13・義兄と国王
「誰だ、お前は」
クリストフ様の問いかけを無視し、アシルは
「喋った!」と叫んだ。
そして駆け寄ってくると、彼の体を触りながら
「うわ、本物だ。すごいな、どうやったら魔獣と融合するんだ? 聞いたことがない。魔力の波長があったのか?」
と、早口でまくしたてる。
「クリストフ様、すみません。彼が義兄のアシル・ルヴィエです」
「……なるほど。常識はなさそうだな」と、呆れ口調のクリストフ様。
「お義兄様!」アシルの腕を引っ張り、触るのをやめさせる。「失礼が過ぎます!」
「ん?」とアシルが私を見た。「ああ、エヴリーヌさん。帰ってきたのか。よかった。彼は呪われたのではないそうだな。僕が送った呪いに関する綴りは早急に返してくれ。十五年かけて集取した、大切なものなんだ」
アシル、くるりと向きを変えてクリストフ様を見上げる。
「魔獣と融合したときのエピソードを詳しく!」
な……なんなの。アシルって、こんなにおかしな人だったの?
まともに会話をしたことがないから、ここまで変だとは知らなかったわ。
「その前にあなたはどうやって、ここに入ったのだ。見張りがいたはずだが」
クリストフ様が珍しく、優しげではない口調で詰問した。けれどアシルには通じていない。彼はあっけらかんと、
「いくら頼んでも通してくれなかったんで、眠気を誘う魔道具を使ったんだ」と答えた。
なんてこと。
クリストフ様と目が合う。完全に呆れている。
「お義兄様」もう一度、彼の腕を引っ張る。「公爵閣下よ。まずは敬語でお話してくださいな」
「そうか。ええと、ということで、詳しく教えてください」
「……ある意味、マイペースなところがそっくりなのか」
『わふん』とため息をつく、クリストフ様。
アシルが誰に似ているというのかしら。
「ところで伯爵、エヴリーヌ嬢に荷物を送った理由は?」
クリストフ様が尋ねたけれど、アシルは答えない。
「お義兄様!」
「なんだ?」
「質問されているわ」
「……そうか、伯爵って僕のことか」
『わふん』
私もため息がこぼれてしまう。ここまでとぼけた人だったなんて!
アシルは頭をかいて、
「ええと。荷物の理由? かあ……母に泣きつかれたからです。イザベルと王太子がエヴリーヌさんを偽聖女として追放したから、なんとかしてくれって」と答えた。
「お義母様が?」
「そう」と私を見てうなずくアシル。「そんなこと言われても、僕にできることなんてなにもないから執事さんに相談して、それで荷物を送ろうということになったんだ。母さんには、僕に頼むよりイザベルを説得しなよと言ったんだけど」
アシルが首をかしげる。
「イザベルは『絶対に大丈夫だから心配しないで』と言って取り合ってくれないんだって、泣いてた」
「その自信はどこから来てるんだ」と、クリストフ様。
「エヴリーヌさんがすぐに帰って来られてよかった。お義父さんが天国で心配してしまう」
アシルはそう言うと、目を輝かせてクリストフ様を見上げた。「では、詳細をお願いします!」
「その前に番兵を起こしてくれ。問題が起きる前に――」
バタバタと駆けてくる音がして、
「ご無事ですか!? 番兵たちが!!」
という叫び声とともに近衛兵たちが飛び込んできた。その後ろからは国王陛下が。
そして陛下はアシルを見て、
「お前か……」
と、がっくりと肩を落としたのだった。
◇◇
アシルは陛下に叱られて、しょんぼりしながら(多分、クリストフ様からお話を聞けないことに対して)職場に戻って行った。
円卓についた陛下は、
「アシル・ルヴィエは魔道具士としては優秀なのだが、それ以外はまったくダメらしくてな」とクリストフ様に説明した。
「そのようですね」と笑いを含んだ口調のクリストフ様。
「私も詳しくは知らないのだが、かなり奇天烈な人間のようだ」
思わず、力強くうなずく。
それから陛下は、温室へ来たのは私へ謝罪するためだったと言って、オーバンのしたことを丁寧に謝ってくれた。
どうやら私が護送馬車に乗せられたあとすぐに、神官長がオーバンに抗議したらしい。でもそのせいで投獄されてしまったとか。ひどい話だ。けど――
「オーバンはどうして、そこまで強気にことを運べたのだろう」とクリストフ様が呟く。
「私も、それが不思議でな」と陛下。
「さきほどの義兄の話ですが」
私が言いかけると、クリストフ様がうなずいて、
「義妹の自信だろう?」
と言った。私も『それです』と答える。
それからクリストフ様がアシルとの先ほどのやり取りを、陛下に説明した。
「彼らの自信に繋がるようななにかがあったのかもしれませんね」とクリストフ様が言う。
私もそんな気がする。でも――
「イザベルには聖女の証拠はありません。自信の元はなんなのでしょうか」
「わからぬな」と陛下。「本人に訊くしかあるまい。今のところはこちらの質問にはなにも答えていないようだが」
「兄上。聖女を追放するなど、国の平和と安全を脅かす行為です。厳然たる処罰を与えなければ、王政が揺らぎますよ」
「わかっている」
陛下は悲し気にそう言って、深く息を吐いた。
クリストフ様を見上げる。
「私は今回のことでクリストフ様と知り合うことができてたから、幸せです。けれど、それで許してしまうのは、国家元首としてはダメなのですね?」
「そのとおりだ。だがエヴリーヌ嬢が憂うことではないからな」
クリストフ様がぐっと首を伸ばしてきた。
「ところで頬がかゆいのだが、かいてもらえるかな?」
お優しいクリストフ様。
立ち上がり手を伸ばし、やわらかな頬の毛を思い切りもふもふさせてもらった。
かゆいなんて嘘だと気づきながら。




