それからの話
かなり前に使ったきりでしたが、この世界の呪文が覚えやすくて助かりました。
『全体筋力強化』。
つまりは自分自身でなく仲間を強化するタイプの魔法で、犯人が人質を危害を加えようにも物理的に加えられないようにしてしまおう、というのが私の作戦だったわけです。
もちろん、ただ唱えただけではいくら短いとはいえ、敵が聞き逃してはくれないでしょう。呪文の詠唱にはある程度の、普通に会話するくらいの声量が必要で、たとえば口の中でモゴモゴ小声でささやいただけではダメなのです。かといって、普通に唱えて魔法が効力を発揮する前に動かれても意味がありません。
そこで、まあ仕掛けを説明してしまえば単純なものですが、敵の象男がスマホのアラーム音に驚いた一瞬に、声を紛れ込ませる形で私が魔法を唱えたわけで。
ぶっつけ本番の一発勝負で、決して分の良い賭けとは言えませんが。
あんなのは、もう二度と御免です。
それに結局、犯人を倒して決着をつけたのはポチ子さんですし、やっぱり私には荒事は向いていないのでしょう。能力以前に性分的に。いくら力があろうがそんなのは関係なく、人間には向き不向きというものがあるのですよ。世界を救ったりとか、お姫様を助けたりとか、そういうのはゲームで十分。
ただ呑気に異世界観光を楽しむくらいなら、まあ、考えなくもないですが。
◆◆◆
さて、事件を解決した後のことをお話しましょう。
過程はともかく結果的には見事に暗殺者を退け、ポチ子さんの命を救った私とミアちゃんは……それはそれは、色々な大人から怒られました。それはもう、勝手な判断で危険なことをした咎で、朝から晩まで何日も怒られ続けました。
一週間か、十日か、それ以上か、途中から日付の感覚もなくなっていましたが、その間ずっとお屋敷から出ることも許されず……ええ、あれは泣きたくなりました。というか、泣きました。大人に叱られて泣くなんて久しぶりの経験でしたね。
まあ、文句を言える立場ではありません。
今になって振り返ってみれば、あの事件の際の私達が冷静さを欠いていたのは明らかですし、他にいくらでもやりようもあったのでしょう。わざわざ狙われている張本人を囮に使うなど、ちょっと正気とは思えません。本当に、あの時の私が何を考えていたのか不思議なくらいです。
それに最終的には、何かしらの罪に問われることもなく許してもらうこともできました。
どうもポチ子さんが口を利いてくれたらしいのですが、そのあたりの詳細は不明です。
私達がお叱りを頂戴している間も彼女は公務に走り回っていたようで、結局、その後は一度短い挨拶をしたっきり。いつかまた、普通の友人同士のようにじっくり話せる機会があるといいのですが。
そういえば、人間国と獣人国の『戦争』、物騒な名前に反してこの世界のオリンピック的なイベントも、私達がお屋敷にこもっている間にほとんど終わってしまったようで、結局観ることは叶いませんでした。
ううむ、こうしてみると案外、やり残し、思い残しが出てきますね。
ま、命があればいずれまたチャンスもあるでしょう。
それに思い残したこと以外にも、他にもまだまだやりたいことは沢山あります。
例えば、そうですね……。
「やあやあ、ミアちゃん。ようこそ日本へ」
「お、お邪魔します……で、いいのかな?」
あの事件から約一ヶ月後。
日本に戻った私は、異世界からやって来た親友を迎えていました。
随分前のヘンテコ遺跡は、あの世界にとっての異物にしか反応しないのですが、そこはそれ。何事にも抜け道があるようでして。
まあ、あまり引っ張るようなことでもないので言ってしまいますと、例の筋肉質な神様に世界間の行き来が出来るようなマジックアイテムを貰ったのです。
散々に叱られて叱られまくって、ようやく許されたその翌日、目が覚めたらミアちゃんの部屋に丁寧にリボンでラッピングされたダンベルが簡単な説明書きと一緒に置かれていました。
そう、ダンベルです。
筋肉を鍛えるアレです。
両腕を鍛えられるようにか、二つ一組でワンセット。
その神様特製ダンベルを持ち上げると、アラ不思議。
地球とあの世界との扉が短時間開くのです。ダンベルという形状と効果との間に何の関連性もありませんが、そこは突っ込んだら負けというやつなのでしょう。
行き来の為にいちいち人里から遠く離れた遺跡に行くのは単純に面倒ですし、生贄やら何やらで友人の隠れた猟奇趣味がエスカレートしても困るので、私とミアちゃんで一つずつ、ありがたく貰っておくことにしました。片方だけで機能に問題はなさそうです。
しいて言うなら、材質不明のダンベルはそこそこの重さがあって、持ち上げるのに毎回苦労するのですが……私もちょっとくらいは運動したほうがいいのかもしれませんね。
そういえば、二つの世界には時間の流れに速度差があるので、下手をすれば浦島太郎のように向こうの知り合いと年齢が離れてしまうことも危惧していたのですが、そこも神様がなんとかしてくれました。筋力で。説明書きの内容を信じるなら、気合と腹の力を込めて時空の流れをぐいっと引っ張って調整したのだとか。何を言っているのか分からないと思いますが、私も自分が何を言っているか分かっていません。催眠術や超スピードなんてチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしい脳筋の片鱗を味わいました。筋肉すげー。
「さて、それじゃあ姉さんとの待ち合わせ場所に向かいますか」
「えっと、たしかリコちゃんの従姉妹さんなんだよね?」
「ええ。事情が事情ですし詳細は伏せていますが、ミアちゃんのことを話したら気になったから是非とも会ってみたいとか。なんでも姉さんにも金髪美少女の親友がいるそうで。それでバイト代で遊園地を奢ってくれるっていうんだから気前が良いですよねぇ」
まあ、細かなあれこれはさておき、折角親友を日本に招いたのです。あちらでは散々お世話になったのですから、今度はこちらがお返しをしなくては。
さあ、今日は存分に楽しみましょう。
まずは、随分長く中断してしまって大変申し訳ありませんでした。
考えなしに風呂敷を広げすぎたり、他の連載と平行して書く負担を甘く見ていたりと原因は多々あるのですが、中断している間もノドに魚の小骨が刺さったような気分がずっと続いておりまして、この度思い切って最後まで一気に駆け抜けた次第であります。
今件に関しては本当に愛想を尽かされても仕方のないこととは存じますが、それでもこうして最終話のあとがきをご覧になった皆様には感謝にたえません。
最後になりますが、ご愛読どうもありがとうございました。




