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親友(♀)だと思ってたお姉様が、裏では独占欲全開のオス(♂)だった話  作者: 茗子


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第27話:微笑みの強請りと、危険な「あーん」の距離

「ねえ、すずめちゃん」

夏目瑞樹は、ふわりと天使のような微笑みを浮かべたまま、大理石のテーブルに頬杖をついた。

「伊織は『僕の領域で餌付けをするな』って怒っていたけれど。……よく考えたら、僕が自分から手を出すのが駄目なだけで、すずめちゃんが僕に食べさせてくれる分には、伊織の機嫌を損ねないんじゃないかな?」

「え?」

すずめが、泥だらけの指に挟んだ箸をピタッと止めた。

「僕、今日は朝から少し腕が痛くてね。お箸を持つのも辛いんだ。……だから、すずめちゃん。そのタコさんウインナー、僕に『あーん』ってしてくれない?」

瑞樹の口から紡がれた、あまりにも甘く、そして残酷な強請ねだり。

その言葉が初夏の風に乗ってガゼボの外へ届いた瞬間、外周を取り囲む紺碧の制服の群れから、今日一番の凄まじい悲鳴が上がった。

「ひぃっ……!? み、瑞樹様があの泥娘に『あーん』を要求なさったわ!?」

「間接キスですわ! あの下賤な女が使っているお箸で、瑞樹様が……っ!」

令嬢たちは、純白のレースのハンカチを顔に押し当て、今にも卒倒しそうなほどわななき始めた。彼女たちの絶望と怒りが入り混じった熱気で、薔薇やジャスミンの甘ったるいハンドクリームの淀みが、かつてないほど濃密にガゼボの結界へと押し寄せてくる。

「ああ、伊織様! どうかあの恐ろしい魔女の企みから、瑞樹様をお救いくださいませ……っ!」

外野の盛大な勘違いの声が響く中。

当の伊織は、洋書を開いたまま、まるで氷の彫像のようにピクリとも動かなくなっていた。

「あーん、かぁ。瑞樹くん、おてて痛いの? かわいそうに」

鋼のポジティブモンスターであり、他人の裏の意図など微塵も察しない雀は、あっさりと瑞樹の嘘を信じ込んだ。

そして、箸の先で真っ赤なタコさんウインナーをつまみ上げると、無防備な笑顔で瑞樹の顔へと近づけていく。

「はい、瑞樹くん。あーんして?」

「ありがとう、すずめちゃん。優しいね」

瑞樹が、楽しげに瞳を細め、端正な唇をゆっくりと開く。

雀の箸の先にある赤い物体が、瑞樹の顔へと近づいていく。

その距離、わずか十センチ。五センチ。

(…………ッ!)

その光景を視界の端で捉えた瞬間。

伊織の心臓が、これまで経験したことのないほど暴力的な鼓動を打ち鳴らした。

まるで、世界から音が消え去ったかのような錯覚。

伊織の視界の中では、雀の泥だらけの指先と、あの忌まわしい赤いタコさんウインナー、そしてそれを受け入れようとする瑞樹の唇だけが、ひどくゆっくりとしたスローモーションのように引き伸ばされて見えていた。

(……許さない)

伊織の胸の奥底から、ドロドロに煮えたぎったマグマのような感情が噴き上げる。

あの泥ザルは、僕の案山子かかしだ。

僕が特別に許可を与え、僕の視界を清浄に保つために、僕の隣に座ることを許した僕だけの『道具』だ。

その道具が、僕以外の男のために使われる?

あの箸が、あの赤い肉が、あの男の口の中に入る?

(……それは、明白な規律違反だ。僕の防波堤が他者に私物化されるなど、断じてあってはならない。極めて不愉快だ。腹立たしい。……殺してやりたいほどに)

氷の王子は、必死に「所有者としての正当な怒り」だと言い訳を重ねる。

しかし、大理石のテーブルの下で、伊織の両手は白皙はくせきの関節が白く透け、爪が手のひらに食い込んで血が滲むほどに、強く、強く握り込まれていた。

「伊織」

ふいに、瑞樹がタコさんウインナーを目前にしたまま、視線だけをスッと伊織へと向けた。

その天使のような微笑みの裏には、明確な挑発の光が宿っている。

『君の大切な虫除け、僕が貰ってもいいよね?』

声にならない瑞樹の囁きが、伊織の鼓膜を直接打ち据えた。

ギリッ……!!

伊織の奥歯が、砕けんばかりの音を立てた。

ガゼボの空気が、伊織から放たれる凄まじい「殺気」と「独占欲」によって、一瞬にして氷点下まで凍りつく。

令嬢たちはそれを「瑞樹様を守らんとする伊織様の気高き怒り」と勘違いしてうっとりしているが、伊織の漆黒の瞳に宿っているのは、獲物を奪われまいとするただの獰猛な「オス」の光だった。

あと数センチ。

瑞樹の唇が、雀の箸に触れるまで、あとわずか数センチ。

伊織の分厚い理性の城壁に、ピシリ、と。

決して修復不可能な、決定的な亀裂が走った瞬間であった。

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