Gハイブ・2
本日二話目です。
アラダイト樹脂で表面を覆われた円柱状の空間。
天井には幾つも明るい光源が吊り下げられ、中央には巨大な蜂蜜色のプール。
大きさは、プールだけでも通常のレガクロスならば三十機でも納まる幅を持ち、そんな巨大なプールを満たすのは、色が示す通り大量の蜂蜜だった。
ゴウンゴウンと低い機械音を奏で、蜂蜜を吸い上げている太いホースが幾つもプールへと伸びるこの場所は、ゲルドアルドの脱け殻……地球に放置された肉体である黄金の蜂の巣。
暗号名【Gハイブ】を保管している場所だ。
GはGOLD、そしてゲルドアルドの名前を指している。
ドーム都市と呼んで差し支えない施設の中央。巨大な研究施設のドームを支えるタワーの中に、ここは存在していた。
「……また大きくなってるな」
「三日前の検査よりも六%も大きくなっている……」
そう言葉を交わしているのは、頭頂部に耳がある種族にも対応した全種族対応高濃度MP対応防護服を着込んだ、機械の操作を行う二人の男。
視界を確保するために大きなバイザーから見える特徴を見ると、両耳がナイフのように尖った緑人と、金属光沢の肌を持つ鉱人だ。世にも珍しい幼刑成熟する人種の彼等は、諸外国の人種と比べると子供のように小さく、実際に顔も幼い子供その物。
これでも彼等は成人しているどころか、四十代のベテラン研究員である。
Gハイブや深底のプールに貯まった蜂蜜、その状態を逐一確認するための機械を操作する二人の手には、一目でわかるほどの緊張。声や幼い顔に強い不安が滲んでいる。
それは、当然だろう。
彼等や他の職員が、機械の操作やメンテナンスに訪れる度に蜂蜜で満たされたプールの底に沈んでいるGハイブが、段々と大きくなっているのだ。
詳細な観測を行う環境が整えられたのは二ヶ月前からだが、現在のGハイブは発見時の大きさから倍の六メートルを越えて、尚も成長している。
機械によって物質を蝕む高濃度のMPは回収され、本来は防護服も要らないほどの低濃度に押さえられている。
それでも、沈んでいるガハラ市壊滅の元凶の加速していく巨大化には、神秘をこの手で、しかも大陸ではなく、現実の地球で取り扱う興奮と名誉を陰らせる程の不安で苛むには十分過ぎた。
最初こそは、普段は大陸を所詮は虚構だと馬鹿にしている一派に所属している故に、現実で扱えることに途轍もない優越感を得られた。
彼等二人……いや、定期検査に関わる職員全員が今ではこう思っている。
これは本当に安全なのか?
人が扱いきれる代物なのか?
再び地上に災禍をもたらす前に破壊した方が良いのではないか?
いつまたガハラ市を壊滅させた災害と同等か、越える現象を生み出すかわからないのだ。
それでも、研究を止めることは出来なかった。
何せこれは、運営にとっては古より受け継がれた夢幻を、地球に顕現させる鍵だからだ。
特にここの責任者の荒谷や、彼の元に集った運営の関係者は、大陸でディセニアンとして第一線に立てなかったり、主導権を握れなかった為に、今ある神秘で日本を孤立させている世界を制圧し、支配下に置いてしまおうと、功を焦って過激な主張をする連中が……第二次世界大戦を望む過激派が集まっている。
元々荒谷は、そこまで過激ではなかったが、大陸で自分のギルドがゲシュタルトに吸収され、小さな一部門に縮小された事を恨んでいた。
そして、周囲には彼を褒め称える過激派が集まっている。
彼は自分の研究以外は周囲に流されやすい。
今や立派な過激派だった。
荒谷は己の作った自慢のゴーレムで世界征服だ!等と、面倒な上にコストばかり無尽蔵に必要とされる事を率先して叫んでおり。
高度な自動制御機械を置けない為、彼等が頑丈だが手動操作が多く要求される機械で、地味で危険な作業をしている今この時も、自分の支持者に向けて自慢の戦闘用ゴーレムのプレゼンをしている。
「!?……背中だ!」
突然鉱人の男に指摘された緑人の男は、即座に防護服の分厚い胸に備わる誤動作防止カバーを開けて、内部の赤いスイッチ躊躇うことなく押した。
指摘した鉱人の目の前で、緑人の防護服から青白い電撃のスパークが発生して緑人を包む。
「ギッ!?」
緑人の背中に取り付いていた、人の指先ほどの小さな存在……罠蜜劣蜂が短い悲鳴のようま音を出して、床に落下して痙攣する。
大陸の基準で普通の蜂程度の耐久力しか持たない大蜜劣蜂種である罠蜜劣蜂に、地球上の物理現象で発生する電撃は本来なんの痛痒も与えないが、この電撃は蜂蜜から回収されたMPで強化されている。
彼女を痺れさせるくらいの威力は備えていた。
二人は今まで幾度も経験した大蜜劣蜂襲撃で一度も現れなかった罠蜜劣蜂だと、気付く余裕はなかった。
自分でも防護服の胸を勢いよく叩いて、対大蜜劣蜂電撃装置を作動させた鉱人が叫ぶ。
「撤退だ!結界を抜けてきやがった!?」
これが、防護服を着ることを強要される理由だ。
プールの周囲には、時折Gハイブから出現し、蜂蜜のプールを泳いで大蜜劣蜂が出現するのだ。
対策として、蜂蜜から回収されたMPを使い、地球で再現された魔法装置が結界を張り、周囲のMPや、Gハイブから採取した蜂蜜を納めた小さな容器をMPバッテリーとして利用し、防護服のアラダイト樹脂の強化や電撃装置等の迎撃システムが備わっている。
残念ながら、隠密と呪術に長けた罠蜜劣蜂の彼女には余り効果的では無いようである。
六本脚を痙攣させていた罠蜜劣蜂が何事もなかったように起き上がり、首を振り、艶やかな黒い体毛を震わせている。
「ひぃ!?最近は無かったのに!」
翅広げ、再び飛び始めた黒い蜜蜂の姿に悲鳴混じりの声が上がった。
外でも彼等の様子を確認していた職員が緊急装置を作動させている。
赤い警報ランプの光がランプし、耳障りな警告音が鳴り響く。
「閉じ込められるっ!」
焦り叫ぶ緑人の目の前で荒れ狂う電撃を撒き散らしながら、唯一の出入り口を重厚な隔壁が塞ごうとしている。
二人は全速力で閉まりつつある出入り口へと走り出した。
ゴーレム化されている防護服が彼等の動きを力強くサポートし、風のように駆ける。
その後ろでは、これまた電撃放つ金属柵が天井から出現し落ちる。落下速度は異様に速く、下に人が居たなら勢いだけで両断してしまいかねない。
「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
気合いなのか、ただの悲鳴なのか、判別できない声を上げ全力で走る。
叩き付けるように区切っていく五つの金属柵が、叫ぶ彼等を追いかけ、追い立てられた彼等は半分以上閉まる重厚な隔壁の下を潜った。
潜った先は部屋だった。
扇状に奥が狭まる部屋は、Gハイブを保管する部屋への出入口と比べると不釣り合いに狭く見える。
滑り込んだ彼等の後ろで重厚な隔壁この部屋を隔離し、それを彼等が理解し、安堵する間もなく、隔壁が降りきると同時に発生した白い爆風が彼等に叩き付けられた。
次回更新は未定。たぶん来月に一回はあります。
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