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意思表明とオレ

 デュラン。

 真っ白な服。

 長い足。

 指の長い、大きな手。

 黒い髪と紫の眼。

 不敵な微笑。

 不遜な態度。

 チート。

 魔王。

 自由奔放。気紛れ上等。


 少し寄り道したせいで遅れて到着した時でも、オレは思っていた程焦っては無かった。

 何処かで思っていた。

 デュランが何かに負けるはずはないし、魔王を傷つけられるものなんて何処にも無いんだって。

「呆れました」


 ぼたぼたと、だらだらと、ばたばたと。

 デュランの白い喉に真っ赤な三日月。

 溶けて、服を同じ色に変えてゆく。


「普通の人間でしたら既に死んでいるはずなのですが……本当に、死なないのですね」


 壁にもたれかかるようにして床に座りこんだまま、片手で喉を抑えてるデュランにあの人がそんなことを言う。

 まるで「今日の特売品は何だったっけ?」みたいな調子で。

 デュランの表情は髪に隠れて見えない。


「話はあの方から聞いては居ましたが、本当にこのような化け物だったとは……守衛は何をしていたのでしょう」

「……」


 デュランの口が何か動く。

 でも喉が開いてるから声は出ない。ひゅーという音が入口に立ってるオレまで聞こえた。

 白と赤の比率が逆転してゆく。

 デュランの口元は何故かまだ、ほんの少し笑ってるように見えた。


「えぇ、ですが今はどうでもよいのです。これのおぞましさなどどうでも良いのです。さぁ、出して下さいアレを。持っているのでしょう? その為に、来たはずなのですから」

「……」

「聞こえませんか? それとも化け物には人間の言葉を解する能力が無いのでしょうか」


 二度目の声には軽蔑の色があった。


「持っているはずですよ。何の為に腕一つだけ残したと思っているのですか? 早く、出しなさい。『鍵』を」

「……」


 『鍵』……まぁ十中八九アレのことだな。

 そう思ったけどオレは沈黙を守る。

 入口に居るせいで、背後からの光で伸びたオレの影はデュラン達のとこまで伸びてるのに完全スルーされてるんだから、わざわざ目立つ必要はない。


「立場が分かっていないようですね」


 沈黙したまま動かないデュランに、相手が少しだけ苛立ちを覗かせる。

 ミシリ、と音がしてオレはビクッと震える。

 ……今の、何?

 何か、凄く、嫌な音だった。良く分からないけど、物凄く嫌な音だった。


 甘い、花の匂いがする。


 急にこのまま全部止めて逃げ出したくなる。

 あれ、足動かない。


「先に殺して、死体から探しても良いのですが……」


 足ってどうやって動かすんだっけ、とか考えてるオレは当然スルーで向こうは向こうで話が進んでいる。


「先に死ぬと自動で発動するという話だそうですね……それでは本末転倒なのですよ」

「……」

「出して下さい。そうすれば、早く楽にしてあげましょう」


 「どちらにせよ抹殺コース」という意味にしか聞こえないのですが、オレの読解力の問題でしょうか。

 けれど、その言葉を聞いてもデュランは動かなかった。

 ……生きてる?

 あ、ちょっと動いた。まだ生きてる。良かった。


「……」


 声が出ないデュランの口元が何か動く。

 オレにはさっぱり意味が分からなかったが、どうやら相手の方は意味が分かったらしい。

 手にした棒っぽい物で言葉が終わらないうちにデュランの横っ面を張り飛ばしたから。

 痛そうな音がして、デュランの体が横向きに倒れる。

 その拍子にカララララッ、とどっからか落ちたものが床を滑って相手の足に当たって止まった。

 薄い直方体の、それ。

 相手の背中から、何かぞっとするような感情がゆらっと立ち上ったのが見えた気がした。


「は……ははっ、あははっ! 見つけましたご主人様! 見つけました!」


 人間なこんな声で笑うことが出来るんだろうか。

 今更、ようやく自覚が追いついた恐怖がオレの足を掴む。

 何で来ちゃったんだろう。

 馬鹿だ。

 明らかに場違いだって分かってたのに、何が出来るつもりで偉そうに。


 「こんなもの、こんなもの、こんなもの」とどっかイっちゃった感じで落ちたそれを粉々に踏みつぶしている人には、朝此処を訪れた時に出会った時の面影はない。

 顔が見えないのに、そこに居るだけでまったく別の何かに変わってしまったことがオレにも分かる。

 こんな、もの。

 こんなもの無理だ。

 無理。絶対無理。無理ったら無理。無理無理無理。

 ここでオレが逃げたって良いはずだ。だって出てっても意味ないし。誰だって納得する。突っ込んでって死んだ方が「バーカ」って話だし。

 こんな、異常で異様なものとか、状況とか、こんなもの一人でどうにかしろって言われたって。



 ……。

 一人で。



 オレは向こうの壁の方に転がってるデュランを見る。

 表情は髪が邪魔して見えないけど、殴り倒された時のほっぺたが真っ赤に腫れてる。唇が切れて、血が出てる。

 デイジーさんから貰ったっぽい白い服は、今は白い部分の方が少ない。

 両足首が変な感じに曲がってるのは、きっと折れてるからだ。


 デュランはオレとは違って何があるのかしっかり承知して、ここに来てる。

 デュランはオレとは違って本当は魔王でちゃんとした力をもっている。

 デュランはオレとは違ってここに来なきゃいけない理由があった。

 デュランはオレとは違って自分の目的を達成する手段の一つとしてこの状況を自分で作った。


 だけど。

 だけださ。

 今、こんな状況に一人きりだってことについて、オレとデュランで何か違うんだろうか。

 誰も助けに来なくて当然だと思ってるデュランがいることが、この状況の異常さを理由に納得して良いんだろうか。

 当たり前のように、一人ぼっちでこんなところに転がって、こうなることが当然だって考えてる。

 そのデュランを、今ここで見捨てるのに充分な理由が、オレにあるのか?



 ある。しない理由なら、見捨てる理由ならいくらだってある。

 だけどやる理由が一つあったら、それで充分だ。

 逃げるな。

 やり通せ。

 じゃなかったら、オレの意味が死ぬ。


「――、」


 最初の一声は上手く出なくて、オレは手に握りしめたものに力を込める。

 ぐっと巻き直すマフラー。

 大丈夫。

 やれる。

 やれなくても、やろう。

 意志を、表明しろ。


「お邪魔します」


 予想よりも冷静な声は、部屋の中にカンと響いた。


 

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