たしなみ16
自分ではどうしようもないことで、大きく気分が落ち込むときは、実験に没頭するに限る。
……これは前世の頃からの、私のストレス対処法だ。
メイシーは、すでに深夜を回った時刻だが、大実験室で、ひたすら盾を製作していた。
(……今夜は徹夜で作る)
どうせ妙なことを考え出して、まともに寝られそうもないのだ。それならば、有効に時間や魔力を使ってしまったほうが良い、とメイシーは思った。
お昼間、メイシーは混乱したまま森を走り回ってしまい、ノア達の待つところとはかなり離れた場所に出たため、通りかかった学園馬車に乗り、先に一人で自室を目指したのだ。
ノアには指輪でメッセージを送り、寮で落ち合うことにした。
ノアは、帰宅後に、メイシーがひどい顔で抱きつくものだから、また何か殿下に望まないことを強要されたのかと疑い、しばらく暗器を片付けてくれなかった。
メイシーが「バカって……言ってしまったの……」と、ポツリと呟くと、何やらとても機嫌を良くし「もっと罵倒すれば良いのです」などと、不敬なことを言い出す始末だった。
「……はぁ」
集中力のいる作業をこなしながら、ふとした瞬間に、殿下とのやり取りを思い出して、ブンブンと頭を振る。
そんな調子で、メイシーは、何度目なのか分からないため息をついた。
(今夜はとことんまで盾を作り続けよう。魔力が尽きたら、自然と眠れるし)
本当は、魔力が尽きるまで魔術を行使してしまえば、翌日は丸一日、休息を取らねばならなくなるのだが……。
メイシーは、お構いなしに、自分で盾を並べて、素材を加工して……という作業を、すでに数十回は繰り返していた。
「……なんだ、ここに居たのか」
ドキン!
背後から、一生懸命頭から追い出そうとしている相手の声が聞こえた。
声から数秒遅れて、スッと、手紙の魔術の化身の小鳥が飛び込み、メイシーの頭に止まって紙の手紙に変化した。
「グレンから、其方がまだ帰寮していないようだと聞いたので、手紙の魔術のあとを辿って転移してきた」
メイシーは、背後でコツコツと、靴音が近づいてくるのを聞いていた。
「………」
「すごい量だな。これは全部其方一人で作ったのか?見上げた根性だ」
「………」
「それに引き換え、棟官共はなぜ一人も実験室に居らぬ?存分に腕を振るえと命じたはずなのだが」
「………」
「其方は夜はいつもこんな時刻まで起きているのか?成長期だろうに、体に障りが出たらどうする」
「………」
「メイシー」
「………」
「振り向いてくれないのか?」
メイシーは、殿下にそう問われて、肩を震わせた。
「……私のことは、どうか放っておいてくださいませんか、殿下」
メイシーのその言葉に、靴音はピタリと止まった。
「なぜ?」
「……私、気絶したり、殿下にバカって言ってしまったり……。貴方と関わると、自分が……お、おかしくなるのです……」
「……ふ」
「わ、笑い事ではなく!」
メイシーはぐるんと後ろを振り返り、キッと殿下を睨んだ。その拍子に、手紙がひらりと頭から落ちた。
「わ、私!魔術や魔術具や、実験や研究のことしか頭にありません」
「ふむ」
「これまで、そんな私でも、お父様やお母様やノアは、受け入れて……自由にやらせてくれました」
「……そうか」
「正直、私には……淑女らしい姿を求められても、うまくできないし、興味もないし……。と、とにかく!私には……そう、自信が……ない、のです」
「なるほど」
「貴方と関わると……自信がないうえに……さらに、輪をかけておかしくなってしまう……のです」
「だから私とは関わりたくないと?」
「………」
殿下は近くの椅子に座り、ふうっと息をついてメイシーを見つめた。
「其方は、要は后という立場に不安がある、ということかな?」
「えっと……自分には全く向いていないかと」
「そうかな……。しかし、其方が思い描いている后が、私の望む后とは限らないぞ」
「………」
「私は其方が好きなことを止めさせたいとは思わん。やりたいようにやれば良いと思う。多少公務に付き合う必要はあるだろうが、其方の意思を尊重したいとは思っている」
「……そうですか」
「其方が自由を制限されることに、大きく不安を抱いているのは分かった。私は其方を后とするために、その不安をできる限りなくすことを約束する」
「そ、そう……ですか?」
「次に、其方の自信が不足しているという件だが」
「………」
「それは私が愛を囁いて、其方をもっとその気にさせたほうが良いという意見なのか?」
「違います!!全然違います!!」
メイシーは、殿下のびっくり発言を全力で否定した。
「では其方は、自分には何が足りないと感じているのだ?美しさか?教養か?」
「りょ、両方……です。ついでに、淑女らしさと言いますか、女性らしさと言いますか……。それも、です」
「ふーん、なるほど。美しさだが、私は全く問題ないと思っている。其方の青い瞳はとても美しいし、その濃い茶色のツヤツヤした髪もきれいだ。真剣な様子で実験に取り組む姿も、可愛らしいと思う」
(……これは一体、何の羞恥ゲームなのかしら……?)
「成人する頃には、背も伸びて、美しい姫になるだろう」
「そ、そう……でしょうか」
「教養は、全く不足がないどころか、其方はレナルドと共に数々の事業に関わっているではないか。民の様子や市況にも明るく、そのうえ……。其方は階級に関係なく、どの者にも優しい、よい娘だと、其方の屋敷の者は、皆一同口を揃えて、そう言ったそうだ」
「ま……まぁ!我が家の人間は、皆、親切ですから」
「そうか……。最後の女性らしさだが、そんなものは今の其方を見ていれば、勝手に身に付くと想像できるが?」
「そ、そうでしょう……か?」
「ああ。断言しても良い」
「………」
「どうだ?これで其方の自信がない理由が無くなったが、満足できたか?」
殿下はそう言って、微笑みながらメイシーを見つめた。
メイシーは、殿下の瞳に見られると、居たたまれない気持ちになるのだが、それはどう解決したら良いのだろうか……と思った。
「最後に、おかしくなる、という件だが」
「………!」
「私を男として意識しているからだろう。二人きりの時は、そのままで構わない。私も、其方の負担にならぬよう、あまり人前で其方に構いすぎないように善処しよう」
「………!!」
「さて、こんな夜更けにいつまでも起きていては良くない。立派な大人になりたいのなら、子どものうちは夜は眠ることだ」
メイシーは、こんなに恥ずかしい話に一つずつ解説されて、自分の思い詰めていたことが、何だかとても馬鹿らしいような気持ちになってきた。
(それにしても殿下って、こんな馬鹿馬鹿しい話に、よく付き合ってくれるわ。きっと根はとてもいい人なのね)
「あ、あの、殿下。ありがとう、ございます……」
「良い。気にするな」
そう言ってきれいな顔で笑う殿下に、メイシーは、やめた方が良いとは分かりつつも、やっぱりドキドキとしてしまうのだった。
「殿下は……まだご公務の最中でしたでしょうか?私にも休むよう仰られるのでしたら、殿下も一緒にお休みくださいませ」
「……ふ。そうだな。其方にそう言われるのは、グレンとは違って、嬉しいな」
「まぁ。グレン様にも?殿下のことをご心配なさっているのです」
「あいつは、ただ自分が休みたいだけだ」
「あら、ふふ」
「……其方に言われると、共寝に誘われているように想像してしまうな」
「……!と、共寝……!?」
「安心しろ。私は其方の成人までは手は出さない。私の倫理にもとるからな」
「………!!!」
メイシーは顔を赤くして、最後までありとあらゆる爆弾だらけだった会話を終えて、殿下の転移で寮の自室の扉の前に帰ってきた。
「おやすみ、メイシー」
「おやすみなさいませ……ジョイス……様」
そう言うと、殿下は驚いたように目を見開き、照れたように笑った。
「ずるいぞ、名を呼ばれるのは嬉しいが、其方と離れがたくなる」
「……ふふ」
最後に少しだけ、借りを返せたような、いたずらが成功したような気持ちになって、メイシーは密かに嬉しくなった。




