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これはたしなみの範疇です!  作者: ptw
第一章

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たしなみ17


翌日。


メイシーは朝寝坊をしてしまったものの、昼前ごろから実験室に出かけていった。

実験室には、ラグナーラお姉様やヨゼフ様のほか、ドメル先生、ワナン先生、ユユメール先生、バーサ先生にミッティ先生が居て、もう慣れた様子で盾に加工を施している。

ほんの少しの実演で、もう魔術の感覚を理解できる棟官たちは、やはりかなりの能力を持っているのだな、とメイシーは感じていた。


すると、ラグナーラお姉様が、メイシーの来室に気がついた。



「あら、ごきげんよう、メイシー。昨夜は遅くまで頑張っていたのね?随分たくさんの盾があったので、朝持ち出しに来た騎士たちが驚いていたわよ」


「ごきげんよう、ラグナーラお姉様。昨夜はちょっと、居ても立ってもいられず……。どうしても盾作りに打ち込みたくて」


ラグナーラお姉様は、メイシーのその言葉に、何やら感じるものがあったらしく、じっとメイシーを見つめてこう言った。



「貴女、いいことがあったのね?そうよね?」


「えっ、そんな……」


「いつの間にか少し乙女の顔になっているわ」


ラグナーラお姉様は、ふふふ、と笑って、メイシーの頬をツンツン、とつついた。


メイシーは、何と答えてよいのか分からず、少し顔を赤くして苦笑いしてしまった。


そこへ、ヨゼフ様が待っていたとばかりにメイシーのもとへやって来た。



「メイシー嬢。今朝、殿下から報告書が届いたんだ。騎士団での盾の利用で、面白い所見があるよ」


ヨゼフはメイシーに話したくてたまらない様子で声をかけてきた。その表情から察するに、何やら良い内容だと思われた。



(昨日は結局、お話を聞く前に帰ってしまったから……。きっとその話ね?)


メイシーは、数枚に渡るレポートを受け取り、サッと目を通した。



「……えっ」


「ふふ、驚いたでしょ?僕もだ」


「ヨゼフ様、何でしょうか……この、火の神の加護があった、という記述は?」


レポートには、先に導入したミスリルドラゴンの盾の利用者のうち、数名に、火の魔術の攻撃に対する耐性が備わった、と書かれている。


「盾を利用した方自身に、火の魔術への耐性が付いたということですか?使っただけで……?それは本当なのでしょうか?」


「詳しくは騎士団に聞きたいところだけど、書かれていることから察するに、盾を利用し続けた騎士のうち、盾との共鳴が起こった者がいたようだ。火の魔術で何度も打ち込まれ続けた騎士が、灼熱の中から重症を負わずに生還できたと書いてあるからね」


「そんなことって、あるのでしょうか……?」


「ほう、実に興味深い話じゃ」


ヨゼフの解説に半信半疑のメイシーが、ちょうど今しがた到着したらしいオーディン翁に、後ろから声をかけられた。



「オーディン先生、これは盾の効果ではなく、騎士本人の素養や特殊な環境からの影響ではないのでしょうか?」


メイシーは、このレポートの話が飛躍している気がしてならなかった。



「ふむ……しかしそれだけでは説明できまいよ?これまで魔石を埋め込んだ装備品で同じように戦っていたはずの騎士たちが、揃いも揃って、この新しい盾の導入後に火の耐性が向上するとは考えにくい」


メイシーとヨゼフは、オーディン翁の話にじっと耳を傾けた。



「魔石を埋め込んだ装備品は、耐久性がかなり劣っていたのじゃ。なにせ、金属、魔石、あるいは木や皮など、接合部分だらけで、あまり効率の良い作りではなかったからの。続けて戦闘で使用できる時間は限られておった。

じゃが今回の盾の場合、ピッタリと表面全体に魔獣の特殊な素材を付着させるので、耐久性がグンと上がり、使用できる時間がかなり長くなっておる。かつ、魔石を埋め込んだ盾と同等か……それ以上の魔術抵抗力が付与されている状態なので、騎士が火の魔術による攻撃に、長時間さらされても存命できる可能性が上がったのじゃ。

一定の攻撃に耐えた者は、火の攻撃から多くの経験値を獲得するため、火の神の加護がもたらされた、ということじゃろうな」


「なるほど……」


(私は今まで武器なんかには全く関心がなかったから、攻撃に、より長く耐えるだけで、そんな効果が現れるなんて知りもしなかったわ)


「私もその報告には驚いた」


ドメル先生が、いつの間にか近くで話を聞いていた。



「かつて戦場で、何度も魔獣の攻撃に耐えきった者の中には、神の加護がもたらされた者もいたと聞く。私の代では経験がなかったが、騎士団の数百年の歴史には、そのような者もいたと伝えられている」


メイシーは、ドメル先生の今の話で、引っ掛かりを感じた。



「えっと、ドメル先生の代、というのは……?」


「メイシー嬢。ドメル教授は元帝国騎士団総副団長だったお方だよ。教授は魔術にも明るかったので、より多くの騎士を支援できるようにと、土の魔術の研究者になって、武具や防具の改良に携わっておられるんだ」


(なんと!)


「なんじゃ、お主、ドメルのところの研修生のくせに、そんなことも知らぬのか?」


ヨゼフ様とオーディン翁にそう言われて、メイシーはびっくりした。



「も、申し訳ございません!存じ上げませんでした……」


「昔の話だ。今は、君と共にこの防具に携われる幸運に恵まれた。改めて礼を言いたい」


「そんな!こちらこそ、いつも助けていただいてばかりで……」


メイシーがそう言うと、ドメル先生は片眉を上げて言葉を返した。



「なんだ?君にもそんな殊勝な気持ちがあったのか?」


「……!!じ、自分の至らなさについては、ある程度は……自覚しております!」


ドメル先生、オーディン先生、ヨゼフ様は、そのメイシーの言葉に、可笑しそうに声を立てて笑った。



「なぁに?楽しそうな話じゃない?」


「ユユ聞こえた。びっくりした」


「これは、今後は盾の利用で、より多くの騎士が命を救われるでしょうな」


「アタシが騎士団に行って、火の魔術をぶつけてあげれば、騎士が丈夫になるってこと?そうだよね?」


バーサ先生、ユユメール先生、ワナン先生、ミッティ先生が、興味津々で話の輪に加わった。彼らの会話に対して、ドメル先生が返答した。



「ミッティ。それについては殿下が検証済みだ。私が選んだ騎士数名を、盾を装備させた状態で、殿下の放つ火の魔術にくべてみた。全員とはいかなかったが、そのうち数名は加護を得られた。しかし、殿下のあまりにも高出力の火の魔術に、盾が数枚破損してしまったのだがな…」


ドメル先生は、眉間にシワを寄せ、残念そうに頭を振った。



(ドメル先生……!くべてみた、って。燃えるゴミじゃあるまいし……!あと今、盾が破損して残念そうにしてるけど、騎士の方のことは何とも思ってない感じよね?騎士の方に、体を張らせ過ぎじゃない……?)


メイシーは、騎士団の恐ろしい実態を聞き、冷や汗を流した。



(これは、殿下の魔術にも耐えられる防具を作って差し上げないと……。騎士の方が命を落としかねないわ……!!私がこんな防具を作ったばかりに……!!)


心のなかでメイシーは、可哀想な騎士団の方々へ謝罪しつつ、迷惑をかけたお詫びに、さらに良い防具を差し入れなければ……と強く決意したのだった。









こうして一週間が経過した頃、盾の合計数がようやく、約束の1万枚にまで残すところあと数百ほど……という数に達した。


メイシーは、殿下とは、あれ以来会えていなかった。

殿下は、帝国から離れた各地の森を見て回り、瘴気の状態を自ら観測し、スタンピードへのあらゆる備えを急ピッチで進めていると人づてに聞いた。


お父様との定期的な連絡も、お父様からの返事が滞りがちになった。


お父様は、殿下がメッキ事業を担う際に、これまでの王都の下水道整備事業から、帝国全土の主要道路の整備事業へと担当を鞍替えしていた。


今はお父様も、殿下と同様に、魔獣戦への補給経路の確保や道路の整備、騎士たちの食料等の支援物資の準備などで忙殺されており、事態が急速に悪化していることを物語っていた。





……数日後。


帝国北東部の森の瘴気が、いつスタンピードが発生してもおかしくないレベルにまで強まった、という警報通達が、帝国全土に発信された。



(……いよいよ、なのね……!)



メイシーは、通達が広まって以来、連日連夜の作業に当たった。

教授陣たちも、昼夜問わずに、1枚でも多くの盾を作るべく、皆が一丸となって盾作りに集中した。



(武器にまで手が回らなかったのが本当に悔やまれるわ。大量発生が、もう少し後ろにずれてくれたら良かったのに……)


メイシーは、疲労と睡眠不足でクタクタではあったものの、ドメル先生に頼んで、一本だけ持ち運んでもらった、白銀の剣に向かい合った。


できるかは分からないが、これに、初めての方法でのメッキ加工を施してみるのだ。


集中したいため、大実験室から離れて、最初にメイシーに与えられた実験室に一人でやってきた。

ガランとした部屋には、椅子も机も無く、メイシーは、持ち込んだ荷物をその場に下ろして、一つずつ確かめるようにして布袋から取り出していった。



(今回殿下は、最前線に向かわれるのよね……)


王都の護りは、現国王陛下が担う。


そのため、現在、殿下の部隊は、最も被害が大きくなると思われる帝国北東部の町に駐屯していると聞いた。


メイシーは、魔獣の素材のことには多少知識があるものの、魔獣の倒し方は、正直に言えばほとんど知らなかった。


殿下が前線に向かわれると聞き、討伐に関する本を読んでみたのだが、魔獣には、魔術が全く通用せず、剣やその他武具での物理的な攻撃でしか倒せない種もあると知り、驚いた。



(つまりこれを作れば、少しは殿下の役に立てるということよね。……今から作って、騎士の方たちの盾と一緒に運んでもらえば、数日後には、殿下の手に渡るわよね?)


メイシーは、これからぶっつけ本番で、初めての方法で剣に素材のメッキ加工を施してみることにした。本当なら小さなサイズで試作をしたり、低位の魔獣素材から試すべきなのだが、今はもう、そんな時間も、自分の体力も無いのだ。



(……どうか、うまくいきますように)


メイシーは、気合を入れて、メッキ加工に挑んだ。


メイシーの足元には、ミスリルドラゴンの鱗、グリフォンの羽根、マーメイドの鱗、ゴーレムの心臓、そして光の魔術が込められた魔石が、メイシーをぐるりと囲うように、円形に置かれている。


手元には、スラリと長く伸びた、白銀の剣。しなやかな見た目に反して、メイシーのような子どもが持つには、少し重さを感じる代物だった。




メイシーは意識を集中して、まず剣を水、風、光の魔術で清めた。



(ここからが、勝負ね……!!)


メイシーの足元の素材を、1つずつ煙にしていく。



「ミスリルドラゴンの鱗よ、煙となれ」


「グリフォンの羽根よ、煙となれ」


「マーメイドの鱗よ、煙となれ」


「ゴーレムの心臓よ、煙となれ…」


すでに、メイシーの額からは、ツウっと汗が伝っている。



「光の魔石よ、煙となれ」


メイシーは、それぞれの煙を、今度は全て溶かして混ぜるようにイメージする。



「……すべてを一つに」


ゴッ、と腕に重みがかかり、煙同士がメイシーを中心とした渦に飲み込まれまいと、反発し合って暴れ出す。



「……っ」


反発した煙は嵐となり、メイシーは(やいば)のような烈風に巻き込まれ、重たくて激しい圧力に全身を襲われた。


それでもメイシーは、負けまいと、剣を握る腕を胸元まで持ち上げた。






「粒子よ、ひと粒も残らず、剣へ纏え!!」








激しい轟音と光、潰されそうな風圧、焼けるような温度……。


手だけは離すまいと握りしめた手のひらに、ドスン!ドスン!と何度も煙は反発し、衝撃を加えてくる。



(……離しちゃダメ!絶対に一つにするのよ!)


メイシーは、激しい衝撃に体を揺さぶられながらも、何度も何度も、ギリギリのところで持ちこたえた。



(殿下はきっと、一番つらい場所に行くはずだから。これが少しでも……)


メイシーが今考えているのは、これだけだった。手の中の刃が、殿下を守るように、と……。


衝撃がすべて止み、最後の一陣の風が剣を吹き抜けた瞬間、メイシーは耐えきれず、腕を離し、剣と共にその場に倒れ込んだ。




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