現実逃避とオレ
正直ものすごーく気が重い。
何せ、さっき、ほんのついさっきオレ双神子様にケンカ売っちゃったばっかりですから。
そう言えば前にデュランがあのえろーい声で「後で良いことをしてやろう」って言ってたの忘れてたですよ。
ん? ちょっとニュアンスが違うな。
良い子にしてたら会わせてやろう、だっけ? 良く覚えてないや。
あの時は「うわやった、魔王超すげー」とか思ってたけど今となっては後悔しかありません。
どの面下げて、さっき喧嘩売った挙句尻尾巻いて逃げだした姿を見られてる相手の前に顔を出せと!
「……何をしている」
「意志表明を」
柱っぽいところに○っこちゃん人形みたいにひしっとしがみついたままオレは答える。
「……そうか」
あっさりベリッと引っぺがされました。
ぎにゃー!
「鬼ー! 悪魔ー! 魔王ー!」
「……流石に魔王は酷いと思いますが」
ファリドさんが控え目にフォローを入れてるけどデュランは平然としている。
だって本物だもんな。
そんな極悪人の魔王様はオレを引きずりかけた姿勢のまま、小さく首を傾げる。
「何をそんなに抵抗する」
「いや、何と言うか微妙に会うことに抵抗があると言いますかですね……」
もにょもにょと語尾を誤魔化したら、デュランが苦笑した。
「そう緊張するな。あれは割合気立てが良いし、悪い奴ではない」
……アレって双神子様のことですか?
さすがに双神子様を「アレ」呼ばわりしたのがファリドさんにばれると拙いのは分かってるのか、デュランは小声でオレに言って、片目を瞑って見せる。
何ウィンクなんかしてるんですか馬鹿ですか。
てかそれが様になるなんてさすが美形ですね。超絶イケメンですね。爆発しろ。
「さて、反論が無かったところで行くぞ」
「あ、待って待って。今反論考えるから!」
「あ、デュランさん勝手に入っては!」
「ん?」
「……どうぞお入りください」
にっこり笑ったデュランに、さっと敬礼するファリドさん。心の底から屈服してます。
それで良いのか中央十騎士。
あ、中央十騎士と言えばナーさんどこだ。
おのれ、不利と悟って一人だけで逃げやがったな、あんにゃろう!
天使みたいな顔して悪魔みたいな奴だな! あれですか、一昔前にはやった小悪魔系ですか! ぴったりだな!
ちくしょう、帰ってこいナーさん。へるぷみー!
「さ、行くぞ」
「や、やだ。待って、はじめてなのにこんな……まだ、心の準備が……」
「そうかそうか」
「聞く気ゼロかよこんにゃろうっ!」
オレが心の血涙流してる間ににもデュランはまるで友達の家に入るみたいにずかずかドアの方へ進む。
当然のようにオレの首根っこ掴んで引きずったままで。
ぎゃーす! ぎゃああーす!
全力で暴れても、がっちり掴まれてる感じは無いのに全然外れねぇんだよ。
お前さ、今パワーダウンして人並みの能力しかねぇんじゃなかったの?
この嘘吐き! 嘘吐き!
「入るぞ」
「入らんで良いからっ!」「どうぞお入りください」
はい、どちらの要望が通ったでしょうか?
当然オレじゃねぇ方だよ。けっ。
デュランの前にあった扉がシュッと音を立てて自動ドアのように左右に開く。
きゃー!
「って……あれ?」
意外と、地味?
オレはデュランにずるずるされながらキョロリと辺りを見回してみる。
木目のある壁。
床は若草色の石っぽい感じの素材だな……なんだろう? かなりツルツルしてて、タイルみたいな繋ぎ目も無いのでオレもスムーズに引きずられることが出来ます。便利ですね。
ちなみに天井には薄い布の幕が縦横斜めに張ってあって、多分あの上に何かの照明があるんだと思う。
間接照明って光が優しくて良いよね。うん。
「どこを見ている」
特に冷暖房はかけてないっぽいんだけど、適温かな。
それと、ほんのり部屋の空気に何かポプリっぽい匂いが混ざってる。落ちつくようないい匂いだ。
「ちゃんと前を向け」
何でオレがこの部屋のリポートしてるかというとですね、
「現実逃避するな」
現実逃避ぐらいさせてくれ!
天井だけ見てたら、ニュッとデュランの顔に覗きこまれた。だからその顔出すなってば。
「やれやれ」
さかさまに映ったデュランの顔が苦笑して、ひょいっと床から持ち上げられた。
そして、ペイッと落される。
うん、まぁ、つまり双神子様の目の前にってことですよ。
ばっちり目が合いましたとも!
双神子様は家具の無い部屋の真ん中に備え付けられたベッドの上に居た。
その脇にいるのは第三位のアールアーレフさんだ。
てか、双神子様さっきと庭で会った時とは恰好が違う。着替えたのか?
あの時はドレスにもふもふな襟巻っていうか、ショールみたいな感じのをぐるっと上半身に巻きつけてたけど、黒のスケスケなネグリジェっぽいものをお召しになって、何と無く絹っぽい光沢のあるシーツを敷いたベッドの上に横になってる……あれ、どっかで似たような光景見たような。
ついでに寝てるベットはアレです。お姫様ベッド。
上からカーテンみたいなのをこう、ががーっと垂らしてる奴ね。
ちなみに流石にフリルとか、花柄とか、色がピンクだとかそういうことは無かった。
ネグリジェと同じ黒で、金色の刺繍がちょこちょこしてあるって感じ。
あそこにオレが居てもまぁ場違いなんだろうけど、銀髪で容姿端麗な双神子様には良くお似合いです。
てか、しどけなーく崩したネグリジェが色っぽ過ぎます双神子様。
目の保養ですな!
いやいや、見とれてる場合じゃなくて……挨拶しなきゃ。
そう思ってオレは愛想笑いを浮かべて何て言おうかと考えながら双神子様を見て、あることに気付く。
「あーっ!」
「どうした」
「無いーっ!」
あ、あれが無いっ!
なんてことだ!
「む」
「む?」
「胸が無いーっ! オレの、オレのきょぬまくらーがー!!」
……あ。
しろーい視線の中でオレはしまったと思ったけど後の祭りでした。
けど。
「くっ……」
沈黙を破った無駄に色気たっぷりな笑い声にオレはデュランを見上げる。
「何か面白いのかよ」
「いや……くくっ……」
笑いをこらえてるのか、口元を手で押さえて顔をそむけ、肩を震わせてるデュラン。
「まったく……お前は……くくっ」
「なんだよー!」
「ふふっ……」
笑ってないで答えやがれ、とオレはギロッとデュランを睨む。
それに代って答えたのは寝そべっていた双神子様だった。
「私は、無性種ですから……」
「ゼロだって?! ……って、ゼロって何だっけ?」
ゼロの焦○……いや、あれは小説か。
えーと、じゃあゼロの頂○……いや、あれはパロCMか。
ゼロの使○魔……や、あれはひんぬー正義か。
ゼロッ○スはプリンターとかの会社だし、某赤い蝶はホラーゲームだし、ニュースでもないだろうし、ゼロ金利政策は大分前に終わってるし。
ゼロって何かもっとこう、有名なものがあったような……。
「あ……え、ゼロ・パーツ?!」
でもゼロ・パーツって黒髪に紫の目じゃなかったっけか?
ここに居るデュランみたいに。
それに比べて双神子様は綺麗な銀色の髪にガラス玉みたいな真っ黒な眼をしている。あんまりゼロ・パーツには見えないよなぁ。
「無性種というのはな、中性種の一つだ」
「カルマ?」
「中性種だ。所謂オス、メスに分類できないカテゴリーの存在のことだな。無性種は言ってみれば女でも男でもない存在だ」
「ほほぅ? え? てことは胸もゼロってことか?!」
「えぇ」
にっこりとほほ笑む双神子様。
「でも、男性の身体部も持っていません。無性種ですから」
「てことは、あの至福のむっちりもっちり感触はマボロシ……」
そんなぁ……。
本気でがっかりしたオレに双神子様が不思議そうに首を傾げる。
だって。だって。だって!
ぜっったいアレは素敵なきょぬー枕だと思ってたのですよ! 近年まれにみる最高級枕だと思ってたのですよ!
そりゃあ、実際手で揉んだわけじゃなくて顔をむぎゅーっとしただけですし? ふっかふかの襟巻越しでしたけどさ。
でも、きょぬリストのオレが間違えたなんて! ショックだっ!
「これは今すぐ修行の旅に出なくては」
「何の修行だ」
あっさりデュランに首根っこを掴んで引っ張り戻され、俺の修行の旅は一歩目から挫折しました。
「だから言っておいただろう。男でも女でもないと」
「うぅぅ……」
「ちなみに最も有名な無性種がゼロ・パーツと呼ばれる一連のシリーズだな」
「きょぬー……オレのきょぬーが……」
「お前のではない。他を当たれ」
「うぅぅ……」
もう一度現実逃避したくなったオレなのでした。うぅぅ。
【作者後記】
ということで、黒の君は無性でした。
あ、黒の君というのは上に出てる双神子様のことですよ。
今晩は、尋でございます。
初めての方もそうでない方もようこそ。
クーラーという文明の利器のありがたさが分かるような今日この頃ですが、どうか熱中症にはお気を付けて。
尋は何度か危ない所に踏みこんでいたようですので。