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取者選択とオレ

「そんなはずはない! ありえません!」


 オレの言葉に、あっけなく陥落するアールアーレフさん。

 自分でやったことだけど、相手はオレなんかと比べ物にならないぐらいの格上の人だけど、今のアールアーレフさんは泣きそうなぐらい取り乱して、弱く見えた。


 弱い。

 弱いってことは、選択肢が無いってことだ。

 弱者であるオレにはそれが分かってる。


「私が、私とご主人様が負けるなど…・・ありえない! あってはならないことです!」


 抑え込まれたまま。

 多分片腕を外されたまま、


「私は選ばれた。あの方に、ご主人様に選ばれたのです。この屑のような世界から真実を教えられ、あの方に救われたのです。そしてあの方を救えるのは私だけ。そう、その為に私は選ばれたはず」


 必死で何かを訴えている。

 誰に?


「選ばれた存在である私が。あの方と共にある私が。正義であるはずの私が。力を、永遠の若さを、全てを与えられた私が、私とご主人様が負」


 そこで、バサリ、と音がした。

 音につられて床を見ると、何か白い糸っぽい物が大量に落ちていた。んー? どっから落ちて来たんだこんなもん。


『見るな』


 焦ったようなデュランの声が頭に響いた。

 けど、


「……は?」


 アールアーレフさんは、どこに消えたんだ?


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 何故! 何故! 何故!」


 ……何か叫んでるこれは、誰?


「見離されたか」


 手の中から枯れた枝に似た何かを手放して、ファリドじいちゃんが立ちあがる。


「見離された、って……え?」

「馬鹿な女だの……」


 何が起こってるのか分からないでポカーンとしているオレに、ファリドじいちゃんは「全部これで片付いたのだ」と言い捨てる。

 ……え? もしかして、これが、人?


「黒の君の意志に背いたのだ。加護を失うのは当然だろう」

「カゴ?」

「分からんか、小童。そこに居るのが、いや在るのがあのアールアーレフのなれの果てよ」

「は? これ、アールアーレフさん?」


 既に上げてる声すら僅かになっている、昔写真で見た人魚のミイラみたいなこれが。

 こんなちっちゃく縮んで、半年間冷蔵庫の中で放置されたナスみたいに黒くてカサカサしてるのがあのアールアーレフさん、だって?

 さっきまで自信たっぷりに笑って、まさに悪役! って感じだったあのアールアーレフさんがこれ?

 オレを二度も殺そうとしたはずの人の変貌に、オレは、言葉を失う。


 これが、あの、アールアーレフさんだって?


 見ている間にもどんどん黒く、小さく縮んでゆく。

 もう声も出て無い。

 手足がどうなっていたのかも分からない。

 かろうじて顔だと分かる所にぽっかりと開いた二つの穴からうっすらと、汗の一粒にも届かない小さな滴が零れ落ちるのを、オレは。見た。


「……っ、デュラン!」


 訳の分からない衝動がこみ上げて、オレはとっさに振り返って叫ぶ。

 まだ壁際で倒れて動かないデュランに向かって。


「この人どうにかしてくれ!」

「何を小童」

「こんなの駄目だ!」


 オレの叫びに崩れ落ちてるデュランが薄く眼を開ける。


「馬鹿ものが、何故このような者を庇う。我ら中央十騎士の名誉を汚した当然の報いだろう」

「でもこんなの、これは駄目だ……こんなのって、無い。絶対」


 当然の報いなのかもしれないけれど。

 こんな、死に方、たとえ誰だろうと、駄目だ。


「頼む」


 情けない。


「デュラン」


 此処まで来て、最後に頼るのがお前で。

 お前だって危ない状態で、こんなにぼろぼろになってるって分かってるのに。


「この人死なせないで」


 本当に、ゴメン。デュラン。

 でも頼む。


 まだ何か言ってるファリドさんを無視してデュランの方をオレは見る。

 それに、紫色の眼がぱちりと瞬いてうっすらと苦笑した。

 唯一無事な状態で残されてた腕が動いて、袖の内側から何かを引き抜く。

 つばの無い真っ黒な大きなナイフ。

 神の心臓抉りの短刀……リディルだ。

 無造作にデュランが手から放ったそれは吸い込まれるようにアールアーレフさんの影に突き刺さって、そこから一瞬、ぱっと何か光る物が広がったように見えた。気がした。

 や、オレの動体視力じゃ無理だから。

 でも同時に、枯れて縮んでく一方だったアールアーレフさんが、その場でぴたりと動きを止めたのは分かった。一時停止みたいに。


「……ありがと」


 呟いたオレにデュランの眼がちょっとだけ笑う。

 うん、ゴメン。


「……てか、デュラン寝かせっぱなしだったっけか。えーと、どうしよう。ファリドさんちょっと走って双神子様呼んで来て。あの人なら治せる気がする」

「いや、しかし……黒の君はもう」

「オレにまた同じこと言わせる気ですか? 中央十騎士のプライドと、黒の君の尊厳を守る気があるならオレに従って下さい、って」

「むぅ……さっきも思ったが、相変わらず嫌な言い回しだの」


 人にものを頼む態度ではないぞ、と呻くファリドじいちゃん。

 だってただ頼むだけで言うこと聞くはず無いじゃん。

 お願い三割に対してやんわり脅しを七割配合、これ鉄則ですよ。


「事実は事実ですよ……アールアーレフさんはあの状態で動けるとは思えませんし、報告もしなきゃならない。それに、あの神子様にはこの場をちゃんと見る義務がある……オレが頼まなくたっていずれは此処に来なきゃならないんですから。迎えに行くなら貴方しかないでしょう」

「しかし」

「……良いから、行って下さいよ」


 言ったオレに何か悟るところがあったのか、ファリドじいちゃんは一瞬デュランの方を見てから音響室を早足に出て行った。

 本当は偉い人のはずなのに顎で使ってすみませんね。 


 ファリドじいちゃんが出てったのを見て、オレは取り合えず座る。

 ……疲れた。




 ……うん、腰が抜けたんですけどそれが何か?

 

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