第休場:答え合わせ。
二人は答え合わせをしました。
「ねえ、フィニー。約束の温かいスープ、どうだった?」
「最高だったよ。人生で一番美味しいスープだ」
「よかった。これからどんな料理が食べたい? スパイスをたっぷりの『カレー』とか作ろうか?」
「カレー? ……初めて聞く名前だな。どんな料理なんだい?」
「お肉とお野菜をとろとろになるまで煮込んで、ピリッと辛い香辛料を効かせた黄金色のシチューみたいなものよ。スプーンが止まらなくなるんだから!」
「君がそこまで言うなら、ぜひ食べてみたいな」
「あ、でも待って。王妃が厨房に立って、お鍋をかき回してたらまずいかな?」
「まずいわけがないさ。窮屈なだけの古いしきたりなんて、もう一欠片も残さない。これからの王宮に、僕たちを縛るものはいらないよ」
「そっか、小言を言いそうな貴族も神官も、みんな逃げ出しちゃったものね」
「ああ」
「でも、本当にこれから国はどうするの? 兵も半分以上いなくなっちゃったし、政治を回す役人も足りないでしょ?」
「そこは心配いらないよ。教会の莫大な財貨をそのまま国庫に回収できた。逃げ出した門閥貴族の代わりには、職人ギルドから優秀な人材を引き抜いてきたし」
「えっ、あの酒場で密談してた人たちね?」
「ああ。彼らは誰より現場に近い。先代に愛想を尽かして辞めていった実務肌の文官たちにも声をかけて、彼らと組んでもらう」
「なるほど! 現場のプロと手続きのプロが組めば、スムーズね」
「不当な悪税は全廃した。君のおかげでインフラ整備は教会が済ませてくれた。適切に支援を行えば、冷え切っていた商業も技術も、必ず息を吹き返すはずだよ」
「隣国はどうするの? あの公爵が文字通り、その命を代償にして、かなり追っ払ってくれたみたいだけど。向こうは、まだ諦めちゃいないでしょ?」
「正面から戦うことはしないよ。母上の裏帳簿と、偽の大司教を使った国家犯罪の証拠を、周辺諸国へ一斉に公表する。国際的に『不義の侵略者』として孤立させれば、あちらも今は手を出せなくなるさ」
「銀山に目が眩んで捕虜になった諸侯たちは?」
「国境を勝手に侵した反逆者として、爵位も領地もすべて没収する。隣国には『反逆者の身代金は払わないが、引き渡すなら停戦条約を結ぶ』と持ちかけて時間を稼ぐ。その間に、貴族の私兵ではなく、市民による新しい防衛軍を作るんだ」
「……すごいじゃない、フィニー。いつの間にそこまで考えてたの?」
「僕が考えたというより、いろんな人たちから話を聞いたんだ。彼らの、ずっと胸に蓄えていた"国の理想"を預かったんだよ。王宮からは見えないけれど、あの酒場の薄暗がりには、国を動かせる本物の知恵と想いが溢れていたからね」
「なるほどね、ずっと熱心に話をきいてたものね」
「だから。どうぞ好きなだけ、大手を振って王宮の厨房を占領して、お鍋をかき回していいよ」
「そっか!」
「さて……。次は、僕から質問してもいいかい?」
「どうぞ、陛下? 何でもお答えいたしますわ」
「二人きりの時は、絶対に『フィニー』って呼んでくれよ」
「うん、フィニー」
「僕たちはさ、お互いずっと閉じ込められていたようなものだから、世界の景色をほとんど知らないだろう?」
「そうね。常に教会の監視されてる生活だったから、世界を見回すなんてこと、考えてもなかったかも」
「僕も同じさ。いつも誰かに命を狙われていると怯えてた。だから少し落ち着いたら、君といろんな場所へ出かけたいんだ。ユラは、どこに行ってみたい?」
「いいわね! あ、でも、まずは私が育った辺境の隠れ里に行きたいかな。あそこにね、フィニーにどうしても会わせたいおじいちゃんがいるの」
「おじいちゃん?」
「うん、私の料理の師匠! 実はね、昔王宮で料理長をしてた人なの。たぶん、教会の命令で幼いフィニーに毒を盛れって脅されたんだけど、どうしても出来なくて、失敗したフリをして追放されたんだって」
「……っ、そんな人が、いたのか……」
「毎晩、竈の火を見つめながら祈ってたわ。私が酒場でフィニーに出した野菜のスープも、さっきのスープも、全部そのおじいちゃんが教えてくれたレシピだったんだよ」
「そうだったのか。道理で……。僕はずっと、誰にも守られていないと思っていたのに……」
「ちゃんと、フィニーのことを想って、命がけで守った人がいたのよ。だから、元気な姿を見せてあげましょ?」
「ああ、必ず行こう。直接会って、礼を言わなくちゃね。……他には、行きたいところはあるかい?」
「変装して、下町のお祭りで屋台の食べ歩きがしたい! あとね、まだ一度も見たことがないから、水平線まで真っ青な海を見てみたいわ」
「いいね、全部行こう。ただの男と女として、手をつないで世界中を歩こう」
「フィニーは、いつから私のこと好きだったの?」
「……っ、ずいぶんと直球だな」
「ほら、目を逸らさないで白状しなさい! 夜会のテラスで再会した時? それとも、王宮でお弁当を食べた時?」
「……もっと前だよ。あの酒場で、君が輝いていたとき、かな」
「えっ? まだ名前しか知らなかったときでしょ? それに酒場では角を光らせてなんかいないわよ?」
「いや、輝いて見えたよ。きっと他の客たちもそうだ。君は、いつも明るくて、見てると元気を貰えた」
「まあ、そういう風に振る舞ってたって部分もあるよ」
「そうなんだ。酒場の男たちは、誰が声をかけるかと牽制し合ってた。でも、君は天真爛漫に見えて、意外に隙がなくて、ね」
「見事でしょ? ああいう場所での絡んでくる客のかわし方は、バイト先で先輩に叩き込まれたからね!」
「ばいと?」
「ああ。ごめん、昔の話。でも、そんなに早くから意識されてたなんて、なんだか恥ずかしい」
「君こそ、いつからだい? 最初は教会の任務で近づいたんだろう?」
「そうね、ちゃんと意識しちゃったのは、婚約してから二、三ヶ月経った頃の、あの社交パーティーかな」
「もしかして、初めて二人で公の場で踊った時かな?」
「そう、それ! この角を物珍しそうにジロジロ見てくる視線から、フィニーがさっと身体を入れて、庇ってくれたりとか」
「君を守りたい一心だったよ」
「あの時点でちょっと『あ、かっこいいかも』って思ってたんだけど……。決定的だったのは、手をとって踊り始めた瞬間よ」
「上手く踊れてたかな?」
「意外にね。ぶっちゃけ、もっと頼りないのかと思ってたの。病弱だって聞いてたし。でも、腰に回された手も、ステップの軸も、ぜんぜんブレないの」
「これでも、紳士の嗜み程度には、鍛えていたつもりさ」
「そうなんだね。えっ、この人、思ってたより全然しっかりした“男の人の体”をしてる!って、触れた瞬間にドキッとしちゃって」
「そんなところを観察されていたのか」
「顔立ちは文句なしの完璧な王子様なのに、表情が慣れないダンスで私をつまずかせないように必死でさ」
「そう思われてたのなら、すこし恥ずかしい。そうならないように十分に練習したつもりなんだが」
「いやぁ、隠しきれないよ。真剣そのものの顔でステップを踏んでる健気さと、手や背中から伝わってくる男の人らしい力強さと不器用さ」
「……」
「そのギャップよ! 完全にやられたわね。踊りながら心臓がうるさくて大変だったんだから!」
「……」
「思ってた答えと違った?」
「ああ、てっきり、酒場で出会ったときに、すでに――」
「あー。ムリムリ! あのころの私はどんな些細な情報も見逃さないように、看板娘を演じるのに必死だったし、ぶっちゃけ、王太子だって気づいたときには、優しくして恩を売っておけば、あとで利用できるかもくらいにしか、思ってないよ」
「……聞かなきゃよかったよ」
「言えないことは言わなくていいんだけれど。――あの夜のこと」
「うん。婚礼の前夜、ね」
「あのとき、今は言えないって言ってたね。今なら言えることはある?」
「んー、そうね。あのときは、教会との契約にも縛られていたから、うかつに口にできないって意味もあったから」
「なるほど。……僕が知りたいのは、君がどこから来て、何を背負わされていたのか、ということかな」
「信じてくれるかわからないけど、私にはね、別の世界で生きていた記憶があるの」
「別の世界の、記憶……?」
「そう。前の世界では、舞台の上でいろんな人間を演じる『役者』だったの」
「そう言われて、納得できることもあるよ。どれが本当の君なんだろうと戸惑いを感じたこともあったから」
「それで、何を背負わされていたかっていうのは、言っちゃダメみたい。でも、もう終わったことだから」
「……そうか。それを聞いて少し安心したよ。君がなにか重荷を背負ってるのなら、僕も一緒に背負いたい、そう思っていたんだ」
「でもね、フィニー。あなたを好きになったことと、あなたに温かいご飯を食べさせたいって思ったことは、関係ないから。私自身の本当の気持ちよ」
「ありがとう、ユラ。話してくれて」
「これから二人きりの夜、僕は君に、どんなふうに甘えてもいいのかな」
「……っ!? な、なにそれ、急にそんな甘い声で聞かないでよ!」
「だって、人前ではこれから嫌でも『強い国王』を演じなきゃいけないだろう?」
「そうね、大事な時期だもの」
「だから扉を閉めたあと、君の前でだけは、ただの男に戻りたいんだ。たとえば、疲れたから膝枕をしてほしいって言ったら、してくれるかい?」
「そんなの当たり前じゃない。膝枕でも、頭を撫でるのでも、ぎゅーって抱きしめるのでも、フィニーが望むならなんだってしてあげる」
「本当かい? 言質は取ったからね」
「その代わり、私のこともちゃんと甘やかしてよね? 私だって、ずーっと気を張って生きてきたんだから!」
「ああ、神に誓うよ。奪われていた時間も、ひとりで堪えてきた涙も、全部僕が埋めてあげる」
「……やっぱりフィニー、そういうセリフだけ妙に手慣れてるでしょ!」
二人は、切り取られた窓の縁に立ち、吹き寄せる色鮮やかな風に身を任せていました。




