20・ついに毛づくろい係に採用……?
空には先日新月を迎えたばかりの細い三日月が、浮かんでいる。今にも剥がれ落ちてきそうに見えるけれど、その力は見た目とは異なり絶大らしい。
クリストフ様は人間の青年の姿になって、私の向かいで優雅にお茶を飲んでいる。
夜の温室に、ふたりきり。
王宮に来てからはマナー違反だからダメだと止められていたけれど、なぜだか今日はいいみたい。
事件のあとは疾風怒濤の状態で、クリストフ様も忙しかったからかもしれない。久しぶりの、ゆっくり過ごせる時間だ。私はまだ彼に質問をしていないし、彼が私に伝えたいことも聞いていない。
でも。
私の質問は、クリストフ様がフェンリルの姿のときがいいような気がする。人の姿はあまり慣れていないもの。
クリストフ様がカップをソーサーに置いた。
「エヴリーヌ嬢。私が魔の国へ行く前に、『伝えたいことがある』と話したことを覚えているだろうか」
「はい……!」
ついに、そのお話をされるらしい。
いったい、どんなことなのだろう。魔の国と関係があるのか、ないのか。見当がつかなくて、ドキドキする。
「できることなら」とクリストフ様。「ずっと共にいてもらいたいと思っている」
「まあ! 毛づくろい係に採用ですか!」
なぜかガクリとするクリストフ様。
「いや、違う」
違うの?
毛づくろい係ではないなら、なんだろう。肉球マッサージ係? ご飯を口に運ぶ係とか? あ、お話相手かもしれない。クリストフ様はフェンリルになってから、交友関係がほぼゼロになったと言っていたから。
「言い方が悪かった。エヴリーヌ嬢。私と結婚してほしい」
「結婚……?」
ドキリとした。鼓動が早まり、なぜだか胸が苦しい。急にクリストフ様の顔を見ていられなくなって、視線を下げた。
「あ、陛下のご提案の件ですね」
「兄上? なんのことだ?」
クリストフ様を見る。戸惑い顔だ。
「陛下にクリストフ様との結婚を提案されているのですが、そのことではないのですか」
「兄上、勝手なことを……!」とため息をついたクリストフ様は、キッと私を見据えた。
「兄上は関係ない。私がエヴリーヌ嬢に惹かれていて、そばにいたいと思っている。私はほぼ魔獣の姿で君より十も年上だが、あさましくも求婚したいほどに――君が好きなんだ」
クリストフ様は立ち上がるとわたしのそばへやって来て、片膝をついた。
「もちろん好きなだけもふもふも、犬吸いも、毛づくろいもしてもらって構わない。だからどうか、私との結婚を考えてもらえないだろうか」
私を見上げるクリストフ様はとても真剣な表情で、そのせいかひどくドキドキする。
「もう考えています。陛下に提案されたので」
ああ! 心臓が爆発しそう。
「私のような小娘ではクリストフ様には釣り合わないと思うのですが、一緒にいるととても楽しいし、安心できるのです。おそばにいられる方法が結婚ならば、私はクリストフ様と結婚したいです」
「エヴリーヌ嬢! ありがとう!」
クリストフ様が満面の笑みを浮かべる。あまりに美しくて、余計にドキドキしてしまう。
彼は私の手を取ると、
「キスをしても?」と尋ねた。
はいと答えるとクリストフ様は、手のひらにキスをした。
なかなか離れない。
私の心臓はもう、限界だ。
彼といると安心できると思っていたけど、やっぱり違う。これっぽちも落ち着けないもの。




