21・もふもふと幸せな午後
心地よい日差しに、素敵なもふもふ。久しぶりにのんびりできる午後で、私とクリストフ様は寄り添って心地よくまどろんでいた。
とても幸せなひとときだけど、本当はこれもマナー違反らしい。でもなぜか、『聖女はもふもふに癒されることにより、重圧からくるストレスを軽減している』というのが世間の共通認識になっているようだ。今では(主に陛下夫妻から)積極的に、クリストフ様と過ごすよう勧められている。
婚約をする日にちも、決まっている。良き日を選んだ。問題は昼間にするか、月の出ている夜にするかということ。というか、気にしているのはクリストフ様だけだけど。私はどちらでも構わない。
――本当のことを言うと、フェンリルのクリストフ様のほうがいい。
「公爵閣下――!」
突然大きな声がして、クリストフ様も私もビクリとして声のしたほうを見た。
そこにいたのは、ランプを手にしたアシルだった。うしろに苦笑しているコンラートがいる。
結局ルヴィエ家への罰は罰金だけになった。ただ、セヴィニェ公爵(つまりクリストフ様)の後見付きという条件でだ。普通ならありえないし、屈辱的と感じることだろうけど、アシルは喜んでいる。
ちなみにイザベルはオーバンの死にかなり動揺していて、幽閉には義母がついていくことになった。義母は出発前に私に、アシルを頼むと何度も頭を下げていた。私は『任せてください』と約束をした。
でも、アシルはそんなことはまったく気にしていない。妹と母の出発を見送ることもしなかった。
そんな変人がクリストフ様になんの用なのだろう。
立ち上がり、スカートの埃を払う。
「できましたよ!」
と、義兄は誇らしげにランプを掲げた。
そういえば、太陽の光を蓄積して遣う魔道具のランプを開発中だと聞いている。お父様の葬儀に出なかったのも、そのせいらしい。
「蓄光ランプが完成したのか?」とクリストフ様が尋ねる。
「そうですけど、そうじゃない」とアシルがなぞなぞのようなことを言う。「これはなんと、月光ランプなのです!」
「月の光?」
「公爵閣下は月の光で人の姿に戻るのでしょう? このひとに――」とアシルはコンラートを指さした。「作るよう頼まれたんですよ。じゃ、照らします」
アシルがランプをクリストフ様に近づけて、上部を押した。カチリと音がして、水晶の色がわずかに変わる。
とたんにクリストフ様のもふもふの輪郭がくずれ、人の姿になった。
「成功だ!!」とコンラートとアシルが叫ぶ。
クリストフ様は驚いたように自分の両手をみつめていたけれど、やがて私を見た。
「エヴリーヌ! これで昼間に婚約式もデートもできるぞ!」
「そうですね……」
思わずクリストフ様から身を引いてしまう。
「この姿は嫌か?」
クリストフ様が悲しそうな顔になる。
「いえ、そんなことは」
「無理はしなくていい」
そう言ってクリストフ様はランプのスイッチを切るよう、アシルに頼んだ。
すぐにフェンリルの姿に戻る。
アシルとコンラートはランプを円卓に置くと、肩を落として帰って行った。
しょんぼりとしているクリストフ様のあごの下に顔をうずめる。
「本当に違うのです」
「いや、君が好きなのはもふもふの私だ。わかっている」
「もちろん、もふもふは大好きです! でも、そうではなくて。人の姿のクリストフ様だと、落ち着かないだけです。慣れていないからドキドキしてしまって」
「エヴリーヌ。もしかして、それは――」
クリストフ様はそこで言葉を切って、黙ってしまった。
「『それは』なんでしょう?」
「まあ、今はいい」とクリストフ様。「とても幸せな気分だ。ゆっくり時間をかければいいようだからな」
「私はちっともわかりません」
少しだけ悔しくて、きゅっと抱きつくと、
『わふん』と可愛い声が聞こえた。
「クリストフ様の『わふん』大好きです」
すてきなもふもふに包まれて、お日様の匂いを胸いっぱいに吸って。
この先ずっとクリストフ様と一緒にいられるなんて、とても幸せだと思う。
早くひとの姿にも慣れなくてはね。
《おしまい》
◇あとがき◇
これで完結ですが、このあとクリストフはエヴリーヌに恋を自覚してもらうために、全力で口説きにかかるのだと思います。
でも慣れていないので、ポンコツ…(*´艸`*)
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