真偽信義とオレ
倒れていたデュランの口が微かに動く。
ヒュウ、と声にならない音だったけれど今度はオレにも意味が分かった。
『何故来た』
何故?
決まってるじゃないか。
オレはちょっとだけ笑う。
そんなことも分かんないのか? 魔王の癖にさ。
そんな魔王様とは対照的に、やっとオレに気付いたもう一人の方はオレに対して全く関心を見せなかった。潔いくらいに。
チラ見されて、そのまま終わりだ。
はいそーですか。無視ですか。でもそうはさせてやんねぇよ。
「さっきぶりですね、アールアーレフさん」
「……えぇ、そうですね」
グシャリ、と足元の固まりをヒールで踏み砕いて、クロ様の付き人で中央十騎士第三位のアールアーレフさんは何でも無いかのようにオレに挨拶をした。
それを見て、オレは納得する。
確かにあの時、オレをあの数字がガチガチと回ってる水浸しの部屋に誘導したのがこの人だってこと。
それから、その結果としてオレがどうなろうとどうでも良いと思ってたこと。
オレが死にかけたあれが、この人にとってはちょっとした足止め以外の何でもなかったことを。
罪悪感どころか、興味すら持たれて無い。
ふーん、ま、良いですけどね。予想通りではあるし、その方がやりやすい。
弱くて、舐められ易い。
それが武器になることをオレは充分知っている。
「それ」
一応挨拶だけ返してあっさりオレに背を向けるアールアーレフさん。
そのタイミングに切り込むように、オレは声をかける。
「偽物ですよ」
「……今、何か言いましたか?」
「デュランの罠にまんまとひっかかってるって言ったんですよ」
オレはニヤリ、と笑う。
その言葉に無表情だったアールアーレフさんがピクリと眉を動かした。
うん、自分より馬鹿で低いと思ってる相手に馬鹿にされるほど腹が立つことはない。しかも得意満面でドヤ顔してやっちゃった後は決まりが悪い。その気まり悪さを相手への怒りに転嫁するのはよくあることだ。
「残念でしたね」
駄目押しにもう一言。
アールアーレフさんの顔がグッと歪んだ。うわ、怖っ!
「……何を根拠に」
「可笑しいと思ってましたよね?」
敢えて問いをスルーして、オレは言葉を投げかける。
「簡単に行きすぎる、って。思ってましたよね?」
言葉はオレがもってる唯一の武器だ。
ゼ○魔じゃなくて本気で魔法が使えない上に、ボール投げでも十行かないくらいの運動音痴、止まってるハエでも動いて見えるぐらいの動体視力、ついでにスペラン○ー並みの生命力のオレにはこれしか他と渡り合える武器が無い。
だから、こういう言い合いにはある程度注意してきている。
正念場だ。
ひるむな、たゆむな、負けるな。
質問の形を取りながら相手に否定させない、そういう言葉を選びつつオレは話の方向を……アールアーレフ中央十騎士の思考を、オレの思う方向にゆっくり引っ張り始める。
「昼間のが失敗したのはアールアーレフさんの計画通り。ここまでは良いとしましょう。でも、その相手が夜中に一人でのこのこやってくるなんて妙だと思いましたよね? 昼間に妨害があった以上、ここだって安全じゃないと分かってるはずなのに、わざわざ夜中に、しかも護衛を外して出て来るってまるで「狙って下さい」と言わんばかりだ、ってね」
「……」
「ま、でも怪しいと思ってもそのままスルーして目的を遂げられちゃあ昼に邪魔した意味が無いですし、ある意味じゃあもの凄いチャンスですからね。逃す訳にはいかない。だから出てきて……って、大体こんなところですか。ま、結局罠だった訳ですが」
「……知ったような口を聞くのですね」
「知ってますから」
や、あてずっぽうですけどね。はったりですよ。
でもそんなことは言いません。顔にも出しません。
十人中十人が嫌な目つきだという眼をアールアーレフさんに向けてニタァっと笑う。
得体のしれない、嫌な感じのガキだと思われれば成功だ。
案の定、アールアーレフさんの目に微かに警戒の色がともった。
さっきまでは気にする必要も無い、覚えてる必要も無い捨て駒だったガキが、どうもそうじゃないと錯覚したんだろう。
うん、錯覚なんですけどね。
まぁここは都合が良いのでそのまま錯覚してて貰いましょうか。
「そう言えば……あなた、何故ここに居るのですか?」
「歩いてきましたから」
すっ恍けてみた。
ちらと苛立ちが見えた所に切り込む。
「オレをあの部屋に誘導したアールアーレフさんが今どうしてるか気になりましたから」
「……何の事ですか?」
「双神子様の姿を取るアイディアは良かったです。あの部屋を利用したのも良い手でした。でも、入口から入ってこないのは拙かったですね。明らかに可笑しかったですから」
そう。
デュランはあの時あの子供部屋のセキュリティ度合いを説明する時にこう言っていた。
立ち入り制限があって、入れるのはあの部屋を作った人達か、もしくはここで制作された者だけ……例えば掃除用ロボット、マナレス、そして「双神子」。
「本物の双神子様なら、部屋の中に入ってこられるはずなんですよ。具合が悪くて戸口にすがってたって可能性もありますけど、それより中の椅子に座った方が外で立ってるよりよっぽど合理的です」
「……」
「それに、あの部屋にオレを誘導するなら入ってきて入口まで連れてくのが確実なのに外から呼びかけるだけでしたしね……考えてみれば不自然すぎるんですよ」
「……何の話か分かりませんね」
「あの時」
オレは言う。
「あの部屋にオレがあのタイミングで居ると分かっていて、なおかつその先の部屋について知識があった可能性がある人は四人。デュラン、双神子様、それから案内してくれたファリドさんと、貴方です。デュランは除外。部屋に入れなかったから双神子様の可能性も低い。ファリドさんはあの場に居たからやっぱり除外。そうすると……残るのが貴方です」
「消去法ですか」
「消去法ですね。まぁ、貴方の居場所が音響室だった時点で確信に変わりましたけど」
音響室。
名前を聞けばおおよその用途は分かる。同時に、そこが恐らく外部への防音設備が施されてるってことも予想できる。
こっそり、目障りな魔王を排除するにはうってつけだ。
「オレが生き残ったせいで、デュランはとっくに貴方がやったって気付いてましたよ。だから、準備が整わない今夜のうちに動いた。ま、ついてなかったですね。や、むしろ見通しが甘すぎたってとこですか。デュランを相手にするには貴方じゃ役者不足だった」
「……」
「役者不足だったんですよ、最初から」
オレは淡々と繰り返す。
「ここにデュランが来ることを妨害するのにも失敗して、今日の昼間はデュランを妨害したけれど結局オレは死なずにあなたがやったことがばれて、おまけに今もデュランの掌で踊ってるとか。本当に心の底から同情してあげますよ、アールアーレフ中央十騎士様。結局貴方がやってることは、デュランにとってはただしく道化でしか無かったってことですね」
「……何を根拠に」
合掌してしめくくったオレに、アールアーレフさんがギリ、と歯ぎしりする。
折角の美女っぷりが台無しだなーと眺めていると、いきなりガシャンと彼女が足元に散らばった破片を踏みつけた。
「何を根拠にとさっきから訊いている! 答えろ! 私は! 私はちゃんとやりきったんだ! もう何もこれは出来ない! 私は正しかった! 私はご主人様の言うとおりに、私はやった! もう手出しは出来ない! もうすべて壊してしまったんだよ。そうだ、壊したんだ。壊したんだ、ほら、壊れている! あははっ! 私は勝った! 私はやりきった! もうこれで何もできない! そうだ、救ったんだ! 私が、私こそが!」
「偽物ですよ」
オレの言葉に、ガシガシと踏み続けながら笑い叫んでいたアールアーレフさんが、その表情のまま止まる。
「本物、こっちですから」
オレが握っていたそれをちょっと見せて振ると、デュランが『どうして』と声の無いまま唇だけで呟いた。




