たしなみ2-53
執務室で殿下と別れたあと、メイシーは学園へ向かった。
第1研究棟の自分の実験室で、ビデオを再生して保存状態を確認しつつ、ハイド先生のために用意したキックボードの材料を使って、騎士団用のキックボードを製作することにした。
ノアには鉄やガラスの工房の職人さんに、また同じ種類の部品の依頼をかけてもらうことをお願いした。
「お祭りの日はカメラだけでも売り物になるかなぁ。キックボードも売ったほうがいいかしら」
「あればさらに賑わうでしょうが、カメラだけでも十分かと。売値が崩れないよう、当日は高い価格で売り出すことにします」
「どれくらいの値段が妥当だと思う?」
ノアはキラリと目を輝かせて、手元の資料をめくり始めた。
「お嬢様。絵画を依頼する場合、絵師のグレードにもよりますが、これくらいの金額は当たり前です」
「結構高いわね」
「お嬢様の魔術具は、絵師に頼むよりも正確な絵姿を得られます。それも、絵画が完成するよりも圧倒的に早く、です。
この価値は、カメラ本体の価格に、当然ハネてまいります。……ざっとこれくらいでしょうか」
メイシーは、ノアがさらさらと書きつけた金額に驚いた。
「これ、下級の文官のお給料の3ヶ月分ほどじゃない!こんなに高いと、さすがにお祭りでは売れなさそうよ……?」
「いいえ。そんなことはございません。上級貴族を中心に、飛ぶように売れるはずです。
……でも、そうですね。グレードを分かりやすくするために、見た目に高級感を持たせたカメラも用意してはいかがでしょうか」
「なるほど……。今のままじゃ土の色だものね。シャッター部分だけを残して、他は金属で作ったほうがいいのかしら」
(ポラロイドって、フィルムの保存期間があるから、どうしても一眼レフのように長く使うイメージが湧かなかったのよね。何となく簡易的なもので良い気がしていたわ。とは言え、使い捨てカメラのようにするよりは、本体にデザイン性がある方が好まれるかな)
メイシーは色々と頭の中で考えを巡らせた。
「一度工房に鉄製のカメラの製作を依頼してみますね。見本として、一台お借りします」
ノアは手元のメモにやることを書き付けた。
「じゃあ、しばらくは騎士の方のためのキックボードを作りながら、カメラとキックボードの追加の部品ができるのを待つわ」
メイシーはそう言って、実験室にしばらく閉じこもり、ノアは工房への依頼を伝えたり、銭湯の様子を確認しに行ってくれた。
メイシーは、ひたすらキックボードを作り続けた。
作り続けるうちに、とうとう手元に材料がなくなってしまい、諦めて作業を終えることにした。
「はっ……。今何時だろう」
没頭して時間すら確認していなかったメイシーは、今になって、作業以外の現状を思い出した。
(あ、殿下にまた戻りますって言って別れたんだった。連絡を取ったほうがいいのかしら)
すると、一人きりで作業をしていたメイシーのもとに、聞こえるはずのない返事が聞こえた。
「今は8時ごろだ」
その声に、びっくりして実験室の扉の方を見ると、扉の手前の地面に殿下が座って、トントンと書類を片付けながら、こちらを見ていた。
「!?!?」
「其方は本当に、集中すると止まらないのだな。一応ノックはしたが、鍵は勝手に開けて入った」
「え!?い、いつからそこに?声をかけてくだされば…」
「来て三十分ほどかな」
「そ、そんなに…?」
「其方が真剣な様子だったので、しばらく見ていた」
「見て……!?」
メイシーは、殿下の言葉に動揺した。
(見てたって……?私ずっと見られてたの???変なこと言ってなかったかな……)
メイシーは、想像して赤面した。
殿下は立ち上がってメイシーに近づくと、ずらりと並んだキックボードを見て尋ねた。
「それは何だ?」
「あ、これは、魔石で動くキックボードという乗り物です。ハイド先生へのお餞別に作ったのですが、騎士団の皆様もご希望でしたので、これは皆様の分です。もっとたくさん作って、お祭りの売り物にもどうかなと」
「メイシー」
殿下はメイシーに水の魔術と風の魔術を行使して、手の汚れやドレスに付いた塗料の跳ねたのを、綺麗にしてくれた。
そしてメイシーの腰を背後からぐっと引き寄せて、不機嫌そうに呟いた。
「そうやって他の男にばかり其方の時間を使うのか?私には?」
「えっ、でも、これは、私の仕事というか、趣味というか……」
「其方はもう少し私に構うべきだ」
殿下はクイッとメイシーの顔を自分の方に向けさせると、深く唇を合わせてキスをした。
「……っ」
突然の深い口づけに、メイシーは動揺し、殿下から逃げようと身じろぎをした。
殿下はメイシーを追うようにキスをして、メイシーの手を取り、実験室の机に追い詰めた。
「でん、か…待っ」
「なぜ逃げる」
殿下はメイシーを抱き上げて机に座らせると、するりとメイシーの足を広げさせ、間に自分の体を滑り込ませて密着するように抱きしめた。
「……!!」
メイシーは、自分の体勢の恥ずかしさにびっくりして、離れようともがいた。
殿下はメイシーの腰をしっかりと固定し、抱きしめる腕の力を強めて、耳元で囁いた。
「メイシーをもっと感じたい」
「……!」
「私の腰に足を絡ませて?」
「……!!!!」
(あ、足を……絡ませる!?!?)
メイシーは、殿下の腕の中で、ふるふると頭を横に降って、ひたすら恥ずかしさに耐えていた。
ドレスの布地を隔てているものの、自分の恥部が殿下のお腹の辺りにしっかりと押さえつけられて、メイシーの頭は真っ白になり、密着している場所のこと以外、考えられなくなっていた。
殿下はメイシーが羞恥に震える様子に、多少は気が済んだのか、しばらくしてから体を離し、意地悪く微笑みながら呟いた。
「私に構わなかった、おしおきだ」
「……ひ、ひ、どいです!!」
メイシーは、真っ赤な顔で、さっと足を閉じて殿下を睨んだ。
「結婚するまでは……清い交際でお願いします!」
「もちろん。今のはちょっとした味見だ。結婚したら、其方はしばらく寝所を出られないと言ったではないか。これくらいで恥ずかしがっていては身が保たないぞ?」
殿下は綺麗な顔でにこりと笑うと、メイシーを机から下ろして、余裕の表情でメイシーを見つめた。
メイシーは真っ赤な顔で、わなわなと体を震わせながら、殿下を涙目で睨みつけた。
「で……で…………!
ーーー殿下のっ……バカぁぁぁぁ!!」
メイシーは思い切り叫ぶと、その場でうずくまって小さくなり、腕を振って声を上げた。
「も、もうっ!殿下はあっちへ行ってください!!」
「くく…」
殿下はメイシーのその行動が可笑しくて笑っている。
「メイシーは、いろいろな水準が人よりもずば抜けて高いが、この分野だけは、なぜこうも初心なのだ」
「……っ!こ、このような…その、男女のお付き合いは……私には経験がないからです!!」
「経験というより、其方は関心がなさすぎるのでは?どうなのだ?」
「……」
「まぁ、経験がないことは何よりだ。私の相手をするまでに、私が一から丁寧に教えるから、問題ない」
「………!!!」
メイシーは殿下の言葉に、またプルプルと震えながら、身を硬くしてうずくまった。
殿下はメイシーの横で腰を落とすと、メイシーの髪を丁寧に手で掬った。
「や…っ!」
メイシーは、殿下に髪を触れられて、体をビクリと震わせた。
殿下はそれを見て、くすり、と微笑んだ。
「せっかくの美しい髪が床に付いて汚れる。立ち上がったほうがいいぞ?」
「い、今は、顔を上げられません……!」
「ふ。それでは私も気になって其方の側を離れられないな」
殿下はそう言ってメイシーの隣に座ると、メイシーの髪を自分のほうに向かって流すように、ゆっくりと味わうような手つきで整えた。
「……で、殿下」
「うん?」
「そ、そのように触れられるのは……ちょっと」
「髪に触れただけだ。……これでも、本当はもっと其方の体を撫で回したいのを我慢しているのだが?」
(撫で……!?)
メイシーは縮こまったまま、頭から湯気を出した。
「そ、そこに居られると、私、ますます顔を上げられません!」
「其方が私のことを考えて恥じらっている顔を見たいから、私には何も問題ない」
「そ、そういうところが……!」
メイシーは、殿下の言葉にとうとう本気で物申したくなり、ついパッと顔を上げてしまった。
「はっ……!」
「ふふ。メイシーは素直だ。そこがまた可愛らしい」
殿下はメイシーを見つめて、愛おしげに、そう言った。
「だ、だから!〜〜もう!からかうのはおやめください!」
メイシーは、今度はすくっと立ち上がって殿下から離れようと移動した。
殿下も立ち上がると、もたもたと歩くメイシーの背中を優しい瞳で見つめて、口を開いた。
「好きだ、メイシー」
「……!」
「私の后になって欲しい」
メイシーは、お昼間にも聞いたばかりのプロポーズを、まさか夜にも聞かされるとは思わず、驚くと同時に可笑しくなった。
メイシーは、思わず笑い出してしまった。
「ふ、ふふ…!」
「返事は?」
メイシーは、ゆっくりと殿下の方を振り返った。
殿下は、エメラルドグリーンの瞳をまっすぐにメイシーに向けて、優しく微笑んでいる。
「……もう。私、怒っていたのですよ?」
「其方が愛らしくて、つい」
メイシーは困った顔で殿下を見つめたが、殿下が美しいお顔で、にこにこと微笑む様子に、根負けしてしまった。
「……どうかお手柔らかに。そうでなければ私、貴方のお后さまになるのを諦めてしまうかも」
「……」
メイシーの言葉に、殿下は真顔になり、腕を組んだ。
「結婚前にひたすら私が我慢していれば、結婚後には、私を全部受け入れるということだな?仕方がないが、こちらは求婚している身だ。其方の条件をのむしかないか……」
「……あの、結婚前も結婚後も、自重してください、ということなのですが」
「それは約束できないな。どうしてもと言うなら、結婚後にもう一度私に聞いてくれ」
「また、そういう……!」
「其方が16になるのが、待ち遠しくて仕方がないな」
侍女としてお仕えするのは初日で失敗したものの、朝な夕な、殿下の側に赴いたメイシーは、お祭りまでの数日間のうちに、こうして何度も殿下にプロポーズされたのだった。
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