愚者盲進とオレ
愚直なまでに突き進め
オレが言い終えた後、アドルフは予想に反して失笑もせず、呆れた様子も見せず、ただ何か妙なものをうっかり口に入れてしまったとか、空飛ぶ紅色の豚を見てしまったみたいな、何とも言えない表情でオレをじーっと暫く見ているばっかりで。
オレが良い加減諦めようかなーと思ったその時になってようやく、なんだかものすごく嫌そうな顔をして溜息を吐いた。
「……あー。まぁ、なんつーか……」
そう呻いて、アドルフはそれから深い深い溜息をついてしゃがみこんだ。
「あー、くそっ。しょうがねぇなぁ」
「諦めついた?」
「諦めた訳じゃねぇよ……いや、まぁそうかもしれないが。あーくそ、信じらんねぇ」
何なんだと口の中で往生際悪く繰り返して、急にガバッと立ちあがるアドルフ。
うわっ、びっくりした。
「しょうがねぇ。腹括って聞くぞ」
「おう、何でも聞け」
「何でまたそう……あー、とりあえず、だ。お前の話には乗れない。理由は分かるな」
「一、オレの依頼内容に具体性が無い。二、オレには金が無い。三、お前は今仕事中。四、デュランが危険なら、そんな場所にオレを連れてくわけにはいかない」
「……分かってるじゃねぇか」
「その辺はクリアできるけどね」
一つだけを除けば。
オレは拳を握りしめて更に一歩前に出る。
アドルフがほんの少し、退いた。
「一、具体的にはオレをアンタの手である場所まで運んでくれればそれで良い」
「ある場所?」
アドルフが警戒を込めて聞いてくるけれどここではまだ教えない。
さらにもう一歩前へ。
「二、金は後でデュランが払う。デュランを助けに行くんだから当然だろう。逆に言えば、デュランが死んでたらこの契約は成り立たない」
「つまり即座に動けってことか」
「そういうこと。三、オレを護衛するのが仕事ならむしろオレの依頼を受けたほうが良い。何故なら、アンタが受けても受けなくてもオレはそこに行くから」
「はぁ?」
「当たり前だろ。オレは行くだけならアンタの力を必要としない。ただ、デュランを助けるにはオレ一人じゃ足りないだけ。具体的には足が無い」
「あー……」
マナレスは運転免許をとることができない。
愛用のチャリもここには無い。
走るのだって人並み以下のオレが悠長に歩いている時間は無い。
妨害を受ける可能性だって低くは無い。
だからこそのアドルフだ。
権限があって、足になるものも恐らく持っていて、妨害を跳ね返すだけの力があり、なおかつDDDという信頼がある。
そして、現状に恐らく疑問を持っている。その勘の良さ。思考の回転の速さ。それが欲しい。
「オレは行くよ」
更にもう一歩前に踏み込んで、アドルフの眼をじっと見ながらオレは言う。
相手の感情の揺れ一つ見逃さないように、オレの意志の強さを思い知らせるように、視線をそらさずに言う。
「アンタらの裏を掻いて、ありとあらゆる手段を選ばずに、節操無しに、何でもできることは手当たり次第に利用して、見境なく騙して、とことん掻きまわしてでも行く。言っておくけどオレ、こういうことさせたら相当タチ悪いよ?」
「……だろうな」
苦い表情のアドルフ。
「それなら、オレと契約して首に縄つけた状態にしておいた方がアンタらにとっては楽だし、ついでにオレからの依頼も同時並行でやって料金二倍。手間は十分の一。悪い話じゃないと思うけどね」
「……とんでもない女だな、お前」
「必要だからな」
肩を竦めたオレに、アドルフが何故か更に微妙な顔になって溜息を吐く。
あんまり溜息ばっかり吐いてるとハゲるぞ?
「……最後の質問の答えは残ってるんだろうな」
「うん」
「仮に」
間に溜息をまた挟んで、アドルフは大分近くなったオレを見下ろす。
「お前の仮定が当たっていたとして、だ。陛下を助けに行くって辺りがどうにも腑に落ちねぇんだよ」
「デュランがやばいことやってるのはそっちも想像ついてるんじゃないの? オレ達の護衛、なんて都合の良い理由を着けてDDDを身の周りから外して、一人で何かしようとしている」
一人で。
「依頼が無いから監視は着けて無い……や、違うな。一応念の為って名目で付けたけど、撒かれたってところか。今までは一度見失っても見つけてた。でも今回は見つからなかった。そんなとこか」
「……随分確信ありげだな」
「デュランが面白半分に撒いてたなんて、多分あれ嘘だからな。大方、独りで行動する時の為の布石だろ」
オレの言葉にアドルフが小さく舌打ちした所を見ると多分当たらずとも遠からずの現状ってとこか……。
本当に、あの、馬鹿。
勝手に一人で、独りぼっちで行きやがって。自分だけで済ませればそれで良いと思ってんのか。
「あいつは今、DDDにオレ達の……オレの行動を封じさせて、DDDの行動はオレ達で封じさせて、フリーになった隙に動いて今回の件に片をつけようとしている」
一人で。
「だけど、それをさせる気はオレには無い。デュランがどう考えてようが、それはオレの考えじゃない。アンタ達は仕事だからデュランの指示には従わなきゃならないかもしれないけれど、オレにはそんなの関係無い」
「危険でもか?」
「危険でも」
「死ぬかもしれないぞ」
「それでも」
「お前が行くことでかえって陛下が危険になるとしてもか?」
「なっても」
「足手まといだと分かってるんだな」
「分かってる」
「行っても何もできないかもしれないぞ」
「それでも行く」
「……何でだ」
アドルフの眼が揺らぐ。
オレは一歩前に出る。
もうこれ以上は近づけない。ギリギリの距離。
「そんなの、知り合いが独りで危険背負いこんでるって分かってる時に、そこに行かない理由にはならねぇよ」
一人で。
あいつは一人で行った。
独りっきりで。
独りぼっちで。
そう分かってしまったから、オレは行かなくちゃならない。
「行くなんて正気じゃねぇ。ただの馬鹿だ、って……そうかもしんない。でも知ってる奴が独りっきりで、そいつ見殺しにして、自分の中のモン曲げて、それで得られる安全だとか賢さならオレは要らない」
そんならオレは馬鹿で良い。
役立たずの、迷惑な奴で良い。
たとえそれで、デュランがこんな馬鹿なことしてまで守ろうとしたこと全部を台無しにするとしても。
そんなの、クソくらえ。
「独りっきりにするより、ずっとマシだ」
「お前……」
「オレは行くよ」
絶句したアドルフに、オレは繰り返す。
「オレはデュランを助けるんじゃない。助けに行くんだ」
お前を独りになんか、させてやんねぇよ。絶対にだ。
【作者後記】
格好良く生きたいです。無様に生きたくは無いです。
生きているなら誰かに認められたいし、その為に誰かの邪魔にはなりたくない。
痛い思いはしたくないし、役立たずにもなりたくない。
それでも、それを曲げてでも貫きたいと思う意地がナカバのようにあるかと言われえば……どうなんでしょう。
今晩は、尋でございます。
続きはまた明日と言うか……今夜帰ってから書きます。
読んで下さった貴方への感謝をいつも文末に。
作者拝