たしなみ15
その夜、メイシーが自室で本を読んでいると、手紙の魔術の化身である半透明の小鳥が窓からサッと入ってきた。
メイシーが手を伸ばし、鳥を受け止めると、鳥は姿を変えて手紙になった。
「騎士団の実演はなかなか面白かった。
明日其方に会って直接話したい。
あの森を覚えているか?
昼食前にグレンを遣わすので、来てほしい。
ジョイス」
殿下からの手紙に目を通し、メイシーは引き出しから便箋を取り出し、承諾の返事を書いた。
(騎士団で面白いこと…何かしら?)
メイシーは、自分たちの作った盾がどれくらい役に立っているのかと、少し期待しながら眠りについた。
翌日、メイシーは朝は自室で過ごし、グレンがやって来ると、ノアと二人で彼のあとをついて出かけて行った。
女子寮は学園の北西に位置し、南東側に広がる森へは、距離があるため学園馬車を利用した。
今回は3人で車内に乗り込んだ。
「メイシー嬢、お加減はその後いかがでしょうか?」
グレンが、心配そうにそう聞いた。
「あの……グレン様。先日は、突然気を失い、お見苦しいところをお見せしてしまって失礼いたしました」
メイシーは、グレンの言葉に、少し顔を赤くしながらそう答えた。
「お嬢様が謝罪なさる必要は、全くございません」
ノアが、珍しく人前でトゲトゲした態度をとっている。
(普段は私の後ろから絶対に出てこない子なのに。……この前の昼食会の移動で、二人は同じ馬車だったから、仲良くなったのかしら?)
グレンはノアのツンツンした様子を見て、微笑みながら口を開いた。
「メイシー様のお付きの方は、御主人様に忠実で素晴らしいお方ですね」
「はい。お褒めいただきありがとうございます。私が頼りにしている大切な侍女ですわ」
メイシーは、グレンがノアのことを褒めてくれたので、顔をほころばせながらそう答えた。
メイシーの右隣に着席しているノアは、目の前のグレンを、じとり、と胡散臭いものでも見るような目で見つめている。グレンは気にした風もなく、メイシーに語りかけた。
「私と殿下は昔からの付き合いでして、幼い頃は兄弟のように過ごしたのです。ですので少々気安い関係とでも言いましょうか……。とにかく、殿下には直接言いにくいことでも、私に仰っていただければ、それとなくお伝えしますよ」
グレンは、銀縁の眼鏡の奥の瞳を優しげに細めてそう言った。
「そうでしたのね。では、何かあれば頼らせてくださいませ。確かに、殿下はお役目のせいか、少し近寄りがたい雰囲気もありますものね。グレン様が、周りの方と殿下を、上手に繋いでおられるのですね」
メイシーはにこりと微笑み、殿下にも信頼できる部下が居るのだなと、安心した。
「お嬢様、森が見えてまいりました」
ノアがそう言い、3人で車内に付いた小窓から外を眺めた。
そのうちに馬車が止まり、3人で外へ出た。
「……殿下は常に大勢の人間に囲まれていて少々お疲れですから、森で二人でお話ください。私達は森の入口近くで待機しております。少し進めば、殿下が居られるはずですので、メイシー様にはご足労をお願いできますか?」
グレンをはそう言って、深々と頭を下げた。
「な……!私はお嬢様に付いていきます!」
ノアは、グレンの言葉に反対した。
「ノア、グレン様がそう仰るなら、私は従うわ。何かあれば、指輪で連絡するから、ね?」
メイシーは、そう言ってノアをじっと見つめた。
以前ドメル先生に借りた指輪を参考にして、メイシーは、ノアとの専用連絡手段として新しく指輪を製作したのだ。
普段はそんなに離れることもないので使う機会は少ないが、たまにこうして些細な連絡が取れると何かと便利だろうと、作っておいて良かった。
ノアは、無くさないようにと服の下にペンダントにして入れた指輪を確かめるように、そっと胸に手を当てた。そして、とても不服そうな表情ではあったが、メイシーの言葉に従ってくれた。
「騎士団での話を聞くだけよ。すぐ戻るわ」
メイシーはノアにそう言って微笑んだ。
「ふふ、殿下、そんなことを言ってメイシー嬢を呼び出したんですか?ほんと、素直じゃないなぁ」
グレン様がクスクスと笑いだしたのを、メイシーは不思議そうに眺めた。
「……そうですね。殿下にとっては他にふさわしいご令嬢がおられるでしょうに、私の魔力が高いと分かったせいで、義務感から私を婚約者に、と仰っているのは十分承知しています。
あまり私に構っていると、本命のご令嬢に勘違いされてしまいますし、森でご報告を聞くほうが、人目につかずに済みますものね」
メイシーがそう言うと、グレンが一瞬呆然とした顔をし、大きなため息を付いて残念そうに頭を振った。
「……殿下は一体、メイシー嬢にどんな態度で臨まれているんでしょうか?私にはさっぱり理解不能です」
「そうでしょうか?殿下は、その、もしかすると、ハーレムの一人に私を加えたいのかも……と。魔力の高さが、子を成す難しさを上げているとのことでしたので……」
「……お嬢様、やはり私、刺し違えて参ります。これまで本当にお世話になりました」
ノアは怖い顔でスカートの下に隠した暗器を取り出し、森へと大股で進んでいこうとした。
「えっ!だめよノア!貴女が居なくては、私、これからどうすればいいのよ?殿下に報告を聞くだけなのだから、そんなことでいちいち腹を立ててはいけないわ」
メイシーは、そう言ってノアに抱きつき、気が立っている彼女をなだめた。ノアはそんなメイシーの言葉が聞こえないのか、なかなか暗器を片付けようとはしなかった。
メイシーは、まだ全く納得していないノアと、何だか心配そうな、残念そうな表情をしたグレンを残して、森の小道を1人で進んだ。
(私だって、殿下に結婚を前提にお付き合いを、と言われて、少し勘違いしそうになったもの……)
でも、じっくり考えれば、すぐに出る結論だったのだ。
メイシーは魔力の高い、一応、殿下が少し待てば結婚を考えられる程度の年齢の、条件に合う貴族の娘だった……ただそれだけなのだ。
あんなに素敵な殿下のことだ。
彼にはとっくにお似合いの女性が居るのだろうし、メイシーがそんな殿下に何か期待してしまうのは、メイシーにとっては、ただ辛いだけなのではないか。
「メイシー?」
悶々と考えながら下を見て歩いていたので、メイシーは、殿下の姿が目の前に迫っていることに全く気が付かなかった。
「え!わっ……!」
顔を上げた瞬間に、ぽすん、と殿下の腕の中に収まり、メイシーは殿下にギュッと抱きついてしまった。
「……なんだ?寂しかったのか?」
「ち、ちが!ちが、違います!」
メイシーは慌てて殿下から離れようとしたが、殿下はメイシーを抱き込んだまま、顔を覗き込んだ。
「また気を失うのか?」
殿下はくっくっく、と面白そうに真っ赤な顔のメイシーを眺めている。
「ちかっ……!ち、ち、近すぎです!」
「其方のほうから飛び込んできたくせに?」
「ううう……!」
メイシーは自分の鈍臭さを、心から呪いたくなった。
「か、考え事をしてたんです!その、殿下の姿が、見えてなくて…!」
「ほう……。私の姿が見えなかった、と?私以上に気になるものなど、他にあるのか?」
殿下は少し体を離し、メイシーの顔を両手で包んで、目と目を合わせるようにメイシーの顔を上に向けた。
「言ってみろ。私以上に気になるものとは、何だ?」
殿下は少々ムッとした顔でメイシーを見つめている。
「………あのヨゼフという男か?」
「えっ?」
「其方のことを、そういう目で見ていた」
「えっ、えっ、ええ!?」
(なに!?今どういう流れでそんな話に!?)
メイシーはびっくりして言葉に詰まってしまった。
「なぜ否定しない?……まさか本当に、あの男を好いているのか?」
「ち、ち、ち……違います!」
殿下がほっと安心した顔になった。
「そうか。……しかし、今これでは、この先が思いやられるな……」
エメラルドグリーンの瞳をじっとメイシーに向けて、殿下は悩ましげにため息を付いた。
「其方がデビュタントを迎えれば、帝国内だけではなく、各国から男が群がるのが目に見えるようだ……」
「そんなまさか……」
メイシーは、そんな恐ろしい事態があることなど全く想像もつかず、殿下の話が、どこかの遠い国のおとぎ話のような、身の上に迫る話では無いようなものに感じられた。
「はぁ……。まあ、よい。其方が私に夢中になれば済む話だ」
「………!!」
メイシーは、ボンっと音を立てて顔を真っ赤にした。
(どうして殿下は、こんな、その気を持たせるような発言を……!)
「か、からかうのは、おやめください!」
「からかう?私は真面目だ」
「そ、その……!殿下はこれからの国を担うお方なので、私のような幼い者をからかうのはやめて、他の、きちんとした、ふさわしいご令嬢に向き合うべきかと!」
「……なぜだ?其方は私が気に入らないのか?」
「そ、そんな話ではなく……!」
「其方がまだ幼いことは承知している。……ただ、うまくは言えぬが、私が一番深く向き合いたいのは……。メイシー、其方だけだ」
「……!」
メイシーは、耳や首まで真っ赤になり、へなへなとその場に腰をおろした。
(や、やめて……!!なんでそんな、通算人生41歳に、ぶっ続けで連打攻撃をしてくるの〜〜…!!!)
メイシーは両手で顔を覆い、恥ずかしさといたたまれなさで、何だか泣きたくなってきた。
「困らせる気はないんだ。ただ、誤解されたくなかった」
殿下がメイシーの前にしゃがみ込み、メイシーの様子を伺っている気配がした。
メイシーは、おずおずと手を下ろし、涙目で殿下を見つめてこう言った。
「〜〜もう……!!殿下のバカぁーーーーーっ!!!」
メイシー13歳(通算人生41歳)。
恥ずかしすぎて混乱し、口説きにかかってきた皇太子殿下を、あろうことか罵倒。
それから、恥ずかしすぎてその場を猛ダッシュで逃げてしまい、もう、なんというか……。
どこか手頃な滝でも見つけて、そこへ飛び込んでしまいたい、と思うメイシーだった。




