威力は凄まじく、触れればひとたまりもないように思われた。


だが殿下は強力な風の魔術で炎から身を守り、バチバチと雷のような光の魔術を掌に集めながら、大蛇の頭から真っ直ぐに剣を振り下ろした。



「ギャァァァァ!!!」



裂かれる瞬間、断末魔の叫びを上げ、頭からばっさりと一刀両断されたウロボロスの体が、ズシンと音を立てながら地面に倒れ込んだ。


心臓まで真っ二つにされた大蛇は、二度と起き上がることはなかった。


殿下は辺りの騎士たちに光の魔術をかけて回っていたが、少々魔力を使いすぎたようで、体が重たくなり、地面に膝をついてしまった。


魔力切れのサインに抗おうと、必死に立ち上がろうとした殿下だが、その意思に反し、目の前は暗くなり、耐えきれずにドサリとその場に倒れ込んだ。



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