ドス黒い蜂蜜の底から・2
ブォォォォ!とゴーレムが罠蜜劣蜂回収する騒音中を僅かに金属が軋む音が静かに駆け抜けていった。
その音を敏感に察知した五体のゴーレム達が一斉に作業を中断。
音の発生源にセンサーを備えた胴体を向ける。
未だに固く閉ざされている出口の前で安堵から暢気に雑談していた鉱人と緑人の二人はそのゴーレム動きに気付いて困惑する。
「なんだ?」
「まだ残ってるのに何故止めるんだ?」
ドンッ!と重々しく響いた音が、ゴーレムに注目していた二人の視線を一斉にセーフティルームを区切る隔壁に向けさせる。
「……嘘だろ」
驚愕もするのも当然。MPで強化された鋼の上にアラダイト樹脂でコーティングした分厚い隔壁が歪んでいたのだ。
核ミサイルの爆発にも余裕で耐える隔壁である。相当な衝撃が加えられたのがハッキリと理解できた。
この場面に出くわした人間二人は、理解も処理もできずに呆然とするだけだったが。
明らかな異常。戦闘能力を持たされているゴーレム達のシステムが、一斉に戦闘モードに切り替わった。
警告メッセージがこの場にいる二人の防護服に通知される。
「馬鹿な!大蜜劣蜂でそれを破れる訳がない!」
再起動した緑人が悲鳴染みた声を上げると同時に隔壁に何らかに攻撃が再び加えられ歪みが拡大した。
確かにアラダイト樹脂の強度は大蜜劣蜂の攻撃力を凌駕している。
プチ種ではない大蜜蜂でも破壊や変形は難しい。
爆蜜劣蜂ならば容易いことだが、彼女等は大蜜蜂とは思えない強大な火力と引き換えに、とても繊細な生き物。
Gハイブは、ゲルドアルドが自宅に置き去りにしていた肉体が、オリハルコンを大量消費したジョブチェンジの影響を受けて変質した物体だが、大陸で暢気に手製の大学芋をレディパールに食べさせているゲルドアルドとは違い、彼女等を補助するジョブスキルがアクティブになっていない。
そんな環境下と彼女等の事情でゲルドアルド本人にも内緒で活動している現状。
更に環境MPも薄いのでは爆蜜蜂は活動所か生命を維持できるかも怪しい。
だからこそ、最初にやって来たのはMPを含んだ蜂蜜があれば、どのような環境でも自己を強化、回復しながら活動できる蜂蜜精霊なのだ。
「「ひっ!?」」
再度響く重い音に飛び上がった二人が同時に悲鳴あげた。その間も更に攻撃が加えられ、歪みが大きくなっていく。
破られるのは時間の問題だった。
四体のゴーレムが二人を守るための陣形を整えると、今にも破壊されそうな隔壁に向かって、一体のゴーレムが先行して近付く。
耳障りな金属の破砕音が室内に響き、遂にアラダイト樹脂でコーティングされた隔壁は破壊される。
隔壁に接近していたゴーレムは、飛び込んで来た蜂蜜精霊の一体と遭遇した。
怯えきった二人は隔壁の破壊で腰を抜かし、抱き合うように倒れ込む間にゴーレムは侵入者である精霊に対して捕獲を試みる。
人の頭程の高さで浮かぶ精霊に対して丸く鈍重そうな見た目に反して軽々と飛び付いた。
精霊が現実に現れるという状況は想定されていないが、高濃度のMPを有する大蜜劣蜂以外の未登録物体の出現に対して、ゴーレムは捕獲する無理ならば破壊するように命令を刻まれている。
一辺が一メートルの極薄の六角形の姿をした蜂蜜精霊の身体が、飛び込んで来たゴーレムの衝撃で波打つ。
次の瞬間には丸く愛らしく見えるフォルムのゴーレムが〈念動〉スキルで風船のように引き裂かれ、内部に収納されていた凍結された罠蜜劣蜂達がポロポロと床に落下する。
床に落ちた罠蜜劣蜂に反応して、お辞儀でもするように角度を変えた蜂蜜精霊が明滅。
精霊の身体をよく見ると、濃い蜂蜜色の中心部が白く変色している。
飛び付いたゴーレムがと内蔵されていた凍結装置で対象の冷凍を試みたのだ。
そして失敗し破壊された。
表面が僅かに霜が生まれたが直ぐに元に戻っていく。
この瞬間、仲間のゴーレム破壊された時に関知されたMPの大きさ、その精密な動きから解る制御能力から捕獲は不可能とゴーレムは判断。
同時に周囲の安全を確保しての戦闘も不可能と判断され、人間二人の優先度が最低ランクまで下げられた。
残り四体になったゴーレム達が一斉に動き出す。
捕獲は不可能と即座に判断し破壊を優先。頭部のクリスタルから魔法スキル〈ファイヤーボール〉を発動させた。
太陽のように輝く灼熱の球体が生まれ、凍結していた室内の氷が一瞬で気化。セーフティルームの湿度を一掃して乾燥させる。
背後の二人は防寒だけでなく防火耐熱にも優れた防護服越しでも伝わる熱に再び揃って悲鳴を上げた。
四体のゴーレムから放たれ火球が一斉に蜂蜜精霊に襲い掛かる。
〈ファイヤーボール〉……【魔術師】系のジョブならば、ジョブ取得と同時に使える、特殊な効果は何もない、火球を発射する下級魔法スキル。
しかし、MPが全く無い環境で対象に発動すれば、熱だけでも最新鋭の戦車が融解するほどの熱を発生させ、着弾すれば周辺の地面ごと戦車を跡形もなく吹き飛ばす、恐ろしい破壊魔法となる。
このゴーレムはMPの供給源としてGハイブから採取し圧縮加工されたMPバッテリーで稼働しているため。
四体もいれば半日で街一つ更地にすることが可能だ。
〈ファイヤーボール〉が精霊に正面から着弾。解放された炎熱が室内を満たし精霊とゴーレムを包んだ。
この場で唯一の人間二人は弾けた火球の爆風で吹き飛ばされ壁に激突して気絶する
。
灼熱で炙られ、揺らめく空気の中を無傷の精霊が浮かぶ。
傍らには結界で精霊に保護された、凍結した罠蜜劣蜂達が浮いていた。自身の根元である蜂蜜を生み出す蜜蜂を保護するのは蜂蜜精霊の本能である。
これ程の炎熱を喰らって無傷の精霊。
大陸の常識に照らし合わせれば当然の結果だった。
蜂蜜精霊は下級精霊と呼ばれている。下級魔法スキルの〈ファイヤーボール〉と、字面だけならば同格のように見えるが、精霊の下級とスキルの下級には大きな差があるのだ。
精霊の下級とは、防御力で言えば上級戦闘ジョブを五つカンストしたプレイヤーに匹敵し、魔法に限定すれば防御力は超級戦闘ジョブ並。
それに対して攻撃魔法の下級とは、あらゆるモノにMPが宿っている環境ならば、猟銃くらいの威力しかないのである。
勿論ジョブの補正があれば威力は上がるが、逆に言えばジョブの補正も無い〈ファイヤーボール〉は、下級精霊にとっては猟銃以下で、真綿を投げ付けられた程度の衝撃しかない。
絶望するしかない圧倒的な格上。
そのような感情的反応を持ち合わせていないゴーレムは絶望することなく、淡々と己の役目を果たすために再度〈ファイヤーボール〉を発動した。
今度は九割以上残っているMPバッテリーのMPを殆どを注ぎ込んだ巨大な〈ファイヤーボール〉だ。
余りにも大きいため、隣接して発動した四つの火球が融合している。そして、形を維持しきれずに激しく暴れている。
自爆も同然の攻撃だ。
そのゴーレムの行動に精霊の極薄六角形の身体が困ったように明滅した。
依然として威力は、魔法防御力は超級並の彼等にとって対した物ではないが、一つだけ問題があった。
魔法はMPを注げば注ぐほど威力が上昇する、これほどのMP注ぎ込んで放てば、下級魔法と言えど彼等の身体を構成する蜂蜜が少し暖められてしまうかもしれないがそこは問題じゃない。
放たれると、この部屋も放ったゴーレム達も爆散。奥に倒れる二人の人間は防護服の耐熱限界を越えて燃やし尽くされる。そこも問題じゃないし、彼等にとってはこの施設も、施設の人間も等しく抹殺すべき蜂蜜泥棒だ。
しかし、今、傍らの結界で保護し、自爆しようとしているゴーレム達の内部にも収納されている罠蜜劣蜂の凍結死体は守るべき対象である。
彼女達は今は死んでいるが、蜂蜜精霊のスキルがあれば蘇生が可能。だがこのままでは大蜜蜂と違い、普通の蜜蜂程度の耐久力しか無いプチ種は〈炎熱耐性〉スキルを持っていても耐えられない。
死体が跡形もなく燃えてしまうと、死んだ直後ならばともかく蘇生成功率が大幅に低下してしまう。
結界で保護しようにも、戦闘が得意な精霊ではない彼等の結界ではこの威力は防ぎきれない。
人とは違う論理と思考速度で、ゴーレム達の特大火球が完成するまでのほんの僅かな間に迷いを切り捨てた精霊は、背後のGハイブが沈む蜂蜜プールから〈蜂蜜操作〉スキルによって蜂蜜を室内に呼び寄せた。
次回更新は未定です。
もう一話くらい今月中に更新したいとは思っています。
ポイント、コメント、ブクマ等あればとても嬉しいです。




