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身分証明とオレ

8/20 誤字修正と一部分かりにくい部分を補完、変更

 ギラリと光る研ぎ澄まされた刃。

 それを目にして、カウンター向こうのおっちゃんがゴクリと唾を呑んだ。

 オレはそれを付きつけたまま、じっと時を待つ。

 一秒、二秒、三秒……以下略。


「つまり……」


 おっちゃんがオレを見下ろして、言う。


「買い取りご希望ですか?」

「うん。見積もりお願いします」


 え? 誰が強盗だって? んなことする訳ねぇじゃん。

 オレはただ、この刃物――包丁を武器屋で高く買い取ってもらおうとしてるだけである。

 この「包丁買い取らせ大作戦、セントラルより愛をこめて」は今回のセントラル観光の目的の一つで、それもあってヴィーたんに便乗して刃物屋を回ってたのですよ。

 だってコレ、うっかり衝動買いしちゃったけど使わないかし。

 オレ料理とかしないし。

 ただ実演販売のキノコのおばさん(だと思う。性別不明)の腕があまりにすごくて、ついうっかりノリで買っちゃったんだよな、コレ。

 いや、マジであれはすごかった。

 もっかい見てぇな。あの空中にポーンって投げて、落ちてくる前に花型に切れる奴。


 ま、とにかくコレ使わないまま眠らせといても意味ねぇし、ここは一つ貧乏学生の金になってもらおう。

 良い人に貰われるんだぞ。


「うーむ……おい、スターク」

「はーい」

「こっちのお客さんの相手してくれ」


 おっちゃんに呼ばれて奥から出てきたのはエプロン姿の若い兄ちゃんだった。

 ……よし、このレベルなら平気だ。

 どれかってと体操のお兄さん、セシェン君タイプだけどあそこまで顔が人外じゃねぇなこいつは。

 オレが頭ん中でんな事考えてるなんてまるで知らんだろうそいつはスマイル(商売の基本だ)を浮かべてすぐにこっちの方まで来てくれた。

 それは良い。

 良くなかったのはその後、


「やぁ、どうしたんだいボク? 探し物かな?」


 しゃがんで視線を合せやがりました。

 ……うん、でも八つ当たり良くない。分かってる。


「鑑定をお願いしたいんです。費用かかりますか?」

「そっかー、大丈夫だよ、初回の鑑定はお金かからないからね。お使いかな? 偉いね」

「はぁ……あの、一応初等教育は終えてる身ですからあまりお気遣いなく……」

「え? あ、それはごめん。悪かったね」

「いえ、良いです。慣れてますから……」


 不本意だがな!


「いやいや、申し訳なかったね。そうだよな、君はもう立派な紳士だ」

「いえ、紳士とまではいかないと思いますけど……」


 ちょっと心惹かれるがな!


「それで、見て欲しいって言うのは……」

「これ、お願いします」


 オレは例の万能包丁を兄ちゃんの方に突き出す。

 ただし、今度はケースに入れて出した。

 一緒に買い取られた方が値段が高くなるならつけるし、そうじゃないなら外しておく予定。


「へぇ、変わったケースだね。何の革かな?」

「……さぁ?」

「何処の製品だろう。銘も社名も入ってないようだけど」

「多分手作りだと思います。そう言うのって買い取り対象外ですか? それなら余所行きますけど」

「うーん、ちょっと待ってね」


 言って兄ちゃんはケースを開いて中身を確認し、急に表情を険しくした。

 何だ? 包丁ってやっぱダメなのか?


「君、身分証は?」

「あ、持ってます」

「ちょっと見せて」


 売買の際に身分証が必要なのはオレもちゃんと心得てたんで、オレは腕に嵌めてた身分証を照合機の上にかざす。

 ぴろりーん、という音。

 それを見て兄ちゃんの顔が何か更に険しくなった。

 うーん……嫌な予感。

 オレがじっと待ってると、やがて兄ちゃんはそっと声を潜めてオレの方に顔を寄せた……って、近い近い。


「……君、これ本当にお家の人に許可とって持ってきてるのかい?」


 あー、そう来たか。やっぱり。

 オレは表面上は特に表さないまま、内心で苦笑いする。

 うん、ま、だよなぁ。うんうん。

 『馬鹿』で『貧乏』で『犯罪者が多い』マナレスがこんな高価っぽい包丁、一人で持って売り払いに来たらそりゃ怪しいよなぁ。

 どうやらこの対応から推測するに、オレが家から勝手にお小遣いが欲しくて盗み出した、みたいなストーリーが兄ちゃんの頭の中では出来上がったらしい。


「悪い事は言わないから、もし勝手に持ってきたならちゃんと返してきなさい」


 それでも、更生の機会を与えようってなこの兄ちゃんはまだ良心的っつーか、甘い方だ。

 問答無用で警察呼ばれるとか、店の奥に引きずりこまれるとか、結構珍しい話じゃねぇもんよ。

 うーん。しっかし、どうすっかなぁ……。

 この分だと買い取ってもらうのは無理か。

 何言ってもマナレスの言葉なんか信じないだろうし、本当の話したら黄色い救急車が来ること間違いなしだ。

 ……うん、あきらめるか。

 そうすると予算がだいぶ減るけど、まぁ、それならそれなりの所で手を打てば良いだけだし。


「ナカ吉、どうしましたか」


 オレがうーん、と考えてるとヴィーたんがいつの間にか後ろにいた。

 う、まずい……マナレスだからって断られそうとか知ったら、絶対ヴィーたん怒る。

 ここは一つごまかそう。 


「あ、ヴィーたん。いや、ちょっと買い取り対象外っぽいってさ。そんだけ」

「……」


 うぁ、バレた気がする……ちょっと後半が早口すぎたか?

 ヴィーたんの仕事のできるお姉様風の顔が怖い感じになってる。……バレたな、これは。


「いや、うん。ほら、縁が無いだけってゆうか……」

「失礼。私が変わります」


 あああああ、ヴィーたん怒ってるよ。

 やっべぇ、どうする? どうすんだよオレ。ライフカ○ドはどこ?


「何か、問題でもありましたか?」

「え、いえ……あの、どう言ったご関係で?」

「親戚です」


 堂々と嘘を吐くヴィーたん。

 ま、そこまでは身分証からは読めないから証明しようがねぇけどさぁ。


「この子に売却を任せていたのですけど、何か品に問題でもありましたか?」

「あ、いえ……高額な物なので学生から買い取る場合は保護者の許可が……」


 嘘吐け。


「ならば私がなります。これで問題はありませんね」

「失礼ですがチェッカーを」


 ぴろりーん。


「はい、問題ありません。すぐに金額のご相談を……」


 速効成分、ヴィーたん。みたいな。

 さっすがB種公務員の候補生って立場は強ぇな。楽々ってもんである。

 慌てた様子でバタバタしだした兄ちゃんがカウンターの奥に消えてゆくのを見ながら、ヴィーたんがオレの方を見下ろしてにっこりと迫力のある笑顔を浮かべた。


「ナカ吉。少しこの人と話しておきます」

「うん、分かった」


 ヴィーたんちょっと怒っちゃってるし、この場なら彼女に任せた方が良いよな、相手の今の心情的にも。

 オレは頷いて「店ん中見て来る」とその場を預けて身を引いた。



 こんなことぐらい、別に大した事でもなんでもねぇし。こう言う時に怒ってくれるヴィーたんが居る。

 これって充分ちょっと贅沢なビ○ルの気分だろ?



 

【作者後記】

異世界に飛ばされるっていうのも理不尽ですが、現実だからこそのしかかって来る理不尽もあると思います。

どちらの方がより厳しいかなんて、そもそも比較できない話なんですけど。

どうも、理不尽をマダム・リーと表現する事が妙に気に入っている尋です。こんばんは。


ご来訪の皆様、ありがとうございます。

拍手感謝です。

お気に入り登録90人目様、ようこそいらっしゃいました。

そして、万能包丁のくだりに「あぁ、あの時の」と思って下さったそこの貴方、握手して下さい。(待)

そうです、あの時のあの万能包丁ですよー、気付いた方はニヤニヤして頂けると嬉しいなぁ。


次回は土曜日更新の予定です。

またその時にお会いしましょう。


作者拝

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