寄道仕込とオレ
オレの手から銀色のスティックが離れるのと同時に、アールアーレフさんがオレの目前に迫っていた。
……なーんて言えたらかっこ良いんだけど、残念ながらオレの動体視力はピンポン玉を追うことも出来ないレベルなので何があったかはさっぱり分かりません。
投げた、と思ったらカツーン、カツンと左右で床に物が落ちる音がして、そこにアールアーレフさんが居た。
それがオレの認識した全てだったけど、何が起こったのかは良く分かった。
だから、オレはアールアーレフさんの方向へ向かって顔を向けて、言う。
「どうも、本当にお疲れ様でした」
床の上。
そこに倒れるアールアーレフさんの少し上、そこに向かってオレは心の底から言う。
「それと、ありがとうございます。ファリドじいちゃん」
「じいちゃんと呼ぶな。まったく最近の若いもんは……」
「あ、すみません。口が滑りました」
「……まったく、この小童が」
口調が完全に老人モードのファリドじいちゃんだが、その手はしっかりとアールアーレフさんを床にねじ伏せて抑え込んでいる。
その様はオレが言うのも何だが、取り押さえが様になってるっつーか、
「てか、ファリドさん強かったんですね実は」
「何だその言い方は……疑ってたのか」
「いや、だって三位と八位って聞くとやっぱり三位の方が強そうですし……や、でも、そっか。すみません、訂正します。貴方のほうが腕が立って当然ですよね」
何せ、デュランがオレの護衛として選んだのがこの人だ。
裏切らないという信頼性、護衛のための実力。他のどの中央十騎士よりも適役だとデュランが判断したからこそ、デュランはオレの傍を離れる時にファリドじいちゃんを残した。
だから、オレは此処に来る前にファリドじいちゃんを先に捕まえる必要があった――つまるところ、これがオレの「寄り道」だった。
別にオレがここに来る前に内苑にいる全員の現在地をロアに調べて貰ったのは、内部に入った後に鉢合わせしないようにっていう話だけじゃない。ただアールアーレフさんの所に行くだけなら、彼女の居場所さえ把握できていればいい。そうしなかったのは、それが無謀だからだ。
無茶なことをするのと、無謀に突っ込むのは違う。
口八丁、はったりだけで切り抜けられると思うほど、オレは自分の能力を高いとは思って無いし、アールアーレフさんが馬鹿だとも思って居ない。
オレの存在は相手の油断を誘うには最適だけど、それはオレがちょっと力を加えればあっさり死ぬ、弱い存在だからだ。で、アールアーレフさんは中央十騎士、本来は双神子様を守って魔族との戦いで盾になり剣になる、思い切り戦闘民族の人だ。
その相手の前に丸腰で出て行くほどオレは人生捨てちゃいない。
だからこそ、ファリドじいちゃんを捕まえて説き伏せて連れてきた。
入口の所に立って部屋には入らなかったのも、扉を開きっぱなしにしている違和感を隠すためだったんだけど……うん、まぁオレが合図を出すまでずっと扉の陰で待機し続けてくれてたファリドじいちゃんにはやっぱりちゃんと感謝すべきなんだろう。
まぁ、その分到着は遅れましたけどね。結果としては正解の「寄り道」だったってことだ。
「まさかこの年になって、孫より幼い小童に「行け」などと言われるとは思わなんだが……」
「あんまりぐちゃぐちゃ言ってる余裕はなかったですし。だって遅れたらオレ、すぱーんと真っ二つですよ、きっと」
「まったく。肝の据わった小童だ」
「どうも」
なんて何故かファリドじいちゃんと掛け合い漫才っぽいものをしてると(おかしいな、普通にまじめにやってたのに)、唐突に抑え込まれてたアールアーレフさんが笑いだした。
え? ついにどっか回線切れた?
「何が可笑しい。この中央十騎士の面汚しめ」
それに抑え込んだファリドじいちゃんが唸る。
ついでに今バキって音しなかった? その手、捻って抑えてるだけですよね? 何かプラーンってなってるけど。持ってた変な武器っぽいの手放しちゃってるけど。
「面汚し?」
「黒の君の命を忘れた者に中央十騎士の名を名乗る資格など無い! 何故与えられた名誉に背いたアールアーレフ!」
「……与えられた名誉? 貴様の眼も耄碌したものですねファリド。えぇ、ですがそんなことはどうでも良いのです。真の理、真なる誉れは万人に開かれるものではないのですから。それに」
何やら電波なことをのたまいつつ、勝ち誇った眼で床を見るアールアーレフさん。
「私とご主人様の勝利はもう決まっているのですから」
……んー?
あー、はいはい、あれのことか。
オレはアールアーレフさんの視線の先を追って、そこに切れて転がり落ちている物を発見する。
あぁ……さっき投げたアレだ。
一歩、間違えて居れば。
もしもファリドさんという保険を用意してなければ、オレもああなってたのかと思うと今更だけどぞっとする。
けれど、
「……よいしょ」
オレは転がってたそれを拾い上げる。拾い上げて、アールアーレフさんの顔の少し手前に置く。
「これ、偽物ですよ」
歪んだ笑いに満ちていたアールアーレフさんの顔から、ストンと表情が抜け落ちた。
それを見下ろしながら、オレは淡々と教えてあげる。
「見覚えありませんか? わりと普段身近にあるものなんですけれど……電池ですよ。ボックス型電池。ラベルは剥がしてあるんですけどね」
「……な、に」
「新品だって聞いてたからちょっともったいない気もしますけどね」
うん、何かちょっと惜しい気がする。でも、まぁしょうがない。
ダミーだとネタばらししたところでもう一つ同じトラップを張っておく。古典的だけれど、それだけに有効な手だ。
「わりといつばれるかひやひやしてたんですけどね……そもそもオレ、こっからデュランに投げて届けられるような投力も運動神経もありませんし。ボール投げでも十超えたこと無いんですよね」
「き、さ」
「だいたいさー、デュランがわざわざ隠匿しようとした物を、ぺらぺら見せびらかすはずが無いじゃないですか。わざわざ壊そうとしてるの分かってる相手の前でひらひらさせてたらまずは疑わなきゃ。でしょ?」
「偽物なんて、そんなはずが……その手に本物を持っていると、探った時は確かに」
「あー、やっぱその手のことはしますよね。何だっけ、テレパシー? 相手の考えを読みとるでしたっけ。オレ魔法が使えないんでその辺良く覚えて無いんですけどね」
「私の魔法にお前ごとき背景が、下位の屑が抵抗したというのですか!」
「してませんよ?」
だから、魔法は使えないんだってば。抵抗手段なんて無い。ただ、
「ごまかせるようにはしましたけどね。嘘をつかなくても本当のことを誤認させるなんて簡単なんですよ?」
「口だけは達者な小童だからのぅ……」
ファリドじいちゃん誉めて無い。
もしかして扉の陰で立たせっぱなしにしてたのを根に持ってるんだろうか。チッ、器の小さい男だな。
「まぁ、嘘は言って無いですよ。言って無いですけど……ただこれは偽物です。つまり」
だんだん色を失ってゆくアールアーレフさんに、オレは分かり易いように言う。
「貴方とご主人様の負けはもう決まってるってことです」




