18・魔獣とお祈り
「逃げますよ!」
コンラートが振り返り、私の腕を掴んだ。
大臣たちも扉めがけて走っている。
「オーバンを見て!」
彼は驚愕の表情で床にへたりこんで、魔獣を見上げている。
そこに魔獣が襲い掛かった。
近衛兵が駆けつけ剣を叩き込む。魔獣の体から緑色の血のようなものが吹き出るけれど、たいしたダメージを受けていない。
「エヴリーヌ様、早く」
コンラートが私を引っ張る。
だけど、魔獣はどんどん増える。
そして魔王様は、私には魔獣を弱体化させる力があったと言っていた。
それならば私がすることは、ひとつだ。
私が動かないからコンラートも護衛たちも、とどまっている。
「私が祈らなければならないと思います」
「逃げなければだめです!」
「少しだけでも、試させてください!」
幸い部屋の隅にいる私たちは、まだ魔獣に気づかれていない。目の前に次々と現れる近衛騎士たちに気を取られているようだ。
でも、のろのろしていたらコンラートたちにも危険が及ぶ。
床にひざまずいて、首を垂れる。
手を組み、いつもと同じ祈りを女神に捧げる。
魔獣の咆哮、たまに混ざる人の悲鳴。
コンラートと護衛たちが、魔獣から私を守るために囲んでいる。
彼らに怪我をしてもらいたくない。
必死に女神に呼びかけ、祈る。
あなたの民たる私たちがこの地で生きられるように、私たちを蝕むものが無害なものとなりますように、と。
やがて、いつものように全身が温かいなにかに包まれる感触がした。それが四方八方に伸びていく。
「魔獣が怯んでいるぞ!」
そんな声が聞こえてきた。祈りがちゃんと効いているみたいだ。
より願いをこめて、しっかり祈る。
断末魔の叫び声。床が揺れ、窓ガラスが割れる音がする。
◇◇
どれほど祈っていたのか。
「エヴリーヌ嬢!!」とクリストフ様が私を呼ぶ声がした。
目を開くと、もふもふの彼が私の目の前にいた。
「お帰りになってくださったのですね!」
思わず立ち上がり駆け寄り抱きつく。そのとき、
「最後の一体を倒したぞ!」という声がして、間を置かずに勝ち鬨が上がった。
「すごいな、人間よ。よくも短時間で全魔獣を倒したものだ」
そう言ったのは、秘書官を従えた魔王様だった。
「聖女様の祈りのおかげだ!」と緑の血にまみれた騎士団長が叫ぶ。
「聖女様!」
「我らの救いの乙女!」
嵐のように賞賛の声が上がった。
「個人的には逃げてほしかったが」とクリストフ様が囁く。「だが君の勇気が被害を最小限に抑えたんだ。ありがとう、エヴリーヌ嬢」
「そのとおりだ!」と陛下が騎士たちの間をぬって、姿を現した。「気高き聖女に心からの謝意と賞賛を。それに比べ、我が息子は」
苦々し気な声を出した陛下の視線をたどると、床に横たわるオーバンらしき姿があった。彼だと判別できるのは、指にはまった指輪だけだ。全身血まみれで、特に顔は、形すらもわからないほど、ひどい状態だった。




