31◇Lucia
可愛い女性だった。
あんなふうに甘えて、男の人が喜ぶようなことを自然と口にするのは、ルーシャには難しい。ブラッドでなくとも、男の人ならミリアムのような女性を魅力的だと思うのだろう。
そうでなければ、他の男の人と一緒だったのに許してしまえるわけがない。
何ひとつ勝てる気がしなくて、ルーシャは二人に背を向けて逃げた。
ルーシャはブラッドのことをほとんど知らない。
つき合いが浅いのに、ブラッドのことをわかったような気になっているだけだった。
ブラッドにはちゃんと、決まった相手がいる。淡い期待をしても駄目だ。
涙が零れそうになって、ルーシャはそれに耐えながら走っていた。
それなのに、追いついたブラッドが乱暴に手をつかむから、驚いた拍子に涙が零れてしまった。
「一人で離れるな!」
どんな顔をして二人と一緒にいろと。無茶を言う。
ブラッドは、ルーシャが今の出来事をなんとも思ってないと考えたのだろうか。
それでも、ルーシャが泣いていることに気づいたらしく、ブラッドは声を柔らかくした。
「買い物、行くんだろ?」
行くけれど、一人でいい。
それが言えなかったのは、ブラッドが手首をつかんでいる力が強いからだ。振り解けそうもない。
解きたくなかっただけかもしれない。
ミリアムはいなかった。どうしたのかと問えない。
そんなルーシャに、ブラッドの方から言った。
「ミリアムなら、適当なヤツをつかまえて家まで送らせるくらいの逞しさはあるから」
あっさりと言った。それでいいと思っているような。
「……ブラッドはそれでいいの?」
問い返す声が涙声で、ルーシャは言わなければよかったと思った。
通行人が二人をジロジロと見ている。これでは痴話喧嘩にしか見えない。ブラッドも気まずそうだった。
「いつでもミリアムはああだから、今始まったことじゃない。むしゃくしゃしたり、暇だったり、寂しかったり、そんな時だけ俺のところに来る」
いつでも自分を受け入れてくれる幼馴染。
それがミリアムにとってのブラッドなのだとしたら、ミリアムはブラッドが特別に好きなわけではないのか。都合のいい話だけれど、ブラッドはそれが嫌ではなかったと。
「つき合ってるとかでもない。俺も手が空いていれば話くらい聞くけど、俺は今忙しい」
「忙しいって……」
ルーシャの護衛のことだろうか。
ブラッドはうなずいた。
「手が空いてない」
不意に、ブラッドはつかんでいたルーシャの手首から手を下へ滑らせ、ルーシャと手を繋いだ。力強く、ギュッと固く握りしめる。
「え、あ……」
ルーシャが涙を拭きながら耳まで赤くなると、ブラッドはどこか嬉しそうに笑った。
「ほら、行くぞ」
「う、うん」
手を繋いで歩く。なんだろう、この状況は。
さっき走ったせいにしたいけれど、今の方がずっと心臓がドキドキと脈打っていた。
ミリアムよりもルーシャを優先してくれたのは、レーンとの契約のせいだけではないと思いたかった。
少なくとも今だけは、そういうことにしておいてもいいだろうか。
――手を放すタイミングはなかっただろうか。
ブラッドは手を放そうとしなかった。放すとルーシャが逃げると思ったのかはわからない。
買い物がとてもしづらかった。それなのに、顔がゆるむのを隠すのが難しい。
「ジェラート、どうしようか? ……今度にする?」
帰り道に訊ねると、ブラッドは顔をしかめた。
食べて帰りたいけれど、まだどこかにミリアムがいると厄介だからか。
「今度か……」
歯切れの悪いことを言う。
「そんなに今日食べたいならいいけど」
ルーシャがそれを言うと、ブラッドはどこか拗ねたような顔をした。
「そうじゃなくて、今度って言ってるうちに契約が終わるんだろうなって」
そのひと言に、ルーシャも浮かれていた気分が冷えた。
「ひと月の半分以上過ぎたもんね。契約が終わったら、ブラッドはこの町を離れるの?」
ここに残ってもいいと思っていると答えてほしかった。けれど、ブラッドは確かに言った。
「そうなるな」
ルーシャががっかりしたのもブラッドには伝わっただろう。繋いだ手に力が加わる。
「そうしたら、もう会えない?」
これを訊いてはいけないような気がした。
それでも言葉が自然と口を突いて出てきた。
「わからない。でも、会えたらいいな」
それがブラッドにとって精一杯の言葉だったのかもしれない。
答えてくれた時、とても悲しそうだった。




