14・新しい結婚相手
「昨日はちゃんとお話ができなくて、ごめんなさいね」と王妃様。
魔獣討伐から一夜明けた朝食の席。参加しているのは、国王夫妻と私だけ。
王妃様も昨日は倒れてしまい、休んでいたそうだ。先ほど食堂でお会いした瞬間から、オーバンの仕出かしたことを、私にずっと謝っている。
たぶんだけど、息子があれほど愚かだったことにショックを受けているのだと思う。夫妻がオーバンのことを話すときは、かなり悲壮感が漂っているもの。
「陛下と一緒に、きちんと謝りたかったのだけど、本当にごめんなさいね。あのバカな子が……!」
王妃様がほろりと涙を流す。
「もう、よしなさい。エヴリーヌ嬢も、何度も言われては困ってしまう」と陛下が止めてくれる。
「エヴリーヌ嬢、気にせず食事をしなさい。また倒れてしまっては大変だ」
はい、と答えてオムレツにナイフをいれる。
今日はまだクリストフ様にお会いしていない。できれば彼と食事を取りたかった。でも、陛下たちのお心遣いだから、わがままを言っている場合ではないのよね。
それに本題はイザベルたちの処遇についてのはずだ。朝の身支度を手伝ってくれた侍女が、そう話していた。昨日のうちに、だいたい決まったそうだ。
「ところでエヴリーヌ嬢、オーバンとの婚約のことだが――」と陛下が口火を切った。
まず、婚約は破棄ではなく、彼の有責により解消。彼の財産から慰謝料を支払う。
次に、聖女に汚名を着せ追放したことは、国家の安全を脅かす行為として内乱罪を適用することになったという。
「オーバン殿下とイザベルはどうなるのですか」
「オーバンは王太子位をはく奪され、生涯幽閉だ。君の義妹も、別の場所で同じく生涯幽閉となる」
「生涯、ですか」
「そうだ」と重々しく陛下は答え、王妃様は力なくうなずいた。
予想以上のことに、言葉が続かない。
それと同時に『聖女』の役割の重大さを改めて感じた。
「それから君の義母と義兄だが」
陛下の言葉にはっとした。
「ふたりも処罰を受けるのですか?」
その可能性があると侍女が話していたのだ。
「昨日聴取したが、彼らはこの件に関与はしていないことがわかった」と陛下。「義母は王宮と聖女が出席する行事への出入り禁止、義兄であるルヴィエ伯には領地の一部返還が決まり、双方に申し渡したのだが」
そこまで話して陛下は苦笑した。
「あの変人は、『それは困る、義父に顔向けできない』と騒ぎまくってな」
「まあ」
「『爵位は陛下にお返しします。相応しい人にあげてください。僕なんかが持つよりも、しっかりした人間のほうが亡父も喜びます』などと言うのだ」
「では義兄は……」
「今のところ、保留だ」と陛下。「ルヴィエ家は聖女の実家でもあるからな」
「ちなみに先代伯爵夫人も、『現ルヴィエ伯爵が死罪にならなければ、どんな処罰でも構わない』と言っているそうよ」と王妃様。
「そうですか」
つい少し前まで義母もアシルも、それほど好きではなかった。でも、今は少しだけ気持ちが変わっている。ひどい目にはあってほしくない。
「エヴリーヌ嬢、安心してくれ。君の心労になるようなことにはしない」
陛下の言葉に王妃様もうなずく。
「今まであなたを誤解していたの」と王妃様。「とても精神が強い令嬢なのだとね。でも、そのように見えるよう、がんばっていただけなのね」
どういうこと?
私が強く見えないように思えることがあったというの?
信頼できる聖女としての振る舞いを心がけてきたつもりだけど、なにかミスをしたのかしら。きのう、倒れてしまったのがいけなかったとか?
「いや、君とクリストフを見て驚いてね」陛下がそう言うと、王妃様も大きくうなずいた。「エヴリーヌ嬢も頼れる存在を必要としていたのだなと、初めてわかった」
「そうですか?」
昨日を思い返す。そのようなことを言われる心当たりは――たくさん、あった。
なぜか急速に恥ずかしくなり、顔がほてる。
クリストフ様にもふもふをねだったりして、私は甘えていたものね。
「そこでだ、エヴリーヌ嬢。クリストフと結婚しないかね」
「ケッコン?」
思わず訊き返す。
「そうだ」とうなずく陛下。「人でいられる時間は少ないが、クリストフはきっと誰よりもエヴリーヌ嬢を大切にする」
「でも毛づくろい係には採用してもらえませんでした。クリストフ様は私をお望みになるとは思えません」
「彼がどう考えるかではなく、エヴリーヌ嬢がどう思うかを教えてくれ」
私が、クリストフ様との結婚をどう思うか……?
「ええと。もふもふに癒されます。クリストフ様はとても安心ができるし、お話するのも楽しいです。でも結婚は」
考えてみる。
正直なところ、よくわからない。
私はずっと、オーバンと結婚すると思っていた。私の意思とは関係なしに。急にほかのひとを結婚相手として見ろと言われても、『オーバンよりは素敵なひと』という感想しか出てこない。
クリストフ様と結婚。
脳裏に人の姿の彼が浮かぶ。彼が私を見る表情は、いつも優し気で――
「失礼いたします!」
突然、緊張をはらんだ声がして、思考が途切れる。
陛下の近侍が食堂に駆け込んできた。
彼の顔つき、行動から、明らかに緊急事態だとわかる。
陛下が顔を強張らせて、
「何事か」
と問う。
「昨日の魔獣の群れについて話をしたいと」近侍はそこまで言うと、ごくりとツバを吞み込んだ。「魔族の王が来訪しました」
◇更新予定◇
今日から30日まで、12時と21時に更新し、
4/30の21時に完結します。
基本一話ですが、二話のときもあります。
よろしくお願いします!




