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近頃は物騒なので番犬を飼います(書籍版は「わたしの番犬は過保護です。」に改題:〈上〉〈下〉発売中)  作者: 五十鈴 りく
本編

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20/46

20◆Bradley

 二人で食材を買って帰った。

 家に着いてすぐ、ブラッドがテーブルの上に食材の入った紙袋を下すと、ルーシャがにこっと微笑みかけてきた。


「ブラッドがいるからたくさん買えちゃった。重たかったよね、ありがと」

「いや、いいけど」


 ブラッドの方が戸惑うほど、打ち解けたルーシャはよく笑いかけてくる。

 多分、何も意識していないのだろう。ブラッドがその笑顔をじっと見ても、もはやルーシャはブラッドの方に顔を向けておらず、さっさと食材を片づけ始めている。


 別に心証をよくしようと思って笑顔を心掛けているわけではないのだ。自然に笑えるほど、ルーシャにとってブラッドが内側に入り込めたということ。

 なんとなく分析していたら、ルーシャが再びブラッドに顔を向けた。


「どうしたの?」


 また、にこりと笑う。


「……何もないけど」


 何もない。ただ、少し気になっただけ。


「あ、夕食が何か気になる? えっとね、チキンソテーだよ。ハーブソルトとレモンでさっぱりした味つけにするの」

「…………」


 夕食の献立を気にするほど子供のつもりはない。

 ただ、上手く説明できないので諦めた。


「美味そうだな」

「うん、すぐ支度するから」


 また笑う。

 最初からこんなに好意的に接してくれていたら、今頃はすっかりこの笑顔に慣れていたのだろうか。ルーシャの笑顔にいちいち反応しないで済んだ気がする。


 慣れていないから、戸惑うのだ。きっと。




 翌日、またルーシャを送っていくと、レーンにこっそり耳打ちされた。


「兄さんに、この店の周りに人員を配置してもらうことになったわ。でもあんまり大げさにするとルーシャが変に思うから、一般人を装っているし、ブラッドも過剰に意識しないでね」

「わかった。助かる」

「でも、家の方はあなたに任せるからね。ルーシャの性格からして、情報だけ先走るのが一番いけないわ」


 レーンの心配はもっともだった。

 そもそも、ルーシャが公爵の孫娘だと言われて喜ぶタイプかと問われるなら、多分そうではない。今の暮らしに不自由はしていませんから、とか言い出してテコでも動かない気がする。


 もし、ルーシャが辞退して公爵との関りを受け入れなかったらどうなるのだろう。それでも今のような穏やかな暮らしは続けられないと思う。


 貴族になりたいと思わないとルーシャが言った場合、公爵は諦めるのか。そのところはブラッドにはわからないけれど、ルーシャが望むように生きられるのが一番だと思う。




 ――帰り道。


 一人の青年に出会った。

 年はブラッドとそう変わりなく、違ったとしてもひとつふたつ上だという程度だろう。


 細身で見るからに弱々しいのに、顔立ちは嘘くさいほど整っていた。線が細くて、女が好きそうな顔だ。

 髪が長いのも似合っているのだが、なんとなく腹が立つ。腹が立つのは、この青年の態度だろう。腕を組んで斜に構え、こちらを睨みつけている。


 見ず知らずの相手を睨むのだから、どう考えても善良ではない。別に美形だから腹が立つわけではない。

 その青年は不躾に言った。


「おい、お前」


 やっぱりだ。礼儀を知らない。

 ブラッドは気づかない振りをしてやり過ごそうとした。こんなに弱そうなのと喧嘩をしたとあっては立場がない。


 無視されて、青年はムッとした。


「お前だ、お前。他に誰がいる?」


 しつこい。

 仕方なくブラッドは足を止めて振り返った。


「人様に用があるならそういう呼び止め方はしない方がいいぞ。まず相手にされない」


 礼儀を説いたら余計にムッとされた。


「名前を知らないんだから仕方ないだろう?」

「そうか。俺はブラッドリー・ヒュームだ」


 とりあえず名乗った。別に偽名を名乗る必要はないだろう。


「ヒュームだな? お前――」


 名乗ったのに、結局お前と呼ばれる理不尽さ。


「いや、そっちも名乗れよ。礼儀知らずだな」


 突っ込んだら、青年は白い顔を朱色に染めた。


「ジャックだ」


 本名だろうか。平凡な名だ。


「ファミリーネームは?」


 こっちは全部名乗って損をしたような気分になったので、さらに訊いた。そうしたら、ジャックはイライラした様子で答える。


「ジャック・ストーカー! 面倒くさいヤツだな!」


 なんとなく、名乗るのに躊躇う名前ではある。

 ジャックはひとつ息をついて怒りを落ち着けると、それでもブラッドを睨みながら高圧的な様子で問いかけてくる。


「お前、何者なんだ?」


 いきなりすぎてブラッドの方が返答に困ってしまった。それを見て、ジャックは厳しい表情で眉根を寄せた。


「急に彼女のそばに降って湧いた。以前からの知り合いじゃないのはわかっている」


 ブラッドの方こそ、お前は何者だと問いたいくらいだ。


「……あんたはルーシャの知り合いか?」

「そうだ」


 こんな知り合いがいたとは知らなかった。顔は抜群にいいけれど、性格が反比例だ。

 友達だか元カレだか知らないが、これでは長続きしないだろう。


「じゃあ、ルーシャに訊け」

「…………」


 黙った。訊けないらしい。

 ということは、現在それほど仲がいいとは言えないのだ。


 ブラッドはほっとして、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「俺、忙しいから。じゃあな」


 取り残されたジャックは歯噛みしていたが、知ったことではない。

 ふぅ、と嘆息してブラッドは胸を撫で下ろす。

 大して親しくなさそうでほっとした。

 

 ――ほっとしたのは、ルーシャを取り巻く事情が複雑すぎるから。

 深い意味は、多分、そんなには――ない。


切り裂きジャックとブラム・ストーカーを足して割った名前(;'∀')

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