表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよなら私の愛しい人  作者: 白藤もも
Edmond's Story
6/6

愛しい人は眠り続ける 【完】




 ――まるで時が止まってしまっているかのようだった。


 その部屋には、真っ白なシーツの上で微動だにしない女がひとり。そんな彼女を一心に見つめる男は明らかに憔悴していた。


「ミラ…………」


 ベッドの上で眠り姫のように夢を見続ける妻。エドモンは、その最も尊い名を知らず知らずのうちに口に出していた。深い悲しみの感情に彩られた声色は、今にも消えて無くなりそうだ。


 普段からそびえ立つ二人の間にある壁は、このとき既に無くなっていた。

 エドモンはもう、感情を露わにすることに対し抵抗を覚えることはない。深い後悔と、やりきれぬ悲しみが男の心を大きく変えたのである。



 ようやく夫は、妻の絶望を理解するにあたった。ミラの人生まるごと犠牲にしたことによって――。





 エドモンの妻であるミラは、とある晩、近くの湖で入水自殺を図った。

 今にも泡となって消えてしまいそうな妻。そんな彼女を見つけた夫は、なんとか陸へと引き上げる。だが、最悪な事態に絶望を覚えずにはいられなかった。


 ――そのとき、ミラは息をしていなかったのだ。


 妻の遺書を見つけたあと、エドモンは嫌な予感を覚え、近くに住まう医者にその大事を伝えた。それが幸いしてか、ミラを湖から助け出したあと、その医者が到着する。


 適切な処置のおかげか、ミラは奇跡のようにその息を吹き返すこととなる。それはまるで、まだ死んではならぬという神からの思し召しのようでもあった。その出来事は、絶望の中に照らされた一筋の光とも言えた。


 だが、幸運はそう続くものでもない。




 ミラはその瞳を開くことがなかった。




 一週間すれば目を覚ますだろうと言う医者の言葉に相反し、彼女は一向に目を覚ますことがなかった。既に1ヶ月は経過しているはずなのに。

 ミラはまるで眠り姫のように意識を奥深くまで沈め、ただひたすらに小さな呼吸を繰り返し続けている。


 だがエドモンにとっては、それでも神に感謝せずにはいられなかった。




 ミラの口や鼻元に手をやれば、呼吸を感じ取ることが出来る。


 ミラの柔らかな手を握ることで、温かい生命を感じることが出来る。




 妻の命の灯火は消えていない。

 それだけがエドモンの救いであり、生きる上での希望とも言えた。眠り続けるミラを永遠に守り続ける役目こそ、エドモンに与えられた最幸の試練なのだ。



 エドモンはサイドテーブルにある宝石箱を手に取る。その中には妻から貰った初めての手紙が入っていた。



『さよなら私の愛しい人』



 初めて貰った文には悲しすぎる愛の言葉。正直に言えば、こんな形で知りたくなかった。

 だが、どれもこれも互いにすれ違い続けてしまったからだ。意思疎通が足りなさ過ぎたのだ。エドモン自身の責任は大きく、計り知れない。


 もし、エドモンが素直に自分の思いを認め、伝えることが出来ていれば。夜、眠りにつく前に何度考えたことだろう。




 だが、エドモンは全てに絶望したわけではない。彼は信じているのだ。自分の愛しい妻が長い眠りから解き放たれ、いつか互いに微笑み合うことのできる未来を。二人で歩むことのできる幸せを噛み締め、守り続けたい。


 エドモンはもう後悔しないよう、自らの心を口に出していこうと思う。そしてミラに優しく微笑みかけてやるつもりだ。




 だからその第一歩として、まずは目覚めた君にこの言葉を贈ろう――。





『おかえり俺の愛しい人』





 ――愛の祝福を捧げるために。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ