32◆Bradley
どんどん、離れるのがつらくなる。
それでも、ルーシャの運命の時は近づいている。
ミリアムと会った翌日、ロトから連絡が入った。いつものように木にもたれながら話す。
『――リスター公爵の弟君はすでに亡くなっているんだが、公爵に甥御がいるのは知っているな? フェネリー子爵だ。公爵の後継者として最上位にいるのは彼だから、孫娘が出てきて一番面白くないのは彼だろう。子爵にも息子が一人、娘が二人いる。この辺りがどう動くか、こちらとしても気をつけているが』
「フェネリー子爵の娘って、確か社交界デビューしてからすごい持てはやされてなかったか?」
ブラッドは社交界とは無縁だが、噂くらいは聞いたことがある。
『ああ、上の娘がな。大変な美人だそうだ。彼女の祖母も、子爵令嬢という決して高くない身分でリスター公爵の弟君を射止めたというから、血筋だな』
「娘を王太子殿下の妃にしようと、子爵が他の求婚者を片っ端から断ってるって聞いたけど?」
この国の王太子は、御年二十五歳。今のところまだ妃は決めかねているらしい。
騎士であるブラッドは何度もその尊顔を見た。顔だけならジャックと張り合えるのはこの王太子かもしれない。
優美で品格があり、若い娘なら憧れる存在だ。将来国を背負って立つ身だからこそ、勤勉で責任感も強い。
『王太子妃は美貌だけで選ばれるわけではない。家柄も才覚も必要だ。……フェネリー子爵は、娘を王太子妃に押し上げるためにリスター公爵の養女にしたいという話を漏らしたことがあるらしい』
「それって、リスター公爵の孫娘なんてヤツが出てきたら、ほんとに邪魔で邪魔で仕方ないんじゃないのか?」
『そういうことだ』
そこでふと、ブラッドは嫌なことを考えた。
まさか、そんなことにはなるまいと思いたいことを。
「なあ、リスター公爵家の孫娘が王太子妃の最有力候補とか言わないよな?」
『…………』
ロトが黙った。
そこで黙るのだけはやめてほしい。ブラッドはなんの罪もない木を叩いた。
「冗談だろ?」
早く冗談だと言ってくれたら笑えるのに。
ロトは嘆息しただけだった。
『そういう流れもある』
「そういう流れって!」
あんな庶民臭いルーシャが王太子妃とか、そんなものに向いているわけがない。
――いや、向いている、向いていないなんてことは関係ない。ブラッドがそんなのは嫌なだけだ。
『だから、彼女には手を出すなよ』
「っ……」
今、ブラッドがどんな顔をしているのか、そんなことまでは伝わらないはずだ。それでも、ロトには見抜かれているような気がして癪だった。
『だが、もし……。すべて片がついた後でなら彼女次第だ。少なくとも、もうしばらくは何も言わずに耐えてくれ』
それは、ルーシャが公爵家も王太子妃の座もすべて棒に振ってブラッドを選ぶという、途方もなく低い確率にかけろと、そういうことだ。
ルーシャが自分の置かれた状況を知るまで、ブラッドに先走るなと言う。
「俺は、ルーシャのことを困らせたいわけじゃない」
それは本当だ。
ルーシャが望む幸せがそこにあるなら、それは仕方がないことだと思う。
ただ、ミリアムの時よりもずっと、見守ることがブラッドにとっては苦痛を伴うだけだ。
「絶対護る。ルーシャが何を選ぶとしても」
この時、ロトが呻くような声を漏らした。
らしくない執着だと、そんなふうに思っただろうか。
けれど今は、ただルーシャに笑っていてほしいと願っている。
『……お前には恨まれるな』
そんなことをボソリと言った。
ブラッドを派遣したのはロトだから、自分のせいだと思うのだろうか。
「恨んでない。むしろ、前のままの俺でいる方が嫌だ。ルーシャに会えてよかったと思ってる」
望む結末が手に入らないとしても。
そうか、と言ってロトはしばらく黙った。
とにかく、レーンたちと協力してルーシャを護る。今はそれだけだ。
すべて終わった時、おのずと答えは出るのだから。




